11週目/婚約者・美琴ルートまでスキップ/イザナミ ED 4


〜四冊目〜

あの後、カーチャンとタナ子にイザナミさんについて話を聞こうとしたのだが、何も教えてくれなかった。ただ、二人共必ず同じ事を言った。
イザナミには近付くな。
どうしてイザナミさんが現れたのか。その意図が読めるまで近付くのは危ないからとの事だった。
二人が俺の事を心配してそう言ってくれているのはわかっている。でも、イザナミさんは悪い人じゃないと思う。その証拠にカーチャンもタナ子も無理にイザナミさんを捕まえようとしないし、殺そうともしない。

俺「イザナミさん、大丈夫かな」

数日経った今。イザナミさんとは会いたくても会えていない。体調が悪そうだったのが心配で仕方が無い。
でも、ただ心配しているだけでは何も得られない。唯一、得られるとしたら自己満足くらいか。でも、そんなものは必要無い。今必要なのはイザナミさんの情報と、俺自身の事だ。
一度現実逃避をした為に、現在の俺の状況がどうなっているのかさっぱりわからない。

俺「どうするかな」

1 リビングに行く
2 外に出る
3 部屋の片付けをする
4 雨乞いをする

>>外に出る

家の中だとカーチャンとタナ子が居るから、イザナミさんに会える可能性は低い。俺は外に出る事にした。

俺「雨は……降りそうに無いよなぁ」

雨が降ると湿度が上がる。そうなると本が傷んでしまうから雨の日は好きじゃなかった。でも、今は雨が待ち遠しい。
ヒュン。視界の端に何かを捉えた。振り向くのが早いか何かが来るのが早いか。
答えは後者。

俺「うぐっ!」

ギリッ。と喉元にがたいの良い男の太腕が食い込む。こいつは一体どこの誰なんだ。いや、それよりどうして俺を。
意識が保てなくなる。酸素が足りなくて苦しい。視界が暗い。俺は、死ぬのだろうか。

?「ワタクシの次期主に触れる許可を出した覚えはございません」

この声は誰の声だ?
喉元の圧迫感が無くなり、体が横たわった感覚がする。ひゅう。と、一気に酸素が入ってきて激しく咳き込んだ。

?「もう、大丈夫でございます」

頬が濡れる。冷たい。

?「マスター!」

霞む視界。揺れる漆黒の髪。髪と同じ色の瞳が心配そうに俺を覗き込んでいた。

俺「……っ、タナ子?」
タナ子「はい。だいじょうぶですか?」
俺「ああ」

周囲を見回してみる。俺とタナ子、そして男しかいない。男は意識が無いのか、地面にだらしなく体躯が転がっていた。
タナ子が男から聞き出した情報によると、この男も機密の国から来た人間らしい。ただ、カーチャンとは違う国だそうだ。所謂敵対関係にあるらしく、次期国王になる可能性がある俺を消しに来たという事だった。
ふと、ある日の夜を思い出す。

俺「もしかして、前にも助けてくれなかったか?夜に」
タナ子「あっ、えっと、その……」

わたわたと慌てる姿を見る限り、きっとそうなのだろう。俺は助けられてばっかりだな。

俺「ありがとな」
タナ子「でも、今マスターを護ったのは」

わたしじゃないです。
タナ子は苦々しそうにそう言った。

1 リビングに行く
2 部屋の片付けをする
3 雨乞いをする
4 寝る

>>雨乞いをする

庭に行き、周囲を伺う。
近くにタナ子の姿は見えない。カーチャンは買い物に行っている。他に人は、いない。

俺「よし。やるか」

ボウッ。集めた枯れ葉枯れ枝に火を着けて煙を焚く。煙を雲に見立て、太鼓を鳴らして雷雲を表現する。と言いたい所だが、さすがに太鼓は無い。
行き当たりばったりで考えたものだから、ロクに準備もしていない。太鼓、どうしようか。

俺「そう言えば……」

俺の体で太鼓に成り得る部位があるじゃないか。そう。ここだ。

俺「太鼓腹って言うしな」

ぽん。と、軽くお腹を叩く。そこまで脂肪がたゆんたゆんでは無いが、きっと腹太鼓として使えるはずだ。
準備は整った。後は雨乞いするだけ。
ぽんぽぽんぽん。ぽぽんぽん。
露出しているお腹が若干冷えて辛い。が、雨乞いの儀式だ。致し方あるまい。

俺「あーめあーめふーれふーれ、かぁーあちゃんがぁー」
タナ子「あの……マスター?」

ピシリ。俺の体が硬直する。
見られた。見られた見られた。
煙が充満している中、お腹を露出して激しく叩き、歌い踊り狂っている様を、見られた。
一気に恥ずかしさと虚しさとどうしようもない感情に襲われる。

俺「すみませんでした」
タナ子「いえっ!あの……マスター、は」

そんなに、イザナミに会いたいのですか?
俺はタナ子の問いに、頷いた。

タナ子「少しだけ、お話してもいいですか?」
俺「ああ」

タナ子が自分から話すなんて珍しいな。

1 イザナミさんの事?
2 タナ子の事?

>>イザナミさんの事?

タナ子「はい。イザナミは、レイシス様の側近でありながら、わたし達の教育者でもありました」

ヒューマノイドの能力を上手く使う為に、イザナミさんが指導していたらしい。
タナ子の瞳が、少し冷たくなる。

タナ子「わたしの力は、記憶の制御と解放。その応用は、感情と感覚の制御です」
俺「感情と、感覚?」

こくん。と、タナが頷く。
わたしはまだ技術的にも精神的にも未熟です。そんなわたしでは任務を遂行できない。
冷静で、感情に流されないわたしじゃないと。
痛くても、泣いたりしないわたしじゃないと。
わたしでは、マスターを護れない。

タナ子「でも、イザナミは、そんなことをしなくていいと、言うのです」

タナ子の瞳が柔らかくなる。

タナ子「そんな力はつかわなくていいと、辛いことはしなくていいって、痛いことはイザナミがやるから、がまんしなくていいって」

きっと、二人が生きてきた世界は、今いる俺の世界とは違う世界なのだろう。
きっと、俺の知っている安全で綺麗すぎる世界じゃなくて、想像もできない世界。

タナ子「イザナミは、こわくないです。誰よりもやさしいおねーさんなのです!」

だから、わたしのことを蹴り飛ばした時も、雨のイザナミが痛くないように地面に降ろしてくれたのです。

タナ子「イザナミは、悪くないです。だからマスター、きらわないで、ください」
俺「嫌わないよ。話してくれてありがとな、タナ子」

くしゃり。と、俺は泣きそうになっているタナ子の頭を撫でた。

1 リビングに行く
2 部屋の片付けをする
3 寝る

>>寝る

俺は寝る事にした。なんだか疲れた気がする。
自分の部屋に戻り、ベッドに身を投げた。外はまだ明るい。少し昼寝をするだけだと自分に言い聞かせ、瞳を閉じた。

俺「ここ、は?」

暗い。真っ暗だ。ふわふわと浮かんでいるような気持ち良さ。ああ、俺は夢を見ているのか。
どこからか水音がする。一つ雫が落ちて、暗闇に波紋が広がる。また一つ、雫が落ちて波紋が広がる。それは幾つも繰り返し、雨となった。

俺「イザナミ、さん?」

姿は見えないが、すぐ近くにイザナミさんがいるような気がした。俺の夢の中だ。どうせなら都合よく出てきてくれたりしないだろうか。

イザナミ「お呼びでございますか?」

透き通る声が暗闇に広がった。思わず名前を呼んで辺りを見渡す。目視できるのは、暗闇と広がる波紋。イザナミさんの姿は無い。
どこにいるんですか。縋るような、情けない声が出たけれど気にしていられない。なぜか心が焦る。どこからくるのかわからないが、不安が込み上げてくる。

イザナミ「大丈夫でございます。ワタクシは、俺様のお側に控えております」

でも、隣を見ても上を見ても下を見ても。
イザナミさんの姿は無い。

イザナミ「ワタクシは雨と共に在ります。恵みの雨となりて、お護り致しましょう」

雨が降り注ぐ。冷たいはずなのに、どこか温かかった。

俺「イザ――」

ガシャンッ!!
激しい音がして、俺は飛び起きた。一瞬辺りが暗かったので夢か現つかわからなくなったが、暗闇に慣れてきた瞳が時計を捉えて納得する。昼寝のつもりが、すっかり夜まで眠ってしまったらしい。
ドカッ!ダンッ!!

タナ子「マスター!ご無事ですかっ」

扉越しに、くぐもったタナ子の声が聞こえた。その後ろで、野太い声が呻いている。

俺「タナ子、もしかして!」
タナ子「はい。お昼の……行かせません!」

カキン!ドタッ。
お昼に俺を襲った奴等がいるのだろうか。激しい物音がすぐ近くと、少し遠い所から聞こえる。

ガチャリ。扉が開いてタナ子が部屋に入ってきた。扉の向こうにはタナ子より大きい大人の男が転がっていた。

タナ子「すみません、マスター。数が多くて、っ!」

パリィン!
タナ子がそう言うや否や、ベランダに通じる窓が割れて男が入ってきた。
すかさずタナ子が俺と男の間に入ろうとするが、間に合わない。男の手中にある銀色のナイフが、煌めく。

タナ子「いやぁ!マスターっ!!」
?「もう、大丈夫。よく、頑張りましたね」

トンッ。
不思議と、痛みは感じなかった。あるのは、僅かな重み。

?「……ッ」

目の前の塊から、吐息が漏れた。

?「ご無事で、何よりで、ございます」

雨の匂いが、広がる。

俺「イザ、ナミ……さん?」

ずるり。
俺にもたれかかるイザナミさんの白い装いが、深紅に染まる。
男は呻き声も上げず崩れ落ちた。手中にあるナイフは、真紅を纏い煌めいた。

イザナミ「ッ、フ」
俺「イザナミさんっ!今、手当てを」
イザナミ「必要、ございません。もう、間に合い、ません、から」
俺「そんな……俺は、まだ、イザナミさんにちゃんとお菓子を振る舞ってないですよ?死んじゃ駄目です!」

イザナミさんは何も答えず、ただ、困ったような、寂しそうな、微笑を浮かべた。
ドタドタドタ。
誰かが駆けてくる音がする。見ると、カーチャンが息を切らして立っていた。タナ子が呼んできたのだろう。

美琴「イザナミ!あなた、力を応用しすぎたわねっ?」

イザナミさんが、柔らかく微笑う。
ごめんなさい。と言うかのように、覗き込んでいるカーチャンの頬を撫でた。イザナミさんのその仕草に、カーチャンが顔をくしゃりと歪める。

タナ子「イザナミ?わたし、お名前ができました。マスターがくださいました。だから、まだまだ教わることが、いっぱい、いっぱい、あります」
イザナミ「良い事でこざいます。でも、タナ子」

ぼろぼろ。
我慢していたのだろう。大粒の涙がタナ子の瞳から零れ落ちた。

イザナミ「貴方はもう立派。あの日の夜も、よくワタクシより先に俺様を護りましたね」
タナ子「っ!やっぱり、イザナミは」

その後は嗚咽が混じり言葉が聞き取れないが、イザナミさんはわかるのかタナ子に頷いて、頭を撫でた。

俺「イザナミさん。まだ、貴方は必要なんです」
イザナミ「俺様……。ワタクシは、お護りできただけで、本望でございますから。だからどうか」

コトリ。綺麗に微笑ったイザナミさんは、糸の切れた人形のように動かなくなった。
ぽとり。室内だと言うのに、雨が降る。
雨が降る。
雨が降る。
一緒に雨宿りをする貴方は、もう。
いない。

Izanami END
―ED4 雨宿る力すら、無く―




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