16週目/スキップ/BAD ED15
>>そう言えば、あの件
俺「どうなったんだろう」
砂糖を計量していた手を止める。
先日侵入した屋敷から入手した白いモノ。アレの正体は、もう暴かれているはずだ。
俺「後で鞠華さんに聞いてみるか」
一先ず今は、お菓子を作る事に専念しよう。
鞠華「……お終い、ですわね」
タンッ!キーを叩いて実行する。ある組織の隠れ蓑をやっと剥がす事が出来た。それでも、それは数多の内の一つでしかない。
サイバー犯罪は無くならい。それどころか、ネットは犯罪者にとって都合の良い温床となっている。
鞠華「わたくしと、変わりませんわ」
ただ、わたくしは運良く良い方達と巡り合えただけ。
もしも俺くんに出会って、柚葉さんに出会って、柚葉さんのおじさまに出会わなければ、きっとわたくしは今頃。
鞠華「犯罪者の、まま……」
ネットの中では他人の目を気にしなくて良かった。財閥の鞠華で居なくていい。純粋にわたくしを見てくださる。それはとても、心地が良かった。
犯罪組織の証拠を掴んで警察に、サイバー犯罪対策室に直接送り付けると、面白いくらいに事が明るみになった。何人も検挙されて行った。堪らなかった。それは財閥の力じゃない。わたくしの力で、為せた事。嬉しかった。
でも、わたくしがやっている事は犯罪者と何ら変わりはなかった。わたくしだって、違法な手口を使っているのだから。
ピピ。と、無機質な音が響く。柚葉さんのおじさまからのメールだった。開いて中身を確認する。
鞠華「……やはり、黒でしたのね」
俺くんに伝えないと。そう思い携帯に手を伸ばせば、俺くんからの着信。
鞠華「もしもし〜?俺くんですの?ちょうどよかったですわ。先日の件、結果が出ましたの」
俺『……どう、でした?』
鞠華「黒でしたわ。でも、バックで強い力が働いているそうですの。すぐには踏み込めないそうですわ」
俺『そうなんですか……。ありがとうございます。所で、鞠華さん』
いつもより少し低めな、俺くんの真剣な声。少しドキリとしてしまう。
俺『今日、この後何か予定はありますか?』
鞠華「えっ?特に、ありませんわ」
俺『良かった。ちょっと付き合っていただけませんか?』
鞠華「わっ、わたくしでよろしければ、良いですわ」
俺『良かったー!』
鞠華「えっ……?」
俺『いやぁ、タナ子がシュークリームを食べた事が無いと言うので作ったんですけど、作りすぎてしまいまして。って、うるさいぞ優都!お前は食うな!』
俺くんの後ろから優都さんのやかましい声が聞こえる。
俺『ああ、すみません。なので、もしよかったら食べに来てくれませんか?』
鞠華「くすっ。それでは後程、伺わせていただきますわ」
俺『はい。お待ちしております、鞠華さん』
通話を終えて、PCを閉じる。
鞠華「爺や?ヘリを出してちょうだい。場所は、いつもの場所ですわ」
爺や「仰せのままに。……鞠華お嬢様」
鞠華「なんですの?」
爺や「最近の鞠華お嬢様は、毎日楽しそうでございますね」
鞠華「くすっ。爺やや……俺くんのおかげ、ですわ」
鞠華でいられる場所が、増えたのだから。
俺「今日も依頼は無し、と。暇だなー」
ベッドに、ごろん。と、寝そべる。
1 このまま寝る
>>このまま寝る
暇過ぎる。気が付けば俺の目蓋は閉じていた。
俺「……ん?」
雑踏の中、俺は月ヶ丘の中心街にそびえ立つ洒落っ気全開の塔を見上げていた。その先の空は、鉛色。
そうだ。俺は立ち止まっている場合じゃない。俺は歩き出す。向かわなければ。約束を果たす為に。
俺「約束?」
自分で言って、はたと気付く。何を約束していたと言うのだろう。誰と、何を。そう思ってまた立ち止まる。
?「ひゅぷっ」
とんっ。と、足に小さな衝撃。子供だった。
俺「ああ、ごめんな。大丈夫か?」
屈んで尻餅をついている子供に目線を合わせる。真っ白な長い睫毛に覆われた瞳は、眠たそうに薄く開かれていた。睫毛と同じ真っ白な髪が揺れて子供が起き上がる。
?「……痛い」
俺「どこか擦り剥いたか?」
そう聞いてはみたものの、子供は何も答えない。けれど、僅かに寄った眉間が痛いと言う事は確かだと告げている。質問を変えよう。
俺「どこが痛いんだ?」
?「……ここ」
子供が左手を差し出した。擦り剥いてはいないが、木の欠片が刺さっていた。
俺「痛いな。今取ってやるぞ」
?「……っ」
抜く時に一瞬体が身動いだものの、子供は泣きもせず大人しかった。
?「……ありがと」
俺「どういたしまして」
子供が歩きだす。と。
?「ひゅぷっ」
また別の人にぶつかって転んだ。起き上がって歩いても。
?「ひゅぷっ」
また別の人にぶつかって転ぶ。
俺「ああ、もう」
?「――!」
ひょい。と、子供を抱き抱える。
俺「お前、どこに行きたいんだ?連れていってやるよ」
?「……ない」
俺「ん?」
?「……どこも行かない」
それだけ言うと、子供は寝てしまった。
俺「マジかよ……」
放っておく訳にも行かず、俺は子供を抱き抱えたまま近くの公園へと向かった。
幸か不幸か、辺りに人はいない。
俺(どことなくタナ子に似てるんだよな……)
それもあって、放っておけなかった。
?「……ん」
俺「起きたか?」
?「……起きた」
ごし。と瞳を擦るが、瞳は相変わらず眠たそうに半分閉じたままだ。
俺「お前、名前は?家はどこだ?」
?「……ない」
俺「無いわけないだろう?」
?「……ない」
子供の声が少し不機嫌になる。そう言えば、タナ子も名前が無かったな。あれはまぁ、特殊だろうが。
?「ひゅぷっ」
子供がくしゃみだと思しきものをした。そう言えば、こいつはやたらひゅぷひゅぷ言うな。
俺「よし。お前の名前はヒュプ子な」
名前が本当に無いのか言いたくないのかはわからないが、名前が無いというのは不便だからな。
?「……ヒュプ子?」
眠たそうな瞳が、少し開かれる。
俺「ああ。嫌か?」
?「……嫌じゃない」
俺「よし。ならヒュプ子な」
ヒュプ子「……うん」
ぎゅ。と、ヒュプ子が俺の手を掴んで引く。
ヒュプ子「……一緒」
俺「どうした?」
ヒュプ子「……来て」
ヒュプ子に引かれた方の手とは別の手を、誰かに引かれた。
1 タナ子?
2 柚葉?
3 鞠華さん?
4 優都?
5 イザナミさん?
>>優都?
優都「駄目だよ、俺きゅん」
ぐっ。と、引っ張られる。
俺「優都……?」
優都「駄目」
視線を優都からヒュプ子に戻すと、ヒュプ子は下唇を噛んで俯いていた。
ヒュプ子「……むぅ」
俺「また会おう、な?」
ヒュプ子「……!」
頭をぽんぽんと叩くと、ヒュプ子が少し微笑ったように見えた。
俺「…………」
ゆっくりと瞳を開けると、見慣れた天井が目に入った。夢を見ていたようだ。
俺「俺、幼児趣味なのかな……」
それはできれば、気付きたくなかった趣味だ。
俺「違う、俺にはそんな趣味は無い!」
そうだ、落ち着け。ほら想像してみろ。やっぱりバインボインなねーちゃんがいいだろうそうだろう。
俺「……俺、何やってるんだろう」
俺の情けない声が部屋に漂って消えた。
俺「今日も依頼は無し、と。暇だなー」
ベッドに、ごろん。と、寝そべる。
1 いい加減依頼来いよ
>>いい加減依頼来いよ
平和なのが一番ではあるが、何というか、退屈だ。
俺「いい加減依頼来いよ」
ぽつりと漏らしたその言葉に怒ったかのように勢い良く扉が開かれた。
柚葉「俺!」
俺「ああ、どうした柚葉?」
柚葉にしては珍しく肩で息をしている。
柚葉「とっちめるよ!」
俺「……変態が出たのか」
柚葉「うん。絶対に許さない」
月ヶ丘探偵局での柚葉の主な担当は、変態だ。こう言うと語弊がありそうだが、変態だ。
柚葉「あたしは、女の子に危害を加えるヤツは許さないよ」
露出狂、痴漢、場合によってはストーカーも柚葉が担当していた。
俺「よし。依頼を始めるか」
俺は月ヶ丘探偵局のメンバーに召集をかけた。
〜三冊目終了〜