苦手なもの。



「なぁ、本当にいいのか??ホンットー…っに、いいのか??」


スクリーンに映し出され、今にも始まろうとしている映像を目の前にザックスは
今の自分に精一杯の平静を装ってそれを止めに入っていた。


「別に構わん」

「いいんじゃないの?一回くらい見てみても」



しかし、対するセフィロスとクラウドは全く取り合う様子も無く。



「予告って長いんだよね」

「あぁ、そうだな」




そんなことを言いながら、本編手前に入る他の映画予告という、
10分ほどあった猶予の時間を容赦なく早送りしてくれる。


「や、オレ予告も見たいんだけどな!」


早送るな!巻き戻せ!と口にはせずとも内心慌てるザックスに


「えーもう送っちゃったし…面倒くさいから後にして」

「諦めろ」


一人は素で、もう一人は含みのある表情でそう言い放つ。

まだ早送りの途中であるにもかかわらず、後にしてという言葉どおり
クラウドは予告を全て飛ばすつもりで早送りを続けた。

「〜〜〜っ」




ザックスは幽霊やお化けなどの類が大の苦手だった。
そのことを知っていたのは数多い友人の中でもセフィロスだけで。
だけ、ということは当然クラウドも知らなかったわけである。

テープが進むたび、本編が近づくにつれて隠そうとする努力もむなしく動揺をあらわにし始めたザックスに、


”もしかして…”


クラウドの中でそんな思いが湧き上がった。
あくまで知らないフリ、気付かないフリを通したのだけれど。


しかし、一度そう思ってみてみればそれは歴然としていて。
ザックスって、ポーカーフェイス得意じゃないんだな、とひそかに思ったのだった。

それが任務の絡んだ時――仕事であればそのポーカーフェイスも完璧だというのに。




一方、セフィロスはそんなザックスの様子を楽しんでいた。
ちょっと意味ありげにニヤリと笑うセフィロスは、横目でザックスを見ており、
対するザックスは何かの意志…というか思いっきり抗議の眼差しで無言のままセフィロスを睨んでいた。

そんなザックスの視線を受けて、セフィロスの笑みはかえってますます深くなる。


そういえば、ここに来るときセフィロスは「面白いものを見せてやろう」と耳打ちでクラウドにそう言って来た。
その時はなんだか分からず、だから先ほどまでは今まさに流れようとしている映画のことかと考えていたのだが……

……ちょっと違うかもしれない。

隣のザックスをちら、と見てそう思った。



予告も終わりスクリーンには”まもなく本編がはじまります”の文字。
ザックスの顔は、否応にも引き攣った。



そして本編が始まった途端、


「あ、オレちょっとトイレ言ってくる。先進めててくれて構わねぇから」


逃げた。

構わないというか、むしろとっとと進めてくれとトイレの方へ歩き去るザックスの背中に、


「そんな気を遣うな。別に構わん、待っててやるから行って来い」


いつになく優しいセリフのセフィロス。
しかし優しいセリフの割に、口調は有無を言わせない感じが漂っていて。


「お…おぅ、悪ぃな……」


クラウドの手前、怖いから俺が居ないうちにとっとと進めろ!などとは言えず、ザックスはありがた迷惑極まりないその言葉を、渋々受け取った。



















「ねぇ、ザックスまだ?」

トイレから帰って来たものの、そのままキッチンへ行ってしまって帰ってこないザックスに、リビングからクラウドの声がとんできた。

その言葉に、


――あぁ、別にいいのに本当にきっちり待っててくれたのな……


思わず哀愁の表情が浮かぶ。



「あ、ちょっとコーヒーでも淹れるからやっぱり先に進めててくれ」


どうしてもリビングに戻りたくなくて、何をするわけでもなくキッチンへ来てしまったが、咄嗟に思いついた言い訳で何とかその場をしのいだ。


「・・・いいのか?」


再度先に進めてくれ、というザックスの言葉にどうしよう?とセフィロスに伺いをたてる声。


「まぁ、いいんじゃないか。本人もそう言っていることだしな」


苦笑まじりのセフィロスの声が聞こえてザックスはほっと、息をついた。

……が、それもつかの間。


普段インスタントで済ます癖に、こんな時だけコーヒーメーカーを使うのも逆に怪しまれそうで。
結局いつも通りインスタントのコーヒーを入れたザックスは、出来上がってしまったその3人分を見つめ、諦めたような顔でため息をついた。

当たり前のようにセフィロスの部屋の冷蔵庫からミルクとシュガーを出すと、コーヒーと一緒にトレイに乗せ、ようやく、渋々と足取り重くリビングへ向かった。










「これ、結構怖いね…」

「あぁ、そう評判らしいな」


実は評判だとかそんなことはセフィロスは知らなかったのだが、
ただ今回このためだけに店の店員に聞いて購入したのだった。

店の店員は普段新聞に載るような時とは別の格好をしているセフィロスに、本人とは気付くことも無く砕けた様子で今これが一番怖いと、人気だと勧めてきた。
なんでも体の芯からじわじわ来る、しかも後に残る怖さなのだそうで。

それを聞いてもセフィロスにとっては、ふーん程度のものだったがヤツは、ザックスは苦手だろうな、と。



クラウドを観てみれば、それなりに怖いらしくクッションを抱きしめている。
その姿にふ、とセフィロスは笑んだが彼もまた人ということか。
なぜか手には正宗を握り締めていた。

どうやら安心するらしい。


まだ物語りも序盤だというのに、少しずつ核心に迫っていくストーリーの作り方がやけにうまい。
そして、物語で一番最初の山場。



──ガチャ


「── !!?」


クラウドが身を固めたところで、後ろでそんな音がして。
思いっきりビクッっとなって飛び上がるように振り向けば、そこには極力画面を見ないようにしながら、トレイを手にたたずむザックス。


「……あぁ、ザックス…びっくりした」


しかし、驚き振り返ったクラウドよりもザックスが固まっている。
しかも顔が引きつっている。
キッチンでコーヒーを用意して、リビングに戻ってきたはいいが、よりによって、ちょうどいいタイミングで画面を見てしまったらしい。


「あ?……あぁ、わりぃ」


慌てて目を逸らして、それ以降画面を見ないようにしても、脳裏に焼きついて離れない。
女の霊の、この世の全てを呪うようなその、目が。



でも視界の隅に、セフィロスが声を殺してクックッと笑う姿を捕らえ。
なんだか無性にくやしくて、コーヒーをテーブルにおくと、なぜかセフィロスとクラウドの間に腰を下ろした。

そして、セフィロスが手にしていた正宗をおもむろに取り上げ、


「……部屋ん中でこんなもん握り締めてんじゃねぇや」


床を滑らせ少し遠くへやった。


「む。……まぁいい」


が、さして気にした様子もなく、セフィロスはあくまで飄々としていて。


うわームカツク、なにこのおっさん!!


心の中で叫び、まるで威嚇するように睨む。
ザックスがいくら睨んだところでやはり飄々とした態度は変わらずだったが。




それからしばらく、ザックスにとって拷問にも近しい時間が流れた。


何時になったら終わるんだろう、としきりに時計を見てはなかなか進まない針に焦れったさを感じて。


目の前では、なんだかどんどん怖さが増してるし、つーかその音楽やら効果音が余計に怖いんだ!と突っ込みを入れる。


しかし、見る側が怖くなるように作ってあるのだから仕方ない。

なにが面白いんだか、クラウドはクッション抱きしめながらも画面に釘付けだし。

「…………はー……」

小さくため息なんか付いてみたりする。



どーでもいいいろんなことを頭に巡らせながら、こっそりなるべく画面を見ないようにしてやり過ごしていたのだが、突然。


テレビから恐怖をそのまま形にしたような悲鳴が結構な音量でザックスの耳に届いた。



「──!!!!!」

そして瞬間、固まる。



見なければいいのに、思わず画面を見てしまったザックスの目には普通の人間ではありえない場所から、顔を覗かせている女の顔だった。
ただただ、恐ろしいくらいの無表情で。





「ぅわっ!?」


思わず、ザックスは隣にいたクラウドの腕を掴んだ。
ほぼ無意識。
そしてこちらもほとんど反射に近いスピードで画面の電源を切った。

プッ──画面が切れて、静かになった部屋に時計の秒針とデッキが回り続ける音だけが響く。


「……ぇ?」

「……ックックックッ……」



クラウドの呆気にとられたような声と、セフィロスの押し殺した笑い声が聞こえたが、もう限界だった。

もうイヤだ。
恥もプライドも関係ない。


今までかっこ悪いから、と隠してきたけどもういい。

1時間半。
よくこれだけ耐えた、オレ!!



「悪ぃかよ!怖いんだよ!知ってたくせに態々こんなもん借りてきやがって鬼かアンタは!」


「…ザックス……」

やっぱり。

今までの態度で分かりきってたけど、…やっぱり。


涙目になりながら叫ぶように言うザックスに、迫力も何もなくて。
クラウドは悪いな、と思いながら少し微笑ましい気持ちになってしまった。

ザックスにも苦手なものがあったんだ、ってことが少し嬉しかったりもして。



「少し違うな。借りたのではない、買ったのだ」

「そんなことどーでもいいんだよ!!」


少しも悪びれない、冷静にそんな訂正をいれるセフィロスに憎しみさえ覚える。
……しかし買って、って。そこまでして……。

オレだったらこんなの家にあるだけでもイヤだ。
こんなものを好んで見るヤツの気が知れない。



「もう、嫌だからな!」


「……ねぇ、ザックス」

もう見るもんか、と今にも噛みつかんばかりの勢いで、ザックスが言ったところでクラウドが少し言い難そうに切り出した。


そしてそれに続いた言葉は、ザックスにとったら信じたくないものだった。


「でも、気になるから最後まで見たいな。あと少しだし……ここで終わると逆に怖い」

「!…っクラウド!!?」


……冗談だろ?



「…………」



続きなんて見たくない。
でも、あんまり頼みごとをしないクラウドのお願いだ。



「どうする?」


ニヤリ、と今度こそはっきり表情に乗せ、セフィロスが返事を促す。
……どうしたらいい……?




「…………ぅ…わ、…わかったよ……」


渋々。


OKの返事をした。













***











「クラウド、一緒に入るかー」

「何言ってんだ、さっさとシャワー浴びて来い」



部屋主のセフィロスに先にシャワーを浴びてもらって、次にどっちが入るかとなった時に、クラウドが俺あとでいいよ、と退いた為にザックスがシャワーを浴びることになったのだが。


とにかく、一人になるのが怖くて。

冗談混じりな口調で、でも気持ちとしてはかなり切実にクラウドに言った。
でもそれは呆気なく一蹴される。

だが、


「なら、俺が一緒に入ってやろうか?」

「け、結構だ!それにおっさん今入ったばっかだろ!?」


「別に二度入っても構わんが?」


「いや、いい!気持ちだけで十分だ!」



口角を上げて含み笑いでセフィロスにそう言われて。
逃げるようにして一人バスルームへ向かった。



あとには苦笑するクラウドと、笑いを堪えきれずに肩を震わせるセフィロスがいた。









「…………」

バスルームに入ると、ザックスは気を紛らすように思い切りコックを捻ってシャワーを浴びた。

怖さも一緒に洗い流すように、勢いよく飛び出るお湯に身体を打たせる。



クラウドが続きを見たいといってまたそれを再開したとき、ザックスは別の部屋に行って終わるまで待っていようかとも思ったのだが、一人になるのが怖くて結局その場にいた。

暑い、とか言われながらも今度はしっかりクラウドに抱きついて。


それだけはよかったが、セフィロスに良いように遊ばれた気がして、面白くない。
ずっと秘密にしてきたのに、結局クラウドにはバレるし。


2人とも言いふらすようなヤツじゃないのがせめてもの救いだが、やっぱりセフィロスが厄介だ。
またこんなことされちゃたまったもんじゃない。


なんとか、セフィロスの苦手なものを見つけられないだろうかと、ザックスは考えて。



「…………アイツって苦手なもんあるのか?」



……考えたはいいが、見当たらなかった。










その後、ザックスと交代したクラウドがシャワーを浴びて出てきたところで、ようやく寝る準備を始めた。
寝る準備といってもいつもセフィロスが使っているベッドと、ソファーを使うだけなので大したことはない。


寝るときになったら、やっぱりザックスはクラウドに一緒に寝てくれなどと言っては笑顔で断られ。

完全にからかい口調のセフィロスに、『なら一緒に寝てやろうか?』なんて言われて慎んで辞退してみたり、と。


なかなか静かにならなかったのだが、いざ横になったら今日はやたら緊張して神経すり減らしたせいか、
すぐに眠気に襲われて。


3人の中の誰よりも早くザックスは眠りについた。






「……結局一番最初に寝てるし」

既に寝息を立てているザックスを見て、クラウドは少し呆れた声を出す。
そこへ、ふと思い出したように、セフィロスが口を開いて。



「そういえば、コイツ結構飲んでいたな」


クラウドがシャワーを浴びている間の話しだ。
2人とも、クラウドが飲めないのを知っていたからその待っている間に飲んだのだった。
しかも、ザックスは怖さを紛らわすためか結構な量を飲んでいて。


「あぁ、そうみたいだね」


出てきた時にテーブルに置かれていたグラスと、ウィスキーの瓶があったのを思い出す。



「さて、俺たちも寝るか」


「うん、……おやすみなさい」


「あぁ」




きっと、夜中にトイレに行きたくなって一人目を覚ましちゃったりするんだろうな、と。
そんなことを考えて、少し同情して。


クラウド自身はしっかり寝る前にトイレへ行って、そして眠りについた。








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2004.9.3



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