「いつまで逃げるつもりなのっ!」


ぜえはあと息を切らせた高い声が背後から俺の意識を引き留めた。
彼女は長い髪をぺとりと額に張り付けて、そして恨めしそうにこちらを上目で睨んでいる。


「日本の夜明けを見るまでだ」

「…ちがうよぉ…!なんで、なんでこたは私からっ逃げるのぉ………っ?」


とうとうその大きな黒目がちな瞳から涙がぼたぼたと溢れてしまった。
俺はこれが見たくなかったのだ。
彼女が泣けば、必ず俺の決意は揺らいでしまう。わかっていたことだ。


「逃げてなどいない」

「うそつき…!」

「嘘ではない。逃げてるのは、自分からだ」


ならばもういっそ彼女を抱き締めてしまおうか。
共に行こうと、手を差し出してしまおうか。
きっと彼女は泣きながら笑うだろう。でも、俺にはそれができない。

それなのに、俺は息を切らせた彼女に手を差し出してしまった。無意識だった。

例えば彼女が俺以外の男の手を取るなど、考えたくもないのだ。


「こた…?」

「…早くしろ。真選組が来るだろう」

「…一緒にいていいの?」


なんてことだ。
日本の夜明けを見るために培ったはずのこの手は、今まさに、彼女の愛を欲している。







スプリー
なんて情けない男なんだろうか。





泣いてくれ。笑ってくれ。怒ってくれ。
できれば、俺の隣で。

脆くも崩れ去った理性の奥から顔を出したのは、覚悟だった。


「俺が守る」


そうだ。彼女が隣にいるならばきっと、どんなことでも"悪くない"。




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