Once more -Z.side-



あの時は、本当にもう駄目だと思ったんだ。
体はどんどん冷えていくし、意識は薄れていくし。
血を流しすぎたせいか目は霞んできて、果てには見えなくなって。

叶うならばずっと一緒にいたかった。

クラウドを一人遺して逝くことがどうしようもなく辛かった。


やっとあの狂った現実から逃げ出して、これからってとこだったのに。

でも…。





Once more -Z.side-





死んだとばかり思っていたオレは、幸か不幸か、神羅屋敷地下で施された実験のせいで、簡単には死ねない体になっていた。

あの時は、極度の衰弱のため体が勝手に一時仮死状態になってしまったらしい。



気づくとオレはベッドの中で、その時すでに、あの出来事から約一年が経っていた。

たまたま、奇跡のような確率で通りかかった麓の家の人が、血だらけで倒れていた、素性も知れぬオレを家まで運び、医者まで呼んで助けてくれたらしい。

やっと目が覚めたと思えば自分が誰だかわからず、覚えていたのはミッドガルへ行く…そんな記憶。
なぜだかわからないけど、とにかくそれだけははっきりしていて。


そしてそれは、とても大事なことだった気がした。
そこへ行けば忘れたものを取り返せるような気がした。


幸い、ドッグタグを身に付けていたお陰で名前は分かった。
識別ナンバーは、なんのことだかさっぱりわからなかったが。



思い立ったらすぐにでもミッドガルへ向かいたくて、目を開けた翌日。
深く礼を言って早々に発とうとするオレを、行きたいのは分かるがせめてもう少し体力をつけてから行けと、せっかく助けたのにまた倒れられたら元も子もない、と。
もっともな理由で家の人──老夫婦に引き止められ、逸る気持ちを抑えながらその好意を受け、拾ってくれた恩を返すつもりで手伝いなどしながら、そのままさらに一年をそこで過ごした。














記憶をなくした俺は、その間この世界のいろんなことを教えてもらった。

もう何年も前、戦争が多くあった頃。
神羅という組織が大きな軍隊を持っていた。
その軍の数多くいる兵士たちの中でもでも選りすぐりの精鋭兵士はソルジャーと呼ばれていた。
ソルジャーは魔晄を浴びて、そのせいで瞳が魔晄色になるから一目でわかったのだという。
一般兵士の何十人分、何百人分という働きをするほどの強さを誇るソルジャーは、子供たちの憧れだったらしい。


中でも”セフィロス”という人物は伝説のソルジャーと呼ばれ、知らないものはいないほどだったという。



──セフィロス



その言葉を聞いてなにかひっかかった。
それでも、なにかを思い出すというところまでは至らなかったのだが、その名前は忘れられなかった。




ソルジャーになると言って家を飛び出していく子供がその頃多くいたと爺さんは言う。

そして老夫婦の息子もその一人だったそうだ。
便りの一つもよこしてこないのでその後どうなったかはわからないらしい。

死んだという通知も来ないから、まだ元気に生きているのかもしれないな、と寂しそうな目をしてそういった後、俺に「お前さんもそういう子供のひとりだろう?」なんて。

記憶をなくしてんだから、分かるわけない。

「さぁ、どうなんだろうな」と苦笑して返せば、きっとそうだろうと返事が返ってきた。
目じりにしわの入った目で、いたずらな目をして笑う爺さんは鏡を俺の目の前に出すと、


「お前さんの瞳は魔晄の色だ。ソルジャーの瞳の色だ」


たぶん、そのドッグタグもソルジャーのものだろう、と。
すんなりそれを事実と受け入れられたのは、やはりどこかにそんな記憶があったからだろうか。


驚くほど傷の塞がるのが早かったのも、体の回復が早かったのも、なによりこの生命力の強さは
ソルジャーだったからだろう、ということだ。



戦争がなくなってからは、そんなに軍隊が表立って姿を見せることは少なくなったが、神羅は今度は魔晄というものを使って商売を始めた。
生活に欠かせないエネルギーとなった魔晄を供給する神羅カンパニーはそれは大きな大企業となった。
しかしいつしか黒く、赤い大きな巨星が現れて神羅はミッドガルごと破壊されてしまった。


それが、俺を拾ってから約半年くらいのことなのだそうだ。
俺が目的としているミッドガルはそのメテオという巨星に壊されてから、今は再建中らしい…。







  ***








相変わらず記憶は戻らないままだが体力はほぼ戻ったと、まるで本当の息子のように良くしてくれた老夫婦に改めて礼を言い、今度こそ唯一記憶していた目的のミッドガルへと発った。




そして、今。
ミッドガルからそう離れていなかったこの地からでは、そんなに時間が掛かることも無く、一ヶ月と経たずにたどり着いた。

しかしそうして来て見れば、特に沸き起こるものも感慨も無く、ここへ来れば思い出すかもしれないと安易に思っていた考えは脆くも崩れることとなった。

なんとなく、微かに見覚えがあるような気がしないでもないが、……分からない。
とりあえずその日は適当に宿を取って、休むことにした。

記憶が無いというのは、こんなにも心身ともに負担を感じるものなのか。
ザックスは宿の一室で、簡素なベッドに横たわりながら深く息をついた。


なにかは思い出せないが大切ななにかを忘れてしまったという思いがなによりも大きいだろう。
あれから2年以上も経っている。
もう、遅いのだろうか。
今更思い出しても手遅れだろうか。


早く思い出せ、と思う焦りに駆られながら、疲れのせいもあって襲ってきた眠気に身を委ね、眠りについた。

それから毎日街へ出ては情報を集め、ここ数年で起こった大きな出来事については知ることが出来た。
しかし、自分のことを思い出すには至らず、そろそろどうしようもなくなっていた頃。

それは訪れた。





「ねぇ、貴方……」


後ろから呼びかけられた声に、内心『またか…』と思いながら振り返る。
街中を歩けば声を掛けられ、飲み屋に行けば声を掛けられ。
一応オレも男だし、普段ならきっと嬉しいんだろうが何せ状況が状況だからそれどころじゃないという気持ちが強くて。


「悪いんだけど、俺ヒマじゃな──」


当然今回もそうだと思って、断りの言葉を口にする。
が、しかし目の前の女の子の雰囲気がそういうものではなくて、思わず口をつぐんだ。
色目を使うでもなく笑いかけるでもなく、その女の子の顔に浮かぶものは驚きと疑い、それに微かな期待。


「間違ってたらごめんなさい…でも、もしかして……」


しかし、そこまで言って不安そうに俯いてしまう。
でもすぐに、意を決したように顔を上げ、


「貴方、…………ザックス…?」


名を口にした。
助けてくれた老夫婦以外から、初めて名乗ることなく呼ばれた自分の名前。


「!俺のこと、知ってんのか……!?」


反射的に相手の両肩を掴み、その勢いのまま問いかける。

やっと見つけた。
初めての手がかりだった。
願うような気持ちで相手の言葉を待つ。


「…………てた……」

「……え?」


見開かれた瞳から涙が零れて、それと同時にほとんど聞き取れない小さな声が漏れた。
そして、


「……生き、てた……っ!」


今度こそしっかりと、ザックスはその言葉を聞いた。








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2004.06.15





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