「春は出会いと別れの季節である!」
「突然どうした」
あのね小太郎、わたしは考えたわけですよ。梅雨にふさわしい表現はないものかと。
そんなことをへらっと笑って言ったら、目の前で古ぼけた机に肘をついていた小太郎が呆れたように嘆息して、そして窓の外に視線をやった。
「…小太郎?」
「俺は雨が嫌いだ。髪が跳ねる」
まるで女子のようなことを臆面もなく口にしたかと思ったら、小太郎は何やら鞄の中をゴソゴソと探り始める。
「でもさ、わたしは雨って結構好きだよ」
「知っている。そうでなければ俺だって、長々とこんな所にいたくない」
ぴったりと閉め切られた窓の外は雨が降っている。教室の中は特有の湿っぽさ。それなのに気温は高いものだから、自然と額に汗が滲んだ。
小太郎が鞄から出したのはシンプルな折り畳み傘だ。
「小太郎はさ、家近いんだから、雨が弱い内に帰りなよ」
「俺にここまで言わせておいて、すんなり帰すつもりか」
さっきまで窓に弾けていた大粒の雨が形を少しだけ小さく変えている。帰るならチャンスだと思う。多少濡れたとしても。
「でも、このまま二人でこうしてるわけにはいかないでしょ?」
「…どれだけ脈がないんだ」
雨音が次第に弱くなっていく。段々と、どんどんと。
「…小太郎」
「なんだ」
「梅雨って、小太郎の誕生日だね」
「…梅雨が誕生日じゃない。誕生日がたまたま梅雨だったんだ」
まとまらないと嘆く割りにきれいな黒髪が額に張り付いてる。
無意識にかそれを拭おうとして伸ばした指先に、小太郎と目があってしまった。
「…だからね、もう、それでいいや」
「…なにがだ?」
「わたしにとって、残念ながら梅雨って聞くと小太郎の誕生日しか浮かばないんだよ」
そっと額の黒髪を拭う。それを見計らったように小太郎はわたしの手首を掴んで、そして離してはくれない。
「俺は雨が嫌いだ」
「知ってる」
「それでも、お前は雨が好きなんだろう」
「そうだね」
絡めとられたままの態勢。微かな雨音の中で近づいてきた唇に、ゆっくりと目を瞑った。
雨の折に、
雨の檻に。
―知ってる?わたし、いつも傘持ってないんだよ
―あぁ、知ってる。入れてやるから、もっとこっちに寄ってくれ