16週目/スキップ/BAD ED15
〜五冊目〜
月ヶ丘探偵局では、今一つの事件を追っていた。
俺「神隠し、ね」
巷では現代の神隠しと噂されている。誘拐と言える程の人数では無いからだ。今や、二十人を超えている。
しかし神隠しに合うのはどう言うわけか、青少年だけだ。女の子の被害は一件も無い。
俺「…………」
俺の脳裏に浮かぶのは、ある屋敷の光景。
美青年達の。そこまで思い出して俺は頭を振った。
正直、可能性は高いと思っている。だが、だとしてだ。
俺「あんな事、人間がしてるって言うのかよ……」
そう口にして、気付く。
俺「人間じゃない可能性」
一枚噛んでいるのが人間じゃなければ。これは。
俺「裏月ヶ丘探偵局の仕事だ」
そう。俺達は表向きの依頼は月ヶ丘探偵局として活動しているが、怪奇現象や所謂都市伝説等と言われている怪奇事件を解決したりもしていた。
鞠華さんの管理しているオカルト系サイトの中では、時々本物の情報が混じっている事がある。それを拾って怪異の犠牲者を出さないよう防ぐのが、俺達の裏での活動だ。
俺「……でも、俺の目には写らなかったんだけどな」
屋敷の中で。人では無いものが巣食っていたとしたら。本当の姿が、異形の形が見えるはずなのだが、見えなかった。カーチャン譲りの異形を捉える瞳には何も。
俺「調べてみるか」
もう一度。あの屋敷について。
1 屋敷の中に侵入する
2 屋敷の外で情報収集
>>屋敷の外で情報収集
昼間に屋敷を偵察した時は、やはりこれと言った不審な動きは無かった。でも、夜ならどうだろうか。
俺(まずは視覚的情報だな)
以前も登った、屋敷を見渡せる大木に身を潜める。驚いた事に、屋敷の周囲に警備の姿は無かった。どう言う事だろう。
夜風が頬を撫でる。
俺(……あれは!)
ふらふらとした足取りで、青年が屋敷の方へと向かっていく。青年が戸を叩くとすぐに扉が開き、中に入っていった。そんな光景が、三回繰り広げられた。
俺(あの屋敷の主人に、息子はいない筈だ)
だとすると、あの青年達は一体どこの誰なのだろうか。
俺(あれは誘拐にならないよな)
青年達が自分の足で向かっていったのだから。異形に引き摺られているのならば、俺の瞳に引っ掛かる筈だ。
これ以上の情報は望めそうに無いと判断して俺は大木から降りた。
ヒュプ子「……何してるの?」
そう声をかけられたのは、屋敷からほんの少し離れた所だった。振り返ると、眠そうに瞳を擦るヒュプ子が居た。
俺「んー、俺は散歩。ヒュプ子は?こんな時間にどうした?」
時刻は夜の九時半。子供一人が出歩く時間ではない。
ヒュプ子「……散歩」
俺「じゃあ、俺と一緒だな」
ヒュプ子「……うん」
てとてと。ヒュプ子が俺に近寄ってくる。
ヒュプ子「……ひゅぷあ」
俺「ははっ。眠そうだなぁ」
よくわからない音を出しながらヒュプ子が欠伸をする。そう言えば、タナ子はもう寝ただろうか。
ヒュプ子「……何」
俺「ん?」
ヒュプ子「考えてるの?」
ヒュプ子の白い睫毛に隠されていた瞳が開く。透き通るような菫色の瞳。
ぞっ。と、したものが俺の背中から頬を撫でた。
俺「……っ」
くら。と、視界が揺れる。そこまで徹夜はしていなかった筈だが。眠い。
ヒュプ子「……眠い?」
いつもの眠たそうな瞳で、ヒュプ子が覗き込んでくる。
1 ちょっと、な
2 眠い、な
>>ちょっと、な
ヒュプ子「……むぅ」
俺「どうした?」
ヒュプ子「……別に」
ヒュプ子は両腕で抱き締めていたぬいぐるみに顔を半分埋めた。そう言えば、今まで気にしていなかったがいつも持っているな。かなり大きいぬいぐるみだが、余りにも自然だったから気に止まらなかった。
俺「ぬいぐるみ好きなのか?」
ヒュプ子「……これは特別」
ねことうさぎが半々になっているぬいぐるみ。よく見てみると、だいぶ使い込まれた形跡がある。
俺「大事にしてるんだな」
ヒュプ子「……うん」
ちら、と腕時計を見ると十時を回っていた。
俺「そろそろ散歩もお終いだな」
空を見上げる。星は良い具合に瞬いていた。月は帰るべき道を照らしている。
ヒュプ子「……さよなら」
俺「お……う?」
不思議な子だ。ヒュプ子の姿は無くなっていた。
俺(……化けの皮剥がれないし、普通の子供か?)
人の振りをしていても俺の瞳は誤魔化せない。
一呼吸してから俺は歩きだした。
パッパァー。パァー。
車のクラクションがして道の端に寄る。別段、道の真ん中を歩いていたつもりは無かったのだが、運転手からすると邪魔だったのだろうか。
パパッパァー。パパァー。
それでも響くクラクション。
俺「っだー!今何時だと思ってるんだよ!?パパパパうっせー!」
?「だってパパだもーん」
俺「……は?」
減速して俺の横に止まった車の窓が開く。ひらひらと手を振る姿は、見覚えのある人物で。
俺「オヤジ!?」
どこをほっつき歩いているのかわからないオヤジそのものだった。
?「いやだなぁ。れいとぉーさんと呼べと言っているだろう?」
俺「アホか」
オヤジの名前は零都(レイト)だ。零都と父さんを掛けてそう呼べとか言うが、馬鹿馬鹿しくて呼んでいない。
俺「暫く帰ってくるのか?」
零都「いや。僕はたまたま。そう、偶然。運良く通りかかっただけだからね。もう行かなければならない」
一体どこに行くつもりなのか。オヤジの動向はいつも謎に包まれている。
零都「俺」
俺「なんだよ?」
零都「さめない……はない」
俺「は?」
零都「冷めた独り飯は不味い!パパ寂しい!」
だったら帰ってこいよ。
零都「みこさんのご飯が食べたい!みこさんの温もりが欲しい!」
俺「……帰れば良いだろ」
零都「じゃ!がんばれよ、俺」
ガー。窓が閉まる。
一体何がしたかったんだ、オヤジは。
パパッパァー。パァー。と、クラクションを鳴らしながら先を行く車を見送った。
俺「って、意味なく鳴らすなよあの馬鹿オヤジ」
もう一回教習所に行った方が良いんじゃないだろうか。
俺「今日は、っと」
翌日。俺は今後の動きを考えていた。
1 潜入捜査だな
2 囮捜査だな
3 別の件だな
>>囮捜査だな
俺「優都、餌になってくれ」
優都「は?」
場所は冷蔵庫前。風呂上がりの優都に、俺はそう切り出した。
俺「だから、例の屋敷の、餌」
優都「……どっちで?」
俺「優都で。美青年って言ったらお前しか無理だろう?」
優都は少し考えてからペットボトルの水を飲んだ。口元を拭ってキャップを締める。
優都「俺でも良いだろう、別に」
俺「いや、俺の顔じゃ無理だろう」
優都「……別に。お前が思ってる程悪くねぇよ」
ボスッ。と、ソファーに腰を下ろした優都が足を組む。取り敢えず続きを話せと言う事だろう。
俺「突如現れた優都美青年で屋敷の人間の意識をそっちに集中させる。で、その間に俺が屋敷に侵入して調査」
優都「悪くはないが、もっと良い方法がある」
俺「なんだよ?」
優都の唇が、ニッ。と、笑う。
優都「お前が餌で、オレがメイドとして予め屋敷に侵入。最悪、餌が足りなかったらオレが男に戻る」
確かに、事前に内部に入っていれば融通がきくだろう。それに、保険にもなる。だが。だがしかし。
俺「俺はちょっと、無理が」
優都「それは大丈夫だ。オレが保障してやる。それともアレか?美少女……少女って歳でも無いか?いや、まぁ、鞠華チャンに男装して美青年になってもらうか?」
俺「それは駄目だ」
鞠華さんを危険に晒す訳にはいかない。
優都「なら、決まりだ。それじゃあオレは明日から開始する」
俺「……わかったよ」
翌日。優都は、レトロ調の小さなキャリーバックを持って出ていった。
優都「俺きゅん、寂しくなったからってすぐにお屋敷に来ちゃダメよんっ?」
そんな軽口を叩いて、楽しそうに。
俺「……あいつ、大丈夫か?」
あいつなら。
1 なんとかやるか
2 なんとか、なんと、か
>>なんとか、なんと、か
優都「なんとかならなかったりぃ?」
この屋敷の主人の嗜好で、従者は執事のみとしているらしい。メイドは不要だと言われたが、ここで引き下がる訳にはいかない。
優都「ユウ、どんな事でもがんばっちゃうよー?」
執事「……能力次第では考えましょう」
そう言われて渡されたのは雑巾とバケツ。どうやら、屋敷の掃除をしろと言う事らしい。
優都(好都合だねっ)
自由に屋敷の中を動き回れる。事前に目を通しておいた書類で屋敷の構造は把握してあるから、動くのには困らない。
執事「ああ、そうでした」
優都「何かしらん?」
執事「二階の東側にある部屋は、全て掃除しなくて良いですから」
優都「……わっかりましたぁー」
そこに何か、あると。
優都(ご丁寧にあっりがっとさんっ)
二階の東側から三つ目の部屋は、俺きゅんから聞かされている。そこは外すべきだ。でも、他の部屋は。
これは、調べるしかない。
優都「クエスト開始だねっ!」
怪しまれないように一階の掃除から始めたのは良いが、二階へ行く頃には腕も足もちょっと疲れていた。屋敷が広すぎる。部屋が多すぎる。
優都「はぁ……しんどぉい」
執事「やはり、女の子には無理なお仕事かもしれませんねぇ」
優都「っ!」
いつの間にか横に立っていた執事に驚いて、距離を取りそうになる。が、抑える。ここでそんな身体能力を晒す訳にはいかない。
優都「……ちゃんとやりますぅ」
執事「そうですか。では、頑張ってみてください」
それだけ言うと、執事は階段を降りていった。
あんなに近い距離に居たのに、気配に気付けないなんて。あの執事は。
優都(普通じゃないわねん……)
かと言って、自分自身は普通なのかと問われれば答えはノーだ。自分も普通の人間とは、少し違う。そう。体の作りが、他人のそれと、少し違う。
屋敷に入ってすぐにされた身体検査。武器を持ち込まなくて良かったと思いつつ、遠慮なく触ってくる執事を殴りそうになったのは、まだ記憶に新しい。
見た目はどんなに誤魔化せても、中身は変えられない。普通は、変えられない。
優都(ユウチャンのおかげって感じぃ)
優都とユウを演じている内に、いつしか別のユウがいる事に気が付いた。戸惑う自分に、彼女はこう言った。
ユウの居場所をくれるなら、ユウの体をあげる。
優都(部屋を調べるから)
ユウの、女の子の体をあげるよ。
優都(体は男の子の方がいいかなぁ)
うぐいすパンを胸に仕込んで東側へと向かう。
そう。自分には、男と女の体がある。
自分の父さんと母さんは不思議な人で、信じられないような能力の持ち主だった。
母さんは異形のものを見る瞳を持っている。それは、弟の俺に受け継がれ、自分は。
優都(父さんの、女装癖)
そして、自分の体を変化させる能力。
昔、父さんの中にはレイチャンが居て、同じような質問をされたらしい。
優都「…………」
女の子の体。憧れが無いと言えば嘘にはなるが、別にそこまで望んではいなかった。自分は自分のままでよかったからだ。男の体でも問題は無い。だから普段は男のまま女の格好をする。
でも、依頼をこなす上では、女の方が便利な時もある。そう、今みたいに。
優都「何かしらん?」
背後から腕を回される。抱き締められているような形になっているが、甘い雰囲気は無い。
執事「東側は、掃除しなくて大丈夫です」
優都「でもぉ、あそこの窓の汚れが気になってぇー」
執事「目が宜しいんですね」
執事の腕が胸に触れる。カサ、と袋が擦れる音。
執事「……うぐいすパン?」
躊躇いもなく胸に手を突っ込んで取り出される。普通の女の子だったら絶叫ものだ。
執事「叫ばないんですねぇ」
優都「お腹が空いてるのぉ?よかったらどーぞー?」
執事「……どうも」
執事の視線がちらりと胸元にいったのがわかった。なんだこいつ。所謂むっつりオープンと言うやつか。
執事「それだけあれば、詰め物なんて必要なさそうですけど?」
1 貧乳が好きなんですかぁ?
2 へっ、変態っ!
3 あ、ちょっと無理だ