暗い部屋の中、電気も点けずにザックスはソファに沈み込むように座っていた。
時刻はもう真夜中、午前2時。
さすがにクラウドはもう眠っているだろう。
数日振りの帰宅。
本当は、日を跨がずとももっとはやくかえってくることは出来たのだが、
昨日……いや感覚的には今日、まで続いた遠征――戦闘の嫌な高ぶりが収まらず、外で酒を飲んでいたのだった。
最近では目立って反乱を起こすものも少なくなった。
が、それでもまだ皆無ではない。
今はその残党勢力の掃討戦が主だ。
残党勢力とはいうが、しかし実際のところほとんどが女子供に老人ばかり。
この先の反乱の芽を摘むため、ということらしいがまともな抵抗すらできない者相手の戦闘は、
むしろ戦闘ではなく、”虐殺”という気すらしてくる。
……事実、そうなのかもしれない。
本当に、胸クソ悪くなるような任務ばかり。
そして当然のように今回も。なんて、後味の悪い・・。
自分が人間でなくなっていくような錯覚すらしてくる。
できるものならこんな闘いはしたくなくて。
しかしそんな我侭が通るはずはなく、俺たちはあくまで神羅の駒。
そしてその駒の中でもソルジャーは他の神羅兵の上に立つ者。感情で動いていいはずがない。
それが許されるのは、自分の身一つである一般兵まで。
上のヤツらはいいだろう。
ただ上から見下ろし命令するだけで自らが動くことはないのだから。
こんなことをするために俺は、ソルジャーになったのか……?
結局部屋に帰ってからも、鬱々とした気分でどうにも寝付けず、ザックスは再び酒を煽っていた。
そうでもしないと、やっていられない。
・・・・・・
「……ザックス?帰ってたの?」
ふと、声がして。
戦闘で研ぎ澄まされたままの神経は、近づく気配に嫌でも気づいていた。
よく、知った気配。
驚きもせず声のした方へ視線をやれば、やはり電気のついた廊下からドアを開けてクラウドが姿を見せていた。
逆光で表情はよく分からない。
「あ……あぁ、ただいま」
「お帰り。……お疲れさま」
「おぅ。どうしたんだ?こんな時間に。寝てなかったのか?」
沈んだ気分を悟らせまいと、努めていつも通りの声音で話す。
さっきまでの自分を隠すように、なんでもなかったように。
「寝てたんだけど、なんか眼が覚めちゃったから。水でも飲もうと思って」
ザックスの言葉に答えながらも、どこかクラウドは不自然さを感じていた。
話し方も表情もいつもと変わりない。なにが、というわけではない。
分からないのに、なぜかザックスが―――
「ザックスこそどうしたんだよ、こんな暗い中で……」
―――泣いている気がして。
言いながら近づき、横まで来て、
「――ッ!?」
不意にザックスを抱きしめた。
クラウド自身、何故そんなことをしたのかよくわからない。
ただ、自然に体が動いた。
めったにないクラウドからの抱擁。普段のザックスならば、飛び上がって喜びたいほどの出来事なはず。
しかし、それにザックスは息を詰まらせたようにビクリと身を竦ませただけだった。
だが、それも一瞬のこと。
すぐに普段の表情になってクラウドを見上げる。
「………クラウド?珍しく積極的じゃないか。」
「……」
「ハ、もしかしてクラウドから誘ってくれちゃったりなんかしたりして?」
にやり。
人の悪い笑みでフザけたセリフを口にする。
自分の中の弱い部分に気付かれたくなくて。
でも、クラウドのザックスを抱きしめる腕はそのまま。
「……クラウド?」
「……」
「その気になっちゃうぞ?」
言葉の内容とは裏腹に、ザックスは内心少し焦っていた。
普段なら絶対自分からこんなことはしないクラウドが、なぜ?
変なクスリでもやったか……?
いやまさか。
「クラー?」
「……」
「どうしたんだよ?」
だんまりのまま、しかし抱きしめる腕を緩めようとはせず、むしろ解かれない様その力を強くするクラウドに、
ザックスは思わず戸惑いと、苦笑を浮かべる。
「……いよ」
「…クラ?」
何か言ったのは分かったが、声が小さすぎて何を言ったのかわからなくて、
ザックスは何かと問うようにクラウドを呼んだ。
「……無理して、笑わなくていいから」
「!」
そして次こそ聞こえたクラウドの言葉は、ザックスの取り繕った表情を崩すには十分で。
幸い、抱き締められていたお陰でそれを見られることはなかったが。
「そんなに無理しなくていいよ」
「…………」
どうして。
なぜ、分かってしまうんだろう。
何も言っていないのに。
いつもと変わりない自分を演じた自信はあった。
なにも気づかれないはずだった。
それなのに。
「――な、何言ってんだよクラウド」
それでも弱い自分を見せたくなくて、わざとおどけた声を出して、抱きしめてくるクラウドの肩をポンポンッと叩く。
「…俺は頼りないけど、強くもないけど、」
「…?」
「――出来るなら、少しだけでもザックスの力になりたい……」
「………」
「いつもザックスに助けられてばかりだからホラ、たまには、さ」
自分で言ってて恥ずかしいのかザックスの頭を胸に押し付け、見上げてこようとする彼の視線から逃げるように、抱きしめる力を強くする。
「クラ…」
ザックスを胸に抱き締めたまま、ポツリポツリと紡がれる言葉は、切々としたクラウドの声は、ザックスの荒んだ心を少しずつ癒すように届いて。
「………」
敵わない。
駆け引きが苦手なクラウドの言葉には裏も表もなくて、拙い素直な言葉はまっすぐに届く。
変に飾らない、ありのままのクラウドに、こうも安らぎを感じるなんて。
……本当に、敵わない。
「…ありがとな、クラウド」
「………ん。」
「もう少しだけ、このままでいいか……?」
「いいよ」
抱き締められるままになっていたザックスは、その腕をクラウドの背中に回した。
腕に伝わる確かな生の感触と、温もりに安堵する。
あの残酷な戦場に赴き、そして現実に帰るたびに感じる数え切れないほどの後悔。
まるで冷徹な殺戮マシーンのように、命令に従って人を殺して殺して殺して…。
それでも、こうして涙が流すことが出来るのなら、目の前のこいつを愛しいと思うことが出来るのなら。
俺はまだ、人間で居られるだろうか。
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2005.07.30
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