Wish upon a star



太陽が沈み闇が空を覆う中、月だけが静かに光っていた。

いつか、交わした約束。
それはそんなに昔というわけでもないのに、なぜかとても遠いものに思えて。






Wish upon a star







「やっぱ全然見えないな……。」

開け放した窓の外を見上げてつぶやいた。
真っ暗な空。
そこに本来見えるはずのものが、ここでは見えない。


「な〜にが?」

「っ!!」


突然、いないはずの人の声と同時に、暖かい腕の感触。
あまりにびっくりして声も出なかった。

振り返ったそこにいたのはいうまでもなく、ザックスで。
いつの間に帰ってきたのか。
そして、いつからそこにいたのか。


思わずビクッと肩が揺れてしまったのが恥ずかしい。
帰ってきたなら『ただいま』くらい言えばいいのに。


腕から抜け出して不満そうに見上げる。
すぐに視線を逸らして。

「おかえり…」


そんなクラウドを見て、笑った。


「ただいま」


が、ザックスが答えても視線は逸らされたまま。
視線というか、顔ごと。


覗き込もうとするとさらに顔を背ける。
もう一度覗き込めば、身体ごと背を向けられた。

『おかえり』といったのは本当に口だけである。
なぜか、どうしても顔を見せようとしないクラウドに、また笑った。


理由はひとつ。

『なんだか悔しいから』



ザックスが帰ってきたとき、部屋の電気は消えていた。
もうクラウドは寝てしまったと思ったのだが、そうではなくて。

部屋に入ると、窓は開いていた。
窓の外にあるベランダに、クラウドが風呂上りのままタオルを首にひっかけて立っていた。

ただいま、と声をかけたが反応はなく、クラウドは上を見上げていた。
いつ気づくだろうかと、ベランダの手前、窓にもたれて立っていたが気づく気配はなく。
やがて聞こえてきた声に、後ろから抱きついたのだった。



「で、なにが見えないって?」

再び外の方を向いてしまったクラウドの背中に問いかける。
返ってくる返事の予想は簡単だった。
聞きたいのは、その先。


「星が…」

そういって、また空を見上げる。


「あぁ、ミッドガルは夜でもずっと明かりついてっからなぁー」

一緒になって月しかない真っ暗な空を見上げる。
本当に、星はわずか数えられるほどしか見えない。


「俺の故郷、毎日空いっぱいに零れそうなくらい星が光っててさ」

「ニブルヘイムだったっけか」

「…うん。ときどき思い出して、無性に見たくなるんだ。」


見上げたまま、つぶやく。


「それ─」
「はは〜ん」

「?」

後ろから聞こえてきた、なにやら楽しそうな声に続きの言葉はかき消され、不審な顔で振り返る。

ニヤリ。
音でも聞こえてきそうな笑み。
今にも目が下向きの三日月になりそうだ。


ザックスを見るクラウドの目がますます気味悪げになった。
何が言いたい。


「そ〜でちゅか〜クラウドちゃんはお家が恋しいんでちゅか〜♪」

がばあぁっ


顔だけ振り向いたクラウドをまた後ろから抱きしめた。
しかもなぜか赤ちゃん言葉。
なんて楽しそうな声だろう。


(クラウド、身体冷たい…どんだけ外居たんだよ)

楽しそうな声とは裏腹に、冷え切ったクラウドの身体に顔をしかめた。


人がちょっと真面目に話していたのに。
ちょっと思い出に浸っていたのに。
どうしてこの男は。

ちょっと暖かいけど…。
でも。

じたばたともがきながら腕から逃れようとするが、さっきのように簡単には離れてくれない。


「ザックスなんか嫌いだーー離せっこの変態っ!!」

「うっわ!ひでぇっ変態だなんて…言うに事欠いて変態だなんて…俺泣いちゃう」

「勝手に泣いてろっ」

「…もー放してやんね」

体重をかけ、地に足の着いたおんぶお化けと化した。

「重っ…放せーーーっ」


真面目に話していた自分が馬鹿みたいで、茶化してきたザックスが憎らしい。
でも、『家が恋しい』というのもあながち嘘ではなくて。
図星…きっと顔は赤くなっているだろう。


「俺の」


暴れ続けるクラウドの耳元で話し始める。


「俺の故郷の村もさ。」


ふざけた様子のない声に、暴れるのをやめて耳を傾けた。


「夜はすっげぇ星だったんだ。」

「…………」


「ガキんときさ。屋根に上ったんだ。星を掴もうとして、空に手ぇ伸ばしてさ。」

「うん」


「…落ちた。」

「………」

「で、かぁちゃんに怒られた。」


「はぁ…ザックスって昔からザックスなんだな…」

変わってないな。

そういうクラウドは珍しく楽しそうに笑っていた。
初めてする、お互いの故郷の話。
なんでもないちょっとした会話。

なのに、初めて聞くザックス自身の話が、なんだか嬉しかった。

「ところでさ。」

「ん?」

「ザックスの故郷ってどこだっけ…?」

「ゴンガガ。…つか、知らねぇの!?」

ちょっとショック…などと言いながら脱力する。
そのせいでまた体重がかかる。


「あ、そうなんだ。…て、だって聞いたことないし。」

「聞いてもくれなかったんだよな…俺には興味なしってか?」

「………ふ」

目を横に流して鼻で笑う。
小憎たらしく、可愛さのかけらもない。


そんなクラウドを斜め後ろから眺めてニヤリと笑う。
まるでいたずらを思いついた子供のような。

まるで、というより実際そのとおりで…。


「んッ……!?」

チリッとした痛みに、思わず上ずったような声がでた。

それとほぼ同時にザックスの腕から抜け出して、首筋を押さえる。
自分では見えないが、押さえた手の下には赤く鬱血した痕があった。


「なっ…何すんだっ!ザックスのバカ!!」


今自分たちを照らすものは月明かりだけなので、そんなによく見えないはずなのにクラウドが真っ赤になっているのが分かる。



「何すんだなんて…ねぇ?」


悪びれた様子もなく、またニヤリと笑う。
あまりにも素直に反応してくれるものだから、嬉しくなってしまう。


「来るな!寄るな!」

「くくっ…」


その言葉に漏れる失笑。

笑顔でクラウドに近づこうとすると、警戒して両手を前に突き出してきた。
それがまた可愛くて笑ってしまった。

そんな反応をすればするほどザックスを喜ばせるだけだというのに。
例えるなら、猫が毛を逆立てて警戒するような。


ま、この辺で止めとくか…


距離を置いたままザックスの様子を伺うクラウドに、ふ、と目を細めて微笑みベランダに出た。

春になって暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は冷える。
夜風に薄着の身体を少し震わせて、月しか見えない空を見上げた。


「なぁ、クラウド」

「……へ?」


ザックスが離れて警戒を解いたクラウドが、少し間抜けな返事をする。
ザックスは背中を向けて、空を見上げたまま。


「今度すっげぇ、空いっっぱいの星、見に行こうな!」


そういってクラウドを振り返り、年齢より幼く見せるひとなつっこい笑顔で笑った。
楽しそうに言うザックスに、いやだなんていう必要もないし、「そうだね」と応えた。


「ただし…ザックスが変なことしないならな」

「アハハーー」

「なんだよその笑い…って放せぇーーっ」


乾いた、感情のない笑い方に顔をしかめて不審な目を向けた。
それでも油断して、クラウドはまたザックスに捕まった。


「オッケオッケ。なーんもしねぇから♪」

多分。

最後は心の中だけで呟いて、腕から逃れようとするクラウドを逃げられないように抱きしめた。
そして、暴れるクラウドの声は開け放たれた窓から夜の静かな闇にしっかりと響いていて。



翌日ザックスが、周りに揶揄われて怒ったクラウドにしばらく無視され続けたことは言うまでもない。





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2003.5.22



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