12週目/婚約者・イザナミルートまでスキップ/イザナミ ED 1


>>ねこか?

?「にゃおん」

猫の泣き声がした。と言うか、猫の鳴き真似だ。窓を開けて闇夜に包まれたベランダを見る。

俺「何してるんですか、イザナミさん」
イザナミ「猫をご所望のようでございましたので」

そこには招き猫のポーズをして立っているイザナミさんが居た。微かに雨が降っている。
コツン。イザナミさんが一歩、俺に近づいた。

イザナミ「ワタクシが申し上げましたお言葉、ゆめゆめお忘れになりませぬようお願い申し上げます」

イザナミさんの言葉。
それは、日中囁かれた言葉だろうか。

俺「あれはどういう意味ですか?」
イザナミ「お言葉通りでございます」
俺「ちゃんと説明し」

ぐわん。誰かが俺の首根っ子を掴んで放り投げた。体が、宙に浮く。今まで立っていたベランダが遠くなっていく。
ガッ。と、俺を落とした人物に蹴りを入れると、躊躇いもせずにイザナミさんがベランダから飛び降りた。

イザナミ「俺様!」

落ちる。
落ちる。落ちる。
イザナミさんが両手を伸ばす。

俺(俺は、落ち、る?)

きぃん。脳裏に鋭い痛みが走る。
古い世界が、広がった。

女性「先日、ワタクシは塔の最上階へいらっしゃってはなりませんと申し上げました」
俺「だってたかいところにしかおねーさんいねーんだもん」
女性「それは……ワタクシのお役目でございますから」
俺「よっ、と」
女性「!そのような場所に立たれては、危険でございます」
俺「だいじょー、ぶ、わぁっ!?」
女性「俺様っ!!」

俺を追って女性が塔から飛び降りる。女性が両手を伸ばす。俺は、頭の中に浮かんだ女性の名前を叫びながら両手を伸ばした。

俺「誘深(イザナミ)っ!」

我が主……お護り致します。イザナミさんが微笑む。手を掴み腕を引き、抱え込む用にして俺を抱き締めた。雨が強くなる。

イザナミ「ご無事でございますか?」
俺「また、助けられちゃいましたね」

雨水のクッションが俺とイザナミさんを受け止めて、弾けた。雨粒が俺の頬を撫でる。決して多くは無い記憶が思い出された。
俺は、少しだけ国にいた事がある。と言っても、俺にとっては夢の中の世界だった筈だが。そこで、確かにイザナミさんと会っていた。

イザナミ「あの頃の俺様は夢の中だと疑わずおいたばかりで、大変でございました」
俺「夢、じゃなかったのか」
イザナミ「はい。俺様は、瞬間移動能力をお使いでございました」

王族の血にはヒューマノイドの血が微かに混じっているらしく、不思議な力が宿るそうだ。カーチャンの国の王族。つまり、俺も例外では無かった。
幼い頃、俺は知らず知らずの内にその力を使い国へ行っていた。俺の住んでいる世界と違い過ぎる世界に、夢の中の世界だと子供ながらに思ったのだろう。

俺「でも、俺は今そんな力使えないですよ?」
イザナミ「この世界で生きるには不必要な力でございましたから、お忘れになってしまわれたのでしょう。元々意図して使われていた訳ではございませんでしたから」

そこまで言ってイザナミさんが振り返る。青い短刀を構えたタナ子が立っていた。その顔はどこか強張っていたが、意を決した表情になると短刀を構えたままこちらに走ってきた。

俺「危ないっ!」

イザナミさんは。

1 微笑っていた
2 澄ましていた

>>微笑っていた

レイシス『イザちゃんや。俺君はどうも国に来る気はないようじゃのぉ。あやつらが動きだしていると言うのにの。ほっほ。仕方あるまいて。俺君の護衛と、抹殺をお願いしようかのう』
イザナミ『どういう事でございますか?』
レイシス『大事な跡継ぎじゃ。あやつらに殺されてしまっては困る。だがの、国に来ないのならただの厄介者じゃ。イザちゃんならわかるじゃろ?』

主であるレイシス様の命を受け、ワタクシは雨に、水に自分を宿らせ俺様の所へ参りました。
俺様は、ご聡明で、お優しく、綺麗すぎた。国には似合わない。この御方を狭い国へ閉じ込めてはならないと、思ってしまいました。
いつもの任務のようにただ護衛をしていただけでございましたのに、ワタクシは俺様をお護りする事に喜びを感じていました。それと同時に、いつかこの手で抹殺しなければならないという悲しみも、ございました。
ワタクシは主の、レイシス様の命を背いてでも俺様を、マスターをお護り致したいと思うようになってしまいました。ですから、あの子にお願いをしたのでございます。

イザナミ『お聞きなさい。レイシス様は俺様を抹殺なさる所存でございます。俺様を殺そうとするものは誰であれ殺しなさい。それが、ワタクシでも』

青い短刀が軌跡を描こうとする。
そう。それで良いのです。ワタクシは、マスターを殺したくない。ああ。この子は、必ずワタクシを止めてくれる。

俺「イザナミさんっ!」

大丈夫でございます。俺様にはもう、イザナミは必要ございません。あの子はまだ未熟でございますが、必ずや俺様のお力になりますでしょう。

俺「誘深!!」

ワタクシの最初のマスター以外に愛名をご存じなのは、俺様だけでございましたね。俺様にならば、ワタクシは身も心もお使え致したいと、思ったのでございます。
でも、もう叶わない夢物語でございます。

イザナミ「少しの間ではございましたが、俺様とお過ごしできましてこのイザナミ」

大変幸せでございました。


?「そこまでかのぉ」

ぴたり。俺を落とした人物が、タナ子の短刀を指で挟むようにして受け止めていた。いくら巨体な男でも、こんな事ができるのだろうか。

?「ほっほ。合格じゃよ。イザちゃん」
イザナミ「レイシス、様……?」

ぬぎぬぎ。巨体な体がふにゃふにゃと揺れる。なんだか気持ち悪い。ドゴッ。と音がして巨体の頭が地面にめり込んだ。巨体の背中辺りから、ころんと真ん丸な体型をした小さなお爺ちゃんが出てきた。
輝かしい頭部が月光を受けてさらに輝く。

爺「ふぃーっ。戦闘スーツはやはり暑いのう」
イザナミ「あの……」
タナ子「本物のレイシス様ですかっ?」

ぱち。お爺ちゃんが不器用そうに両面を瞑った。多分、ウインクがしたかったのだろう。

イザナミ「いやのう。実はだな、イザちゃんが次期国王の俺君をちゃんと護れるか知りたくての。ふぉっほっほ。ワシの命に背いたのはちぃと悲しかったがの。寂しかったがのぉ。寂しくて死んじゃうのぅ。イザちゃんがメイド服着てくれないと寂しくて死んじゃアイタっ!」

誰じゃ!とお爺ちゃんが頭部を両手で押さえて振り返る。そこには、満面の笑みでフライパンを持っているカーチャンが立っていた。

爺「ミコトちゃぁん!会いたかったぞぉーい!」

お爺ちゃんがカーチャンに向かってジャンピング抱き付きをしようとする。が。パコン!まるで蝿を叩くかのようにカーチャンはお爺ちゃんを叩いた。

美琴「これはどういうことかしらぁ?お父さま」
レイシス「酷いのぅ。酷いのぅ。せっかく国の出入りを甘くして遊びほっほ。会いに来たというのにの」

お爺ちゃんは長い白髭を触りながら話し始めた。
どうやら、これは俺とイザナミさんに対する試験だったらしい。
次期国王になる俺に誠心誠意イザナミさんが使える事ができるか。
次期俺に使えてくれるイザナミさんの信頼や忠誠心を俺が得られるかどうか。

爺「問題なかったようじゃの。早速だか俺君には国に来てもらいたくての」
美琴「それはダメよぅ。俺ちゃんは渡しません」
イザナミ「ワタクシも、同意致しかねます」

きゅうん。お爺ちゃんの眉が八の字になる。

爺「ふむ……。なら、通いならどうじゃ?」
俺「通い?」

俺の瞬間移動能力を使って国と日本を行き来する。と言う事らしいが、俺にすぐ力が使えるようになるとは思えない。困ったな。と思っていると、そんな俺を察してかお爺ちゃんが笑った。

爺「何の為のイザちゃんじゃ。暫くは日本で力の使い方をしっかり教えてもらうとよいぞ」
イザナミ「しかし、それでは国での職務が」
爺「イザナミ」

たった一言。その一言なのに。皮膚がびりびりと痛い。今まではただの愛敬のあるお爺ちゃんだと思っていたが、やはり一国の王。格が違うと思った。

爺「お主は試験とは言えワシの命に背いたのじゃ。そう簡単に国へ戻れると思うてか?」
イザナミ「どのような処罰も覚悟の上でございます」
爺「うむ。では……アイタぁ!」

パコン。カーチャンがお爺ちゃんの頭をもう一度フライパンで叩いた。もしかして、お爺ちゃんの頭部が光り輝いているのは……。いや、まさかな。

爺「せっかくワシの格好いい所じゃったのに。もうええわい。イザちゃんや、日本に残りて俺君の護衛及び教育をせよ。それが処罰じゃ。なぁに安心せい。向こうでの職務はこの子にやってもらうからの」

そう言ってお爺ちゃんは再び戦闘スーツとやらを着て巨体になると、タナ子を抱えて歩きだした。

爺「おぬしは頭が弱いからの。国へ帰って勉強じゃ」
タナ子「わっ、わたしもマスターを護らないと……」
イザナミ「俺様の事はワタクシにお任せなさい」
爺「だそうじゃよ」
タナ子「そんな……」

お爺ちゃんが軽くジャンプをすると、空へと飛んでいった。
マスター。と、タナ子の縋るような声が闇に響いて消えた。本当に、国の技術はどうなっているのだろう。

美琴「やぁっと帰ったわね。俺ちゃん、イザナミ、ご飯にしましょう」
俺「あっ、ああ」

何事も無かったかのようにカーチャンは家へ入っていった。俺達も帰ろうと、イザナミさんに視線を向ける。

俺「……イザナミさん?」

気が付くと、イザナミさんの姿は無くなっていた。雨は、止んでいる。
ドクリ。と、心臓が跳ねた。まさか。嫌だ。居なくならないでくれ。

俺「イザナミさんっ!!」
イザナミ「こちらに」
俺「どこですかっ!?」

声はするのに姿が見えない。周りを見回しても、やはりいない。もう一度名前を呼ぶと、頬を何かに押された。

俺「え……?イザナミさん?」
イザナミ「失礼をお許しくださいませ」

俺の肩に立ち、両手を頬に押しあてているイザナミさんが居た。とても小さい。サイズ的には500mlのペットボトル位だろうか。

俺「どうしちゃったんですか?」
イザナミ「ワタクシの体は国にございます。今は雨ではなく大気中の水分に宿っておりまして、元の大きさを保つとなりますと力の消耗が回復に追い付かなくなってしまいます故」

このようなお姿で失礼致します。
イザナミさんが頭を下げた。なんだろう。

俺「……かわいい」
イザナミ「はい?」

今までは大人のお姉さんという感じで若干近寄りがたかったが、これなら許される気がする。

俺「かわいいですね、イザナミさん」
イザナミ「ッ!?」

人差し指で優しく頬などを触ると、イザナミさんの頬が色付いた。

俺「ははっ」
イザナミ「俺様、お戯れが過ぎますっ」

イザナミさんは俺の人差し指を小さな両手で握り締めている。少しだけ、力が加わった。

イザナミ「……俺様。姿は小さくとも力は変わりません。これからもお護り致します」

それに、しっかりと帝王学も仕込ませて頂きますから、覚悟してくださいませ。
そう言って笑ったイザナミさんは、大人なお姉さんだった。が、やはりどこか可愛らしかった。

Izanami END
―ED1 小さな貴方と、一緒に―


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