16週目/スキップ/BAD ED15
〜四冊目〜
俺「……と、言う訳だ」
柚葉「許す訳にはいかないよ」
これまで被害に会った女の子は三人。いずれも、背後から抱き付かれ体を触られていると言う。
俺「被害者の女の子からの情報だと、黒のロングコートにサングラス、帽子を目深に被っているらしい」
優都「うっわ、いかにもって感じぃ?」
優都が嫌そうな顔をする。
鞠華「それで、犯人の手口が……その」
俺「はい。どんどんエスカレートしていっているそうです」
今の所最悪のパターンには至っていないが、犯人の行動から察するに時間の問題だろう。
タナ子「そのひとを、捕まえるんですね」
俺「ああ、そうだ」
柚葉「ちょっと待って」
柚葉が立ち上がる。スッ、とタナ子を見据えた。
柚葉「今回のヤツは、あたしがとっちめる。絶対に」
その言葉は、タナ子に関わるな。引っ込んでろ。と、言っていた。
確かに柚葉はこの手の依頼に対しては、何かが変わる。それ程までにそう言った輩が許せないのだろうが。
優都「ふぅん。絶対ねぇ。ちょうど良いんじゃないかしらん?」
俺「優都?」
優都「絶対に捕まえるって言うゆずちゃんより先にたぁちゃんが捕まえる事ができたらぁ、それって完璧な勝利よねーん?」
馬鹿か!この手の依頼でそう言うアホな話題を持ち込むと柚葉がぶち切れるぞ!馬鹿か!
柚葉「俺……」
俺「なんでございましょうユズハサン」
ほらみろ。俺は知ったこっちゃないぞ。
柚葉「あたしは、とっちめる自信がある。この件に関しては絶対にね。それでも、良いの?」
俺「柚、葉……?」
柚葉の瞳の奥で、何か、深く暗いものが見えたような気がした。言葉に詰まる。そんな俺の手を、誰かがきゅっ。と、握り締めた。
俺「タナ子?」
タナ子「わたしなら、だいじょうぶです」
鞠華「決定ですわね、俺くん?」
俺「あ、はい……」
こうして、新たな依頼と勝負が始まった。
1 タナ子は、っと
2 柚葉は、っと
>>タナ子は、っと
どうやら、鞠華さんから被害に遭った女の子の話を聞いているみたいだ。
タナ子「えっと……自然公園と、海の見える高台と、商家街ですね。ありがとうございます」
そう言うとタナ子は走っていった。
鞠華「俺くん。いらっしゃいますわよね?」
俺「ああ、はい」
鞠華さんの柳眉が心配そうに寄る。
鞠華「今の場所、女の子が被害にあった場所ですわ」
俺「……接点が全然無いですね」
鞠華「そう言う事ではありませんわ」
俺「あ」
そうか。タナ子がその場所を知ったら、次にどうするか。
鞠華「くすっ。追いかけなくてよろしいんですの?」
俺「行ってきます!」
いくら子供と言えど、タナ子も女の子だ。それに、そう言う趣味を持った人間もいる。俺は急いでタナ子を追いかけた。
幸い、タナ子の姿はすぐに見つかった。まぁ、まだ昼間だしな。と、早まっている心臓を落ち着かせる。タナ子の後をつけると、海の見える高台に着いた。
タナ子「…………」
ゆっくりと高台を歩いている姿は、まるで子供が散歩しているようだが、俺はそうじゃない事を知っている。
俺(目撃者に聞け、ってな)
タナ子にしか聞こえない声で、聞いているのだろう。その行為を海の見える高台と商家街で終える頃には、夕方になっていた。
自然公園にタナ子が足を踏み入れた時、俺は言い様の無い視線を感じて振り返った。が、特に何もなかった。
俺「……タナ子!」
タナ子「はわっ!?」
地面に手を着いていたタナ子は、びっくりしたのか勢い良く飛び跳ねた。
タナ子「どうしたのですか?」
俺「いや、暗くなってきたから危ないだろう?一緒に帰ろう」
タナ子「……はい!」
俺が手を伸ばすと、タナ子も手を伸ばす。が、その手は伸びたまま止まった。
タナ子「手を、あらってきます!」
そんな事、気にしなくて良いのに。俺は水道に向かって走っていくタナ子を見て小さく笑った。
?「……面白い?」
声に振り返ると、真っ白な女の子が立っていた。白い睫毛に覆われた瞳は眠たそうだ。この子は。
俺「ヒュプ、子?」
ヒュプ子「ボクとの……約束」
俺「ああ、また会おうって、約束したな」
こく。と、ヒュプ子が頷く。夢だとばかり思っていたが、夢じゃなかったのだろうか。
ヒュプ子「……来る」
ヒュプ子が指差した方へ振り返ると、タナ子が水道の水を止めた所だった。俺へと向き直したタナ子の動きが止まる。
ヒュプ子「……負けた子」
俺「えっ?」
ヒュプ子の言葉に振り返ると、ヒュプ子の姿は無くなっていた。暫く呆然としていると、腰にぎゅっと抱きつかれた。タナ子だった。
俺「どうした?」
きつく抱き付いてくるタナ子の腕から震えが伝わって、俺は優しくタナ子の頭を撫でた。
タナ子「だめです。ぜったいにだめです。あの子は……っ」
ぐっ。と額を押さえ付けてくるタナ子は、何かを噛み殺すようだった。
1 タナ子は、っと
2 柚葉は、っと
>>タナ子は、っと
タナ子は海の見える高台に居た。俺はその後をこっそりとつけている。
タナ子は、今回被害者の女の子には一切会っていない。タナ子は、タナ子に教えてくれるモノ達を頼っている。
俺「……っ!」
言い様の無い視線を感じて辺りを見回す。何も、無い。筈だ。
ヒュプ子「……大事?」
ドキリ。とした。視線を左下に向けると、ヒュプ子が立っていた。
ヒュプ子「……ずっと見てる」
俺「ああ、タナ子か?大事だよ」
ヒュプ子「……そう」
ごし。と、ヒュプ子が瞳を擦る。
俺「眠いのか?」
ヒュプ子「……眠い」
俺「いつも眠そうだな」
ヒュプ子「……可哀想より、良い」
ひゅぷあ。と、欠伸らしかぬ欠伸をすると、ヒュプ子は歩きだした。
ヒュプ子「……さよなら」
俺「おう、またな。ヒュプ子」
ヒュプ子「……うん」
振り返りはしないものの、ヒュプ子は立ち止まってそう言った。ヒュプ子が見えなくなるまで見送り、タナ子に視線を戻す。もう夕方だ。そろそろ。
俺「タ――っ!?タナ子っ!!」
こてん。と、地面に身を横たわらせているタナ子に駆け寄り、抱き起こす。
タナ子「……んぅ」
俺「どうした?大丈夫か?」
タナ子「ど……して?」
俺「もうすぐ暗くなるから、迎えに来たんだよ」
タナ子「わたしの、せい?」
俺「せいじゃなくて、タナ子の為だ。あと、俺の為」
俺が、心配だから。俺が、安心する為に。くしゃりと頭を撫でてやると、タナ子は泣き出した。最近のタナ子は、最初の頃の印象とは程遠く、幼い。それでも俺は。
タナ子「っう、ちが、また、わたしの、せ……で、ひっく、こんな、わたしは、だめ、なのに、ゆうしゅ、な……」
それでも俺は。それでも、俺は。
俺「俺は今のタナ子が好きだよ」
ぎゅっ。と強く抱き締めると、タナ子は一層強く泣いた。
俺「タナ子はタナ子だ。それは変わらないよ」
タナ子「うぁーん……ひっく、ふぇ……」
タナ子が落ち着くまで抱き締めていると、日は落ちかけていた。
俺「大丈夫か?」
タナ子「はい……っく、すみません」
俺「……よし。今日は特別だ」
タナ子「はわっ!?」
タナ子を抱っこして歩きだす。ぎゅっ。と、しがみ付いてくるタナ子が可愛い。そんなにしがみ付かなくても、俺は絶対に落としたりしないぞ。
俺「そう言えば、どうして倒れてたんだ?」
タナ子「……声、きこえるの、いいことばっかりじゃ、ないです」
俺「そうか……」
優れた能力だとばかり思っていたが、デメリットもあったのか。
俺「でも、嫌な事もあるかもしれないけど、その分良い声も聞こえるだろう?幸せの声が」
タナ子の瞳が見開かれる。俺は何か、おかしな事を言っただろうか。そう不安になって来た所で、タナ子がほわりと笑った。
タナ子「……はい」
初めてみる表情だった。初めて、見る。初め、て。
俺「……っ」
本当に、初めてだろうか。いや、確かに初めてだ。初めての筈なんだ。それなのに俺は、知っている気がした。
タナ子「だいじょうぶ、ですか?」
俺「っ、ああ、大丈夫だよ。それより、女の子達には聞かないんだな」
タナ子「それは……こんなこどもに、つらいことをお話してはくれないと、思います」
俺「よく考えてるんだな。凄いな、タナ子は」
タナ子「っ!いえ……」
ぎゅむ。と、照れ隠しからか、タナ子は俺の胸に顔を埋めた。
家に帰り、夜の九時を回った頃。
柚葉「俺、帰り送ってほしいんだけど」
俺の家で晩ご飯を済ませていつものように寛いでいた柚葉が、唐突にそう言ってきた。
俺「いや、言われなくてもいつも通り送るけど?」
柚葉「今日は、あたしから少し離れて送ってほしい」
柚葉が刀を握り直した。刀と言っても、今は一般人相手の依頼だから鉄身の刀だが。
俺「……掴めそうな訳だ」
柚葉が頷いた。最悪、不味い状況になったら俺が助けに入れるように、と言う事だろう。この手の依頼でも柚葉は俺に頼らないのに、珍しいな。そう思って柚葉をまじまじと眺めてしまう。
柚葉「なっ、何よ。あっ!ちょっと勘違いしてないよね?」
俺「えっ?」
柚葉「あたしから離れてって言うのは、タナ子ちゃんも多分動くから、あの子を守ってあげてねって事だよ?」
ああ、やっぱり柚葉は柚葉か。この分だと、多分鞠華さん経由でタナ子の動向も確認していただろう。本当に、世話を焼きすぎる。俺の口から溜め息と笑みが交ざったものが零れる。
俺「まぁ、そこが柚葉の良い所でもあるし俺が好きな所だけど。……お前も女の子なんだからな?」
柚葉「っ、ちょっと?イキナリ何言ってるのさ、俺っ?」
俺「いざとなったら俺が柚葉もタナ子も守ってやるよ」
柚葉「……っ」
さて、と。変態狩りへと行きますか。
俺と柚葉は一定の距離を開けて夜道を歩く。タナ子の気配はしない。
俺(そう言えば、どこを経由して帰るって言ってたかな)
1 商家街
2 商店街
>>商家街
俺(そうだ、変態が出る商家街を経由するって言っていたな)
月ヶ丘には、月ヶ丘商店街と月ヶ丘商家街がある。
とても紛らわしいが、その二つの場所は似て非なる場所であり、扱いを一緒にすると勃発する。何がって、大人達のくだらない争いだ。
俺(っと……商家街か)
時間帯も時間帯であり、お店のシャッターは閉まっているし帰宅する学生もいない。柚葉の靴音だけが嫌に響いている。不意に、言い様の無い視線を感じた。
柚葉「わぁっ!?」
俺(柚葉……っ!!)
お店とお店の間の細い路地から、黒のロングコートにサングラス、帽子を目深に被った男が飛び出してきた。柚葉を羽交い締めにしている。
それでも、俺は、柚葉が助けを望んでいないから飛び出したい衝動を堪える。だが。
タナ子「だめですっ!」
柚葉「タナ子ちゃん!?あのバカっ」
タンッ!トンッ!
タナ子が勢いをつけたまま蹴を繰り出した。その動きは小さく素早く、力強かった。柚葉も加勢するかのように刀の鞘で男の鳩尾を突く。男は小さく呻くと地面に倒れ付した。
柚葉「っ!」
タナ子「何人いてもかわりません。わたしがつかまえます」
ズズッ。と脇道や路地から沸いて出てくるのは地面に伏せている男と同じ、黒のロングコートにサングラス、帽子を目深に被った男達。
俺(複数犯だったのか……!)
良くもまぁ、こうまで背丈の似ている人間を集められたものだと逆に感心してしまう。
柚葉「あんた達は……あたしが許さない!」
柚葉が刀を抜く。柚葉から殺気が溢れるものの、男達は怯まない。並の人間ならば怖気付いてしまうはずだが。
柚葉「……ありがたく思いな」
刀の柄と鞘で男達の急所を突いて行く柚葉の動きは、まるで円舞でもしているかのようで。
柚葉「あたしはあんた達と違って、命までは取らないらさ!」
けれど、薙ぎ倒す柚葉の瞳はその美しさとは裏腹に、怒気を含んでいた。
タナ子「ゆるしませんっ」
どこで拾ってきたのか、細いパイプを持ったタナ子が交じる。見せ物ではないだろうかと言うくらい、二人は流麗だった。タナ子の動きは柚葉を濁らせず止めず、寧ろ調和していた。けれど。
タナ子「きゃうっ!?やぁ、離してくださいですっ」
二人の世界が崩れた。
男の一人がタナ子を羽交い締めにして抱き抱える。すかさず柚葉があて身をしようとしたが、刀が、ガシャ。と音を立てて地面に落ちた。
柚葉「くっ……」
別の男が柚葉の両腕を掴んで後ろにねじ上げた。体勢を崩した柚葉が地面に押し付けられる。
タナ子「やぁーっ!」
柚葉「あんた達は、そうやって……!」
この状況は、不味いだろう。
俺(俺の出番だな!……でも)
柚葉とタナ子、二人の間は微妙に距離が取られている。
1 タナ子を助ける
2 柚葉を助ける