「あー…ちょっと飲みすぎたかも……」
若干覚束ない足元に内心苦笑して、そんなことを呟きながら兵舎にある自室への階段を上る。
2日間の短期遠征から帰ってきたザックスは、こちらに戻った時間がすでに夜中の2時を回っていたこともあり、
連れに誘われ部屋に帰ることなくそのまま飲みに行っていた。
翌日(というかもう今日だ)が休みなので時間を気にせず明け方まで飲み明かして。
部屋に戻る頃には東の空が明るみ、もうまもなく朝日が昇ろうとしていた。
ザックスが帰ってくる予定日の翌朝、クラウドは早朝訓練だといっていたからもう起きているかもしれないな。
そんなことを考えつつ、玄関を開ければ案の定。
眠そうな顔をしながらクラウドが出掛ける準備をしていた。
低血圧でなかなか脳が覚醒しないクラウドは、ザックスが帰ってきたことにも気づいていない様子でキッチンに立っていて。
「クラウドただいまーおはよー」
「っわ!…お、おかえり…って、ザックス酒臭い…」
パンでも焼いて食べたのだろう皿を洗っていたクラウドの背後から、のし掛かるように抱きしめつつ帰宅と朝の挨拶を告げれば、びくっと身体を揺らして振り返って。
しかし驚いた表情は一瞬で、次の瞬間にはザックスの全身に纏うアルコールのにおいにその顔が顰められた。
「ん?あぁ、さっきまで連れと飲んでたからな」
「そうみたいだな。……お疲れさま」
明け方まで飲んでいたのだというザックスに、少し呆れたような顔で苦笑しながら労いの言葉を掛けると、クラウドの身体に回されたザックスの腕がぎゅっと強くなって、それから離れた。
実は抱きしめたときにクラウドの髪からしたシャンプーの香りに、ちょっとムラっと来たりしたがそこはぐっと我慢だ。
朝だし。
クラウドはこれから出勤だし。
「ん。よし、ちょっと充電できた」
「…なんだそれ」
「まぁいっからいっから。──ところで今日は暇か?予定なかったらたまには二人でのんびりしようぜ?」
「…?うん、わかった。まっすぐ帰るから」
いいから、と濁すザックスに少し腑に落ちないような顔になりつつ、それでもそのあとに続いた言葉に内心嬉しくなって。
一緒に住んでいるにも関わらず、最近仕事の具合でなかなかゆっくり顔を合わせる時間がなかったから。
微笑むように頷けば、おう、とザックスの嬉しそうな満足そうな返事が返ってきた。
「じゃあ、そろそろ行ってくるよ」
「おぉ、がんばってこいよー」
行ってきます、と出掛けていくクラウドを見送って、ザックスは遠征から戻ってそのままだった体を洗い流そうと、ゆるゆると襲ってきた眠気にあくびをしつつ風呂場へ向かった。
***
夜。
クラウドが自室へ帰ってくると部屋の中は真っ暗だった。
出掛けたのかと思ったが玄関には靴が今朝のまま置いてあって。
だから寝ているのかもしれない、とザックスの部屋のドアをノックしてみたけども返事はなかった。
…まぁもしそうなら返事なんてないのだろうけど。
寝ているのなら遠征で疲れているのだろうしそのままそっとしておいた方がいいかなと考えて……でもそれより「帰ってきたなら教えてくれよ」といわれそうだったので、迷った末ドアを開けて部屋に入った。
「…ザックス?」
やはり寝ていたらしく部屋の中は真っ暗で、ベッドには普段と違って大きな図体を小さくして眠るザックスが居た。
いつもはこれでもかと手足を投げ出して寝ているのに今のこの姿は……まるで本当に犬みたいだな、とか思ったのは内緒だ。
まるで明かりがないのもやり辛いので、入り口のドアは開けたままベッドに近寄って。
「ザックス、」
少し近寄って、声を掛けてみるが起きる気配はなく、しっかり寝入っているようだった。
──どうしよう。
とりあえずクラウドは困った。
ザックスだったらこんな時はたたき起こす勢いでいくのだろうけど…。
もう少しやってみても駄目だったら諦めよう、そう思って今度は肩に触れて揺り起こそうとしたところで、
「!?」
触れたザックスの体の熱さに驚いた。額に手を当ててみれば、やっぱり明らかに熱くて。
そう思ってみれば、呼吸も浅くて少し荒い。
慌てて電気をつけて、けり落とされた布団を掛けてやると濡れタオルを用意しにキッチンへ走った。
*
「…と、こんなんでいいのかな…」
氷嚢なんてないからビニール袋に氷と水を入れて簡易氷嚢でも作ろうとしていたが、保冷材を見つけそれにタオルを巻いて持っていった。
濡れタオルで汗を拭いてやって…薬と水も準備したはいいけど、そのまえに胃に何か入れないと。
ザックスが風邪を引いたことなんて考えてみれば今まで一度もなくて、自分が風邪を引いたときにザックスがやってくれたことをなんとなく思い出しながら、慣れない手つきで看病をする。
丸くなって眠っていたのは寒かったからなのだろう、体温を測ってみれば38℃以上もあった。
目を覚ます様子のないザックスに少し不安になりながら、それでも目を覚ましたときに薬を飲めるように何か食べるもの──そう考えて、お粥を作ろうと再度キッチンへ向かった。
「……えっと……」
が、作ろうと思い立ったはいいもののそういえば作り方なんて良く知らない。
どうしようと考えた結果、慣れない事態に少し混乱していたクラウドの行動は、
後のザックス曰く「そこでなんでその人選しちゃったかな…」だった。
***
なんとかお粥っぽいものを作り終えて部屋に行くと、ザックスが目を覚ましていた。
熱のせいでだるそうではあったけども、とりあえず目が覚めたことにほっとして。
おいしいか分からないけど、作ってみた…味見はしたから、一応食べられると思うんだけど…。
ぼそぼそと言えばザックスは少し驚いたような顔をして、
「ありがとな、クラウド」
なんだかとても嬉しそうに顔を破綻させた。
しかしどうにも照れくさいらしく「俺が風邪引くといつもやってくれるし、別に…」なんて、相変わらずぼそぼそと床に呟くクラウドの姿に、今度は笑いがこみ上げた。
「起きられるか…?」
「ん、大丈夫」
起き上がろうとするザックスに手を貸して、起き上がらせる。
けれどベッドヘッドにもたれるザックスが苦しそうで、いつもとはあまりに違うその姿に感じた不安というか心配がそのまま顔に出たようで、ンな顔すんなって大丈夫だから、と頭をくしゃくしゃと撫でられて。
…病人に逆に気を遣われてしまった。
「で、さ」
「ん?」
「さっきからずっと気になってたけど、なんでおっさんが居るんだ?」
「えっと……」
ザックスの部屋の中、当たり前のように壁にもたれてそこにいるセフィロスに不意に声を掛ける。
「クラウドに呼ばれたのでな。珍しくお前がへたっているというから面白そうだったので来てみた」
確かに結果のみを言ってしまえば、クラウドが招いたわけだが。いや、招いたというかなんというか…。
「…いやいやおっさん、おもしろそうって」
体調崩した本人を目の前に面白そうなどと言ってくれる英雄サマに思わず嘆息する。
「お粥の作り方わからなくて、セフィロスに電話したんだけど…」
「なんでよりによってセフィロスに…」
困ったように告げるクラウドにあいつが料理なんて出来ると思うか?なんて真顔で言ってやると、きっと自分でもそう思ったのだろう。
クラウドは小さく言葉を詰まらせた。
「あの、いきなりごめん、セフィロスってお粥作れるか?」
『粥か…いや、分からんが。何かあったのか?』
「うん、ちょっとザックスが熱出しちゃって…」
『…ほぉ、珍しいな。一人では不安だろう、粥は作れんが俺も様子を見に行こう』
「…え、あ、うん」
……ってなわけで。
字面だけ追えばなんだかいい人に聞こえるセフィロスのセリフだったが実際は、電話越しなのにニヤリと口角を上げ、楽しそうに笑っている姿が想像できるような声だった。
それでも、そんなセフィロスに心細さがなくなったのも事実で。
「しかし、ナントカは風邪を引かないというのは嘘だったようだな」
「…ナントカってなんだ、ナントカって」
「言って欲しいか?」
憮然と突っ込むザックスにセフィロスはこれまた楽しそうにニヤリと笑う。
「いや、けっこ―「ではヒントをやろう」
その笑みに若干うんざりした様な顔で返した言葉は結構だ、と言い切る前に被せられて。
ヒントだなどといいながらナントカと鋏と使いようだの、ナントカにつける薬はないだの、ナントカと煙は高いところが好きだの、他には何があったか…なんて。
「アンタ、人の話きいてんのか!」
直接口にはしないものの、そこに入る言葉が“バカ”だと分かっている以上、言われているも同じであった。
「騒ぐとまた熱があがるぞ」
「〜〜〜っっっ!」
まともな反論すら通じないセフィロスに言葉も出ずに身悶える。
この行き場の無いやる瀬なさは一体どこへやったらいいのだろう。
「まぁ、俺はこの辺で帰るとしよう。…少しくらいの間お前がいなくても問題ない。
だがせいぜいクラウドに迷惑をかけないようにとっとと治すことだな」
「…………あ、あぁ」
「クラウドも、すまんがしばらくこのバカの世話をしてやってくれ。……ではな。」
──パタン
ザックスを揶揄って満足したのか、それなりに元気そうな姿に安心したのか、言葉は少し乱暴だがさりげなく優しさなど見せたりしながらセフィロスはあっさり帰っていった。
そしてザックスはザックスで、なんか今垣間見えちゃったセフィロスの意外な優しさみたいなものに、思わずポカーンとした表情でセフィロスが消えたドアを見つめて。
「…逆に気味が悪い…」
ぼそりと呟いた。
そして疲れた、とばかりにぐったりと頭を壁にもたれさせて。
「ザックス、大丈夫か…?」
二人の一連のやり取りを苦笑のまま見守っていたクラウドは、相変わらず苦笑のまま声を掛けて。
「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっといろんな意味で疲れただけだから。…なぁクラウド、飯食わせて?」
「あ、うん」
小さな器の蓋を開けて手渡そうと差し出しても、ザックスは受け取ろうとはせずにこにことクラウドを見ている。
そんな無言の、しかしイヤというほど伝わってくるナニカに顔が強張った。
「……まさか」
「…その、マサカ?」
「………」
いたずらな笑みで軽口を叩いているもののやっぱり具合はよくないようで、確かに動くのはちょっと辛そうで…でも…。
「たまにはいいじゃん、ホラホラ」
「う……」
「はい、あーー」
あーんなんていいながら口をあけるザックスはまるでエサを待つ雛鳥のようで。
そんなザックスの姿に、口開きっぱなしで“あーん”て言えてないし…そんなどうでもいいことを頭の隅っこで考えながら、恥ずかし紛れに粥を掬ったスプーンをその口に突っ込む。
「ん、うまいうまい」
「……ホントか?」
「おぉ、ちゃんと作れてるぜ」
何気に料理が上手なザックスに教えてもらうようになって、少しは慣れてきたけど、粥なんて作るのは初めてだったから大丈夫かなとちょっと心配で。
でも満足そうなザックスの笑顔に、クラウドも安心したように顔を綻ばせて。
「クラウドも食うか?」
言いながらクラウドの手から器とスプーンをさらって粥を掬うと、まるで今度は俺がやってやると言わんばかりにほら、と鼻先にスプーンを突きつけられた。
「……や、俺は味見したから…」
――やる方ならまだしも、やってもらうのはさすがに……
思わず引き気味で辞退申し上げれば、ザックスはしょーがねーなーとそのスプーンを自分の口に運んで。
あっさり諦めてくれたことにほっとしていたのもつかの間。
「え、ちょ……っ」
サイドボードに器を置いたザックスの手にそのまま腕を引かれて倒れこみそうになったところを、後頭部を抱えるように支えられてさらに引き寄せられる。
「っ…んんぅッ!?」
抵抗する間もなく重ねられた唇から開くように舌が割り入ってきて、ザックスの口に含まれただけの粥がそのまま口移しで流し込まれた。
「〜〜〜っ」
「…うまいだろ?」
クラウドが粥を嚥下したのを確認してから唇を離したザックスが、ニッと笑ってそんなことを言う。
それは確信犯の笑みだった。
クラウドは自分でもわかるほどに赤面すると、
「〜〜っなに考えてんだバカザックス!!」
喚きながらいつの間にか腰に回されて抱き込まれた腕から逃れようと腕を突っ張った。
が、体調が悪いくせに相変わらず馬鹿力は健在なザックスから逃れられず、もうちょっとなんてまた顔を近づけキスされて。
「っん…ふ…ゃ、んんっ…」
抱きしめてくるいつもよりも熱い体温とか、触れる吐息の熱さとか、そんなものまで相乗効果で翻弄してくるザックスに流されそうになって…
「──って、ザックス風邪ひいてるだろっ」
ハッと、そんな当たり前のことにようやく思い至って渾身の力で押しのけた。
「あ…悪ぃ悪ぃ」
「感染ったらどうすんだバカ!」
あまり悪びれた様子のないザックスにまたしても、まるで語尾のようにバカをつけて抗議して。
「……みんなしてバカバカ言う」
キスの名残を残して頬を紅潮させ、少し潤んだ瞳で言っても迫力は皆無なのだけど、なんだか今日はやたらその言葉に縁があるな、なんて。
嬉しくもない縁に嘆いてみたりする。
「もう…いいから、薬飲んでおとなしく寝てろ。治らないぞ」
「へーい」
口を尖らせてつまらなそうに返事をするザックスの口に、まだ半分以上残っている粥を突っ込んだ。
もう吹っ切れてしまったのかさっきまであんなに恥ずかしかったのが嘘みたいに、色気のかけらもない様子ではい、はい、と口へ運ぶ姿は傍から見れば本当に親鳥と雛鳥のようで。
薬を飲むのに口移しでー、なんて言ってくるザックスをさらっと流して自分で飲ませた。
*
その後はやはりそれなりに身体もだるかったようで、おとなしくベッドに横になったザックスにクラウドもようやく落ち着いて。
「ごめんな、クラウド」
「…?何が?」
クラウドを見上げて、突然そんなことを言ってきたザックスにきょとんと首をかしげる。
「いや、二人でゆっくりしようぜなんて言っといてこんな有り様でさ」
すまなそうに苦笑いするザックスの言葉に、クラウドはふ、と呆れたように笑って。
「そんなこと気にしなくていいから。…じゃ、また元気になったら外にご飯でも行こうよ」
「おう」
本当に気にしていない様子のクラウドに、感じていた申し訳なさは和らいで。
──それに、一緒には居られたし。
他に音のない静かな部屋で、聞こえないくらいの小さな小さな声でぽつりと呟かれたクラウドの声は、目を閉じたザックスの耳に優しく届いた。
***
後日、ばっちり回復したザックスに『そういえば何で風邪なんかひいたんだ?』と健康優良児のお手本みたいな彼が風邪をひいたことに疑問を抱いて尋ねれば、その内容は自業自得も甚だしくて。
『帰ってきたあとシャワー浴びたはいいけど、んもーーー眠気がすごくてさ!もう限界でとりあえずズボンまで履いてベッドに横になったんだけど、やっぱ寒かったみたいでよ。…せめて上着てりゃまだ良かったのかもしれないんだけどなー。つか、そういや遠征先でも雨に降られたような…』
なんて。
ちょっとバツが悪そうな顔でへら、と笑うザックスに、
「いくら野生児だからって、冬に布団もかぶらず上半身裸で寝てりゃ風邪くらいひくだろ…。しかもシャワー浴びた後なんか」
お約束みたいにちゃっかり風邪を感染されたクラウドの冷たい視線が浴びせられた。
そして、そんな冷たい視線にもめげないザックスの、『俺のせいだし!』といつもの看病に輪をかけた張り切り具合に、むしろそっとしておいてくれ、と辟易したようなクラウドの姿が見られたのは、また別のお話。
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2008年の春に発行されたZCアンソロに参加させて頂いて書いたものです。
初めてアンソロってものに参加させていただいたので、なんだかドキドキしました(*´∀`*)
楽しかったですー。
2008.3.13
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