エアリスが命を懸けた祈りはホーリーを発動させ、メテオを受け止めた。
死闘の末、セフィロスの野望もクラウドたちの前に敗れ去り、危機に瀕していた星はなんとか救われて、クラウドは本当の自分を取り戻した。
あれからもうすぐ2年。
世界には平穏が訪れ、元神羅幹部のリーブ、それにシドを筆頭としたミッドガルの再建も完成に近づいている。
他の仲間、ユフィとナナキは故郷へ。
ティファは最初に立ち直った7番街で再び「セブンスヘブン」を経営し、バレッドは娘のマリンとともに一緒にそこで働いている。
行く当てもないヴィンセントはシドたちのミッドガル再建に手を貸していた。
みんな目標を持ってそれぞれのやりたいことをやっている。
一歩一歩進んでいた。
なのに自分はまだ、過去に捕らわれたまま。
どうしても昇華出来ない思いを抱えながら、それでも行動に移す勇気を持てずにいる。
ミディールでティファと一緒にライフストリームに落ちて、そこですべての記憶を取り戻して。大切な人を失ったことを思い出した。
ザックスを忘れてのうのうと生きてきた自分が信じられなかった。
あまつさえ、彼を擬似人格としてなんて。
それでも思い出したら、耐え難い悲しみと罪悪感や喪失感に襲われて…いっそすべてを投げ出してしまいたいと思った。
あの時一緒に逝けたらよかったのに、とさえ。
神羅屋敷地下で植えつけられたジェノバ細胞とそれに伴う数々の実験は、クラウドの身体を変えた。高すぎる治癒力が備わり、簡単には死ねない身体になった。
ザックスの最期を夢に見て、彼の名を叫びながら飛び起きることももう数え切れないほど。
夢から覚めても、その現実は変わらない。
自分がこんな身体なのだからザックスも実は無事かもしれない…そう考えては、あの時の止まらない血、確かに失われた体温とゆっくりと閉じた瞳にザックスは死んだのだと、嫌でも思い知らされる。
あれから2年が経つのに、未だ昨日のことのように鮮明な記憶。
ただでさえ、先の旅でエアリスを守れなかったことに大きな罪悪感があって。
ただ、苦しかった。
孤独に耐えられなくて何度もザックスの元へ行こうかと思った。
夢でもいいから逢いたいと願った。
辛くて、苦しくて、また心が壊れてしまいそうで。
***
その日はユフィやナナキがミッドガルに来ていて、セブンスヘブンに当時の仲間が集まった。
ティファが手料理を作って、シドが酒を持ってきて、いつものようにみんなで騒いで。
騒がしいユフィが増えた分、いつもよりにぎやかだった。
「なんだー?全然飲んでねぇじゃねぇか〜!ほら、クラウドもっと飲めって!」
「え、あ、あぁ…」
先ほども同じようなことを言われて酌されたと思うのだが、酔っ払ったシドの強引さに押されて、なみなみと注がれたビールを眺める。
「ちょっと、シド飲みすぎよ!?」
「うるせぃ、俺様が酒ごときにやられるかってんで〜」
「しっかり酔ってるじゃない…もう、クラウドもされるがままになってないの!」
「いいじゃねぇか〜」
もともとそんなに酒に強くないクラウドはティファから出された助け舟にほっとする。
まるで夫婦…いや、父と娘のような会話にふ、と笑った。
こんな風に笑えるのは仲間たちといる時だけだ。それをとてもありがたいと思う。と同時に気遣ってくれているだろう仲間たちに申し訳なさも感じる。
きっと未だ前を向けずにいる自分に、いい加減もどかしさを感じているのだろうと。
鼻で嘆息し、手の中にあるグラスを見つめて、そのまま視線を近くのナナキに移した。
「……ナナキ飲むか?」
「うーん…オイラはいいや、まだ子供だし」
「あっあたし飲む〜♪」
向こうでヴィンセントに纏わりついていたはずのユフィがいつの間にこちらへ来たのかクラウドの手からグラスを奪うように取ると、あっけに取られた2人が反応を示す前にその中身を飲み干した。
「「あ……」」
「あたしだって酒くらい飲めるんだから。あ、アンタはまーだおこちゃまだもんねぇ〜」
「なんだよ、ユフィだってまだ子供じゃないかー!」
「あたしはもう大人だもーん。ほらーヴィンセントだってあたしの魅力に見とれちゃってるじゃない」
「ユフィ、それは大きな勘違い??」
「なんだとーー!?」
名前を出されて、なりゆきを見ていたヴィンセントが苦笑する。
完全に傍観に回ったクラウドも、その光景を眺めていた。
「おぅ。」
「バレット…」
相変わらずみんなの輪から少しだけ離れてカウンターの隅に座るクラウドの横に、ウイスキーのボトルを手にしたバレットが腰を下ろした。
「飲んでるか?」
「ん、まぁな」
「そうか」
「………」
ボトルを傾けて、そのまま黙った。
居心地が良いとは言い難い沈黙。
しばらく続いたそれを破ったのはバレットだった。
懐かしそうな、悲しそうな目で、騒ぐ仲間たちを見つめるクラウドを横目で見やって、
「…そんな無理するこたねぇよ」
「え…?」
表面上取り繕ったが隠し切れずに少し動揺を見せてバレットを振り返った。
バレットは前を向いたまま、どこか怒ったような顔をしている。
「ちょっと見てりゃ誰だって気づく。頭の悪ぃ俺だって気づいたんだ」
「………」
「辛いのに、無理すんな。泣きたけりゃ泣いたっていいんだ。叫びたきゃ叫べ。」
「………」
「これでも俺も大事なヤツをなくしてるからな。それなりに分かるつもりだ。」
慣れない様子で言葉を紡ぐバレットは、形は違えど大切な人を失った過去を持つ。だからこそ、余計に放っておけなかったのかもしれない。
口を引き結んで俯いてしまったクラウドに、そっとため息をついて。
「何があったか知らねえが、エアリスだってお前がそうして過去に縛られたまま生きるなんて望んでねえと思うぞ」
「仲間が苦しんでたら力になってやりてぇと思う、助けてやりてぇと思う。まあ、こうして飲んで騒ぐくらいしか思いつかねえけどな」
いつの間にか、そこで騒いでいた連中もこちらの話に耳を傾けていた。
顔を上げたときに、ティファと目が合った。
少し辛そうな、悲しそうな目。
その目から逃げるように、また俯いて視線を落とす。
「………………そう、だな……」
しばらくの沈黙の後、ポツリと呟いた。
そうして、ぽつぽつと話し始めた。
あの時、記憶を取り戻した後の飛空艇では話さなかった、ティファに再会する少し前の出来事と、自分を守るために亡くなった彼の話を。
「『生きろ』って言われたんだ……」
「あいつの、ザックスの…最期の言葉だった」
だから、何度同じ処へ行きたいと思っても、そうすることが出来なかった。
ザックスが命を懸けてまで守ってくれた自身を、殺すことは出来なかった。
それに自分を仲間だと言ってくれる彼らを裏切ることになるだろうから。
だけど、でも……それでも……
“……逢いたい……”
消え入るようなそれは、いなくなってしまったザックスに向けられた言葉で。
一度溢れ出したら、堰を切ったように涙が止まらなかった。
人前で泣くなんて、するつもりなかったのに。
俯いて、せめて涙を見られないように手で目を覆った。
ずっと続くと思っていた。
二人なら、どんなことがあっても大丈夫だと思っていた。
でもその時間は長くは続かなくて、最悪な形で終わりがやってきた。
どんなに願っても、もう逢えないと分かっていた。
それでも逢いたくて。
でも、逢えなくて。
逢いたくて……
失った人を想って声を押し殺して涙を零した。
その夜、クラウドは久しぶりに、それこそ記憶を取り戻して以来だろうか。穏やかな眠りについた。
あの時の悪夢も、一緒に居られた頃の幸せな夢を見ることもなく。
翌朝。
久しぶりに、本当に久しぶりに深い眠りについたクラウドは、いつもよりすっきりした目覚めを迎えた。
また一日が始まる。
こんなときがいつまで続くんだろう、と考えても仕方ないことに考えを巡らせて伸びをする。
ふと、夕べのことを思い出した。
旅の途中では話すことを避けた出来事やザックスとの関係、彼への想い。これからだって話すつもりなんて全くなかったのにまさかのバレットからの慰めと、酒の勢いもあってか皆の前で言ってしまった挙句に、泣いた。
誰にも言えずに一人で抱え込んでいた思いを吐き出して、思っていた以上に楽にはなった。
無条件に支えてくれる仲間の存在がありがたかった。
羞恥で頭を抱えながらも、そう思う。
今日もシドのところへ行って。
終わりに近づいているけどまだまだやることはたくさんある。
が、昨日の今日でどんな顔して行けばいいんだ…。
……サボりたい。
そんなことをふと考えて、すぐに打ち消した。
家にいたって、下手にまた考えこんでしまうだけだ。
ひとりでいても辛くなるだけ。
仕事をして、そのことを考えている間は忘れていられるから。
いつもの上着に腕を通し、ポケットに手を突っ込むとカサリと何かが手に触れた。そのまま取り出すとそれは二つ折にした白い紙で、見覚えのないもので。
不思議に思って開いてみれば、ティファの筆跡と思われる文字が書かれていた。
『クラウド、みんな待ってるから。大丈夫。』
その内容に、思わず目を見開いた。
そして今のクラウドには、それだけで十分だった。
きっと、いつまでも自分の中でザックスは特別だけど、みんなが大切だと思った。
どんなに時間が経ってもザックスがいなくなった事を受け入れられなくて、現実なんだと思い知らされることが怖かった。
今までずっと行きたくて行けなかったあの丘。
俺とザックスの最期の想い出の場所。
どんなに辛くても、認めて、乗り越えて行かなければ先に進めないから。
「おはよう…昨日は、その…」
いつもの仕事場に顔を出し、その場を取り仕切るシドに声をかけた。
でもやっぱり夕べを思い出して、なんだか気まずかった。
「おう!寝ぼすけ!ようやく来たな〜」
シドはいつもと変わらぬ様子で、片手を挙げて応えた。
が、外には持ち出さないはずのバスターソードを背負って簡単な荷物を抱える姿に
「……行くのか?」
「ああ、行ってくるよ」
「ま、自分のやりたいようにやりゃあいいさ。誰も反対しねぇよ」
「……ん」
「俺様なんかより、ティファには言ったのか?それに他の奴らにも」
「いや…昨日の今日で面倒かけて勝手だと思うけど……置手紙はしておいた。部屋、鍵かけてないからティファはすぐ気づくと思う」
鍵をあけておいたところで、盗まれるようなものは何もない。
盗まれて困るようなものは少ないながら、全部持っていくから。
「そうか。」
「うん。少し、時間がかかるかもしれない。けど絶対帰ってくるから」
「おう」
「……それじゃ」
短い別れの簡単な挨拶。
ニカッといつもの顔で笑うシドに、軽く手を挙げて背を向けた。
リンク無
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いつか書きたかった、そしてとうとう手ぇ出してしまったメテオ後。
今回はゲーム中のレギュラー陣に出張っていただきました。
……しかし動かしにくい……。口調がつかめない……。
いい。これっきりだから。とりあえず。
2003.5.21初稿
いろいろと恥ずかしい文章で耐えられなかったので、移転に伴い耐えられる程度に修正しました。
2016.2.9加筆減筆修正
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