最近、なんだかザックスの様子がおかしい。
ぼぉーっとしてるときとか、ご飯食べてるときとか、テレビ見てるときとか。
訓練中はそんなこともなくて日常でのみ。
時々視線を感じて、その方向を見るといつもザックスがいて。
部屋には二人しかいないわけだから、視線を感じた方向にザックスがいるのはあたりまえなんだけど 。
…別の何かだったら、イヤだけど。
で、振り返って目が合うと、視線をそらすか曖昧に笑ったりする。
そんな日がもう何日か続いている。
なに?って聞いても「いや、別に…気にすんな」って。
気にするなって方が無理だ。
テレビを見ながら、こんな風に考えている今もまた視線を感じて、振り返った。
目が合った。
ザックスがなんだか慌てたように、取り繕う。
「……なに?俺の顔なんかついてる?」
「や、なんでもねぇ。」
苦笑交じりの言葉。
まただ…。
「あのさ、言いたいことがあるなら言えば?」
本人自覚しているのかいないのか、いつも同じようにごまかすザックスに焦れていつもは消化不良な気持ちを抱えたまま「ま、いいか…」と打ち切っていた会話を、今日は続けた。
呆れたような、どこか疲れたような口調で。
「わりぃ、ホントになんでも──」
「なくないよね?ここ最近ザックス変だよ。」
それでもまだなんでもない、と言おうとした言葉を遮りさらに問う。
同時にクラウドの探るような瞳が、ザックスを少なからず動揺させた。
まずい…まいった……
予想外だった。
いくら、そこらの女の子よりよっぽど綺麗だといっても相手は男だ。
クラウドが入隊した時、同時期に入隊した他の新人とは少し異色な雰囲気を放つ彼に興味を持った。
そして、自分も一般兵時代に使っていた2人用の寮室を、たまたまルームメイトが居らずに一人で使っていることを聞いて。
顔は綺麗だが無口、無表情、無感情で近寄りがたいとソルジャーにまで伝わってきた噂を聞いて。
まもなく快適なソルジャー専用の部屋を解約してまで、クラウドの下に強引に転がり込んだのだった。
単純な好奇心。そう、面白半分だった。
それがこんな…。
気になりだしたら止まらなかった。
最初の頃のクラウドは、聞いていた通りに頑なで素っ気無かった。
人と接することが苦手で、なかなか心を許さなかったクラウドは、それでも時間をかけて次第に心を開いていった。
それは手負いの獣を飼いならした、そんな気分に似ていた。
きっかけは、クラウドが初めて見せた笑顔かもしれない。
困惑したような、怒ったような表情ばかりだったために、その分とても印象的で。
綺麗だと思った。
まだ、成長過程の男になりきっていない中性的な…。
クラウドはザックスには心を許し、よく話すようにもなった。
人前では、やはりまだ表情は硬いがザックスに影響されて少しずつ表情も出てきている。
時間をかけてようやく打ち解けた頃、なんとなくそんな気持ちに気づいてからはごまかすように、ふざけてクラウドに抱きついてみたり、好きだーとか言ってみたり。
だが、女の子と遊んでる時や、抱いているときでさえクラウドを思い出すようになったときは、とうとう重症だと思った。
はじめはそれこそその気持ちを否定していたが、否定したところで消えることはなく。
それどころかクラウドは男だ、と分かりながらも気持ちはどんどん大きくなる。
そして悩んだ末、ザックスは男だろうと俺はクラウドが好きだ、と開き直った。
でもやっとここまで築き上げた関係を壊したくないという気持ちもあって。
その後も以前のように、ふざけて抱きついたり口に出したりして冗談としてごまかしていた。
が…最近、やたらとクラウドのしぐさや表情一つ一つが目に止まる。
気になる。
伏し目がちな横顔とか、俯いた時にふと金髪の隙間に覗く白い首筋、風呂上りの濡れた髪や、小首を傾げて尋ねるしぐさや、人を小馬鹿にしたような笑みでさえ…。
気づくと目はクラウドに行っていて。
自分の事とはいえ、無意識だから手に負えない。
さらにまずいことに、最近それが増えてきているらしい。
視線に気づいたクラウドが何かと聞いてきても曖昧に濁してきた。
だが、クラウドも痺れを切らした様に不満そうな表情で、曖昧に応じるたびに不機嫌になるのが分かる。
そして今も。
…そろそろ限界だ。
ザックスは気まずそうに視線を逸らして何事かを考えていたが、突然顔を上げてまっすぐにクラウドを見ると、座っていたダイニングの椅子から立ち上がり、クラウドのいるソファへと歩いていった。
クラウドは思わず自分まで立ち上がり、目の前に来たザックスを見上げる。
見上げられたザックスは腰に手を当てて、額を押さえてしばらく考えるように止まると、ちら、とクラウドを見てそのまま髪をかき上げた。
「クラウド」
「なに…」
真剣な瞳。
その視線の強さに、声に、少し腰が引けてしまう。
じ…、と見られて思わず視線を落とした。
クラウドの戸惑ったような、不安そうな様子に小さく苦笑して。
逃げないようにクラウドの腕を軽く掴んで、顔を近づける。
腕を掴まれたことで何かと顔を上げたとき。
「…?………っ!?」
触れてすぐ離れる、軽いキス。
ことが起こってから、クラウドが自覚するまで数秒。
目をしばたいて、ザックスを見ていたその目が大きく見開かれる。
「な、ンっ…」
反応を示したのを確認して、もう一度キスした。
今度は深く。
「……んんッ……っ」
抵抗する前に、片手で頭を押さえもう片腕を腰に回して抱きこみ、薄く開いたままの口に舌を差し入れて深く口付けた。
──なに、これ……。
ザックスに舌を絡め取られて、どうしたらいいのか分からなくて。
ぎゅっと目を閉じる。
自由な手でザックスの胸を押しやった。
力の差が大きいか、それでも離れない。
「…っん……ふ…ッ…」
力が抜ける。
角度をかえてなお続けられるそれに、苦しい声が漏れた。
慣れないキスの息苦しさに、胸を押し返していた手で今度はどんどんと叩いて訴えると、長いキスからようやく解放された。
上を向かされたままだった顔を下げ、思わず座り込みそうになる膝を立たせて、すぐそこのダイニングへ逃げる。
背中を向けて、上がった息を整えて。
不思議と怒りは起こらなかった。
ザックスの行為に驚き、ただ、どうして…と頭が混乱する。
後ろから痛いほどに視線を感じるが、ザックスの方を見られない。
どんな顔をしていいのか分からない。
いつもなら強気な自分がどこかへ行ってしまった。
わけが分からなくて、頭がパニックを起こしていて。
後ろから近づいてくるザックスにも気づかなかった。
「クラウド…」
すぐ後ろから呼ばれた声に、びくっと肩を揺らす。
振り返ることも出来ずに、固まった。
「こっち向いて」
「………」
背中を向けたまま、俯いてしまう。
そんなこと言われても、振り向いてザックスの顔を見ることなんて出来なくて。
振り向けずに身体をすくめるクラウドに、ザックスはやりすぎたかと頭をかく。
でも、一度触れたら止まらなかった。
抱きしめたい衝動に駆られたが、さすがにそれはやめておいた。
「…まぁ、そういうことだから」
「………」
これでは直接答えになっていない、と今度ははっきりと言い直す。
本当は顔を見て、瞳を見て言いたかったのだけど。
「クラウドが好きだ」
「………っ」
「冗談じゃないから。…本気で考えてほしい」
そういって、ザックスが部屋から出て行った。
今はこれ以上いない方がいいだろう、と。
──なんで……
ザックスが部屋から出て行ったあと、クラウドは自室に戻ってベッドに突っ伏した。
いまだに心臓はバクバクいっている。
友達だと思っていたのに。
唇の感触を思い出して、枕に顔をうずめる。
キスなんて初めてで。
慣れた様子で舌を絡め取り、口内を這い回るザックスが怖かった。
間近で見つめてきた目が怖かった。
いつからだろう。
いつから、あんな…。
クラウドにとってザックスは初めての友達で、一番大切な失いたくない人。
いずれ来たかもしれないこの時を、ザックスを問いつめることで早めてしまったのか。
抱きついてきたり、好きだと言ってきたことはそれこそ呆れるほどあったが、今まですべて冗談だった。
………多分。
「どうしよう……」
ザックスは、自分を好きだといった。
本気で、好きだと。
驚いた。
でも、男にキスをされて怒りどころか嫌悪感すら抱かなかった自分にも驚いた。
ザックスだから、よかったのだろうか…。
同じ班の最近話すようになった友人…男とキス、ということを想像して…しようとして出来なかった。
無理だ。そんなこと想像もつかない。
クラウドは口にすることこそないが、ザックスが好きで。
でもそれは友達としてだと思っていたけど、本当は違ったのだろうか。
恋愛経験どころか、人付き合いそのものに乏しいクラウドにはそこら辺の感情の差がよく分からない。
ただ、大切ということだけ。
最初は鬱陶しいとも思っていたが、ザックスがいなくなることなんて今となっては考えられなくて。
「好き…なのか…?」
真剣に考えてほしいといわれて、考えて。
考えすぎて、逆に混乱した。
もう、どう好きなのかよく分からない。
キスをされて、嫌じゃなかった。
それが答えなんだろうか。
もし、ノーと言ってしまったら、もう今までみたいにはいられなくなるんだろうか。
………それは、嫌だ。
今までみたいに居られるなら、その方が大切だと思った。
うん。
もしかしたら自分もザックスが好きなのかもしれない。
でも、自分から言い出すことは出来ない。
恥ずかしすぎて、無理。
向こうがその話題を切り出してきたら、その時に言おう。
そう決めた。
end…?
───────────────
「気持ち」に続きます。
2003.5.11
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