「……ねぇ、ザックス」
「ん?」
「…寝ててもいい?」
「あぁ、着いたら起こしてやるよ」
まだ夏の暑さが残る秋初め。
どこから調達してきたのか知らないが、2人が乗った黒いオープンカーは少し生暖かい風を切りながら街道を走る。
乗り物酔いがひどいクラウドのためにオープンカーなのか、それともただのかっこつけか。
そんなことはどっちでもいいけど。
風を受けている分いくらかマシだが、やっぱり少なからず襲う酔いに気だるそうにザックスに言った。
対するザックスは今に鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さでハンドルをさばく。
気持ちよく眠っていたクラウドは、突然ザックスに叩き起こされてなんだか分からないが出かける準備をさせられた。
不満気に、それでもまだ半分寝ぼけたままのクラウドが着替えているところへ
『手伝ってやろうか?』
なんて部屋のドアを開けて、入ろうとしたザックスは罵声と共に蹴り出された。
荷物はいらないというザックスの言葉に、自分の体一つ出かけられる準備をして。
目的も何も聞かされないまま用意された車に乗せられ、今に至る。
「じゃぁ、よろしく……」
言いながらまぶたを閉じる。
「りょーかい」
すぐそこまで来ていた眠気に身を委ね、そのまま眠りについた。
クラウドが寝入ってからは、かけていた音楽も少し音を小さめにして。
静かになった車内で、酔ったことも忘れて朝の続きのように気持ちよさそうに眠るクラウドに微笑ましい気分になる。
しばらく走らせて、そうして見えてきた景色に惹かれ、ザックスはスピードを上げた。
***
「…ク……ド、……きろ」
「クラ……ド」
まどろみの中、どこからか声が聞こえる。
自分を起こそうとする声。
まだ起きたくないのに。
まだ、寝ていたいのに。
「……んー…」
「ほら、起きろって、」
「クラウドー」
体を揺すられて、名前を呼ばれる。
ぼんやりと目を開いて、
「…眠い……」
また目を閉じてしまう。
そんなクラウドにザックスは呆れたように、諦めたようにため息をついて。
そして何かを思いついたようにニヤリ、と笑った。
ふわふわ、と。
さっきまでは感じなかった浮遊感。
同時に感じる、程よいぬくもり。
ザザァー…ン……と、さらに眠気を誘う音が間近で聞こえた。
どことなく、下からひんやりとした空気が漂ってくる。
そう思った直後。
「ひぁ…っ!?」
クラウドは思わず息を詰めたような、小さな悲鳴をあげて飛び上がった。
突然足に感じた冷たさに、一気に眠気がとんだ。
すぐ側にはクラウドの反応がツボに嵌ったのか、馬鹿笑いするザックスがいて。
「あっはははは!!!」
片手でクラウドの腰を抱え支えたまま、笑い続ける。
あろうことに、涙まで浮かべて。
「……な…っ…!」
憚ることなく大笑いするザックスの腕から放れ、怒鳴ろうとしたところでようやく周りが見えて。
あっけに取られたように止まってしまった。
「……え?」
そこから視界の先、どこまでも続く一面の水――海に目をやったまま。
足元では緩やかに水面が波打っている。
そんなクラウドに気付いたザックスが
「やっと起きたか?」
ようやく笑いをおさめて、それでもまだ笑い声のままクラウドを覗き込む。
クラウドは上から降ってきた声に、そちらを向いて。
そうして目にした楽しそうなザックスの表情に納得する。
──そういうことか。
「うん、起きた」
苦笑交じりに応えた。
……さきほど馬鹿笑いされたことはしっかりと記憶にとどめたまま。
「あのさ」
「ん?」
応えるザックスは、着の身着のまま。
しかしTシャツと短パンだけになって海に入っていた。
クラウドは波打ち際で水と戯れながら
「なんで、この時期に海なんだ?」
当然といえば当然なのかもしれないクラウドの問いに、ザックスは笑って
「だって、夏に来たら人が溢れかえってるだろ。今なら人いないしな」
言外にお前が人ごみ嫌いだから、と含める。
それでも棘のない言い方だ。
それを聞いたクラウドは、まぁ、そうだけど……と頷きつつ。
なにか忘れてる気がして、首を傾げた。
が。
──あぁ、そうだ……
すぐに思い出して一人、含み笑いをした。
「なぁ、クラウド入らねぇの?」
気持ちいいぜーと海面に浮かびながらクラウドを誘うザックスに
「俺は遠慮しとくよ」
どこか晴れ晴れとした笑顔で応える。
「なんでだよ?」
「着替えない」
「あぁ、それなら持ってきたぜ?」
「でも疲れるし」
「お前……」
思わず漏れるザックスの呆れ声。
しかし、一番の理由はそれじゃない。
「それに」
「それに?な――い…っ!!?」
なんだよ、と続けようとした言葉尻を痛みに奪われた。
それを聞いたクラウドが
「……クラゲ、いるかもだし……」
ボソ、と。
タイミングの良すぎるザックスを内心称えて、自分にしか聞こえない声でつぶやいた。
ザックスによって、すでにそれは『かも』ではなくなったが。
「刺された!なんか刺されたぞ!」
「大当たりだね、やったね。秋だしね」
こっちに走りよりながらそう叫ぶザックスに、思わず穏やかな笑みが浮かんだ。
期待を裏切らない人だなぁ、と。
その後、クラゲに刺された部位に唇を寄せて毒を吸い出すクラウドにムラッときてしまったザックスが、
押し倒そうとしたクラウドに、どこをとは言わないが蹴飛ばされたというのはまた、別のお話。
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2004/3/22
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