6週目/最初から/BAD ED 16


〜二冊目〜

?「けほっ、ぅ……」

俺の目覚めを促したのは目覚まし時計の無機質な音ではなく、誰かが咳き込む音だった。

俺(……なんだ?)
?「こほっ、こほ、っ」

辛そうな咳の音と喉から鳴るひゅうひゅうと言う音が部屋に響いている。
眠たさからゆっくりと瞳を開けると、ぼんやりと映るタナ子の姿。布団の膨らみが動くと共に聞こえる咳の音。理解するのにそう時間はかからなかった。

俺「タナ子っ!?」
タナ子「は……い、っ」

ベットから降りてタナ子の布団へと近付くと、頬が赤に近い桃色に染まっている。
ぴたり。と手をタナ子の額にあてると想像以上に熱い。俺の手が冷えていて気持ち良いのか、タナ子の表情が少し軟らいだ。

タナ子「は、ぅ……」

しかし、だからと言って何の解決にもならない。俺の手では解熱剤にもなりはしない。
どうするか。そう考えていると部屋の扉が開いた。

優都「おっはよーぅ、う?」

バタァン。と開け放たれた扉の先には優都が立っていた。素早く雰囲気がおかしい事を感じ取った優都はタナ子に近寄る。

優都「たぁちゃんお熱みたいなぁ?」

タナ子をじっ。と観察しながら優都が呟く。

俺「……っ」

1 俺のせいだ!
2 タナ子、大丈夫か?
3 何か欲しいものがあれば取ってくるぞ?

>>俺のせいだ!

俺「タナ子が風邪を引いたのは俺のせいだ!」
優都「ちょっと、俺きゅんっ?」

だってそうだろう?
タナ子がプールに落ちる前にその手を掴む事ができなかったのは俺だ。
イルカの握手会に行こうと決めたのも俺だ。
そもそも俺が、水族館に行こうなどと言わなければ。

優都「いい加減にしな」

パァン。そこまで捲くし立てた所で俺の頬に痛みが走る。
キッ。と優都が俺を睨んでいた。左手は中途半端な位置に上がっている。
ジンジンとする痛みと熱くなる頬。
優都が俺を叩いたのだ。

優都「たぁちゃんの為に俺きゅんが考えてしたことでしょう?それを否定しちゃ駄目」
俺「優、都……」
優都「それって、昨日たぁちゃんが嬉しいって思った事も無くしちゃうんだよ」

タナ子を見ると、困ったような、嬉しそうな、ない交ぜになった顔をしていた。

優都「だからぁ、ユウはそぉんなことよりもたぁちゃんを楽にさせてあげたい、みたいなぁ?」
俺「ごめん……そうだよな」

優都が微かに笑う。自分を責めて自己嫌悪に陥るのは簡単な事だ。
でも、俺はそれで一時的に逃げて何になる?

優都「たぁちゃん、冷たぁいの取ってくるわねん。ほぉら、俺きゅんも行くよ」
俺「あっ、ああ。……タナ子、ちょっと待っててな」

こくん。頷いたタナ子は苦しいはずなのに笑っている様に見えた。

優都「……ごめん」

ヒヤリ。俺の頬に冷たさが走る。
優都は冷凍庫を開けると、まず俺の頬に保冷剤をあてがった。

俺「いや、ありがとな。優都」

自分で保冷剤を押さえると、優都の手が離れた。その手はタナ子の為に準備をする。

優都「たぁちゃん、昨日ユウに嬉しそうにお話してくれたのよん?俺きゅんとのこと。それに、夜中に起きだしてどうしたのかと思ったら」

イルカのぬいぐるみあげたんだって?
優都が穏やかに笑う。

俺「……うん。まぁ」
優都「すぅっごい嬉しそうに話してくれたよ?……もしかしたら、ユウにも原因があるのかも。夜中、寒かったから」

そう言うと優都は少し目を伏せた。

1 ありがとな、優都
2 それ、持っていくよ
3 ぺちん

>>ありがとな、優都

しんみり。とした空気を掻き消すかの様に優都が笑う。

優都「ん。さっ、早くたぁちゃんの所に持っていこうっ」

カチャ。俺の部屋に戻るとタナ子の呼吸音が聞こえた。
顔を覗き込むと、瞳は閉じられている。表情はまだ辛そうだが、先程よりは落ち着いているような気がした。

俺「……ちょっとごめんな」

タナ子の頭を持ち上げてアイス枕を敷き、そっと降ろす。
額にも冷たいシートを貼る。と、タナ子の睫毛がふるりと震えた。

タナ子「んゅ……」

こんこん。タナ子が咳き込む。

優都「たぁちゃん……」
俺「早く良くなれ」

きゅ。とタナ子の小さな手を俺と優都は握った。

俺「…………」

部屋にオレンジ色の光が射し込む。それは暫らくすると夜の色へと変化を遂げた。
優都は仕事に行った為、部屋には俺とタナ子の二人だけ。朝と比べるとタナ子の顔色も落ち着いてきている。

1 ちょっと待っててな
2 おっ?
3 ……いや、駄目だろ

>>おっ?

一度リビングに行こうかと思ったのだが、いつの間にかタナ子は俺の服の端をしっかりと握っていた。
その手を離させることは簡単にできるが、俺はもう少しタナ子の傍に居ることにした。しん。と静寂が部屋を包む。
聞こえるのはタナ子の落ち着いた呼吸音。
ひたり。と起こさないように手を額に這わせる。幾分熱が下がったような気がする。

俺「……また、遊びに行こうな」

行かなきゃ良かった。なんて事が二度と無いように、しっかりとタナ子を見守りながら色々な所に行きたいな、と思った。

俺「うん。大丈夫そうだな」

今日は一日タナ子の看病に時間を使ってしまったな。

1 おやすみ、タナ子?
2 たっだいまぁー
3 ドンガラガッシャーン!
4 メールだな?

>>おやすみ、タナ子?

タナ子「んゅ……」

もぞっ。タナ子が身動ぎ。
ぱちり。瞳を開いた。

俺「タナ子……?」

まだ寝惚けているのか、それとも疲労からか、ぼぅ、としている。タナ子を見ていると、唇が小さく動いている。が、何か音として発してはいないようだ。

俺「どうした?」

ぱちり。タナ子が瞬く。
もぞっ。寝返りを打つ。

タナ子「俺にい……?」
俺「ああ」

見つめてくるタナ子はいつものタナ子だ。だが、先程の様子はなんだか異質な気がして、俺の背筋に冷たいものが走る。でも、俺はあの時と同じで聞く勇気が無かった。

タナ子「俺にい、ずっといてくれたですか?」

離れようとした事もあったが、タナ子が離れてほしくなさそうにしていたからな。俺はタナ子の頭を撫でながら笑う。

俺「ああ。もう辛くないか?」
タナ子「朝より、ずっと良いです」
俺「そうか」

ぐきゅう。ぐきゅるる。きゅる。

タナ子「はうっ!」

ぼんっ!タナ子の顔が真っ赤になる。

俺「ははっ。そろそろ何か食べるか?」
タナ子「……はい」

恥ずかしさからか布団の中に潜り込んだタナ子は、小さな声でそう言った。
俺は小さく笑いながら部屋を出る。リビングに向かい、タナ子のご飯と俺のご飯を用意する。思えば、俺もタナ子に付きっきりで食べていなかったからな。

俺「タナ子には……」

消化が良いものがいいな。

1 梅干しのおかゆ
2 たまごのおかゆ
3 なんだ、これ?

>>なんだ、これ?

カーチャンが作ってくれたおかゆの隣に子鍋が一つ。
かぱり。と蓋を開けてみると、うどんが入っていた。
一体誰が。そう思った時、床にメモ書きが落ちているのを発見した。

俺「ユウの愛情たぁっぷりうどん。たぁちゃん専用」

どうやら優都がタナ子の為に作ったみたいだ。折角だしこれを持っていこう。

俺「タナ子ー。食べれるか?」

部屋に入り電気を点ける。
もぞもぞ。タナ子は上半身だけ起き上がると俺を見た。
ほわん。と笑うタナ子。

タナ子「おいしいにおいですー」
俺「ご飯持ってきたぞ。優都が作ってくれたんだと」

お椀によそったうどんをタナ子に手渡す。

タナ子「ユウおねーちゃんが……」

タナ子は感動しているのか、じっ。と止まって黙っている。良かったな、優都。
しかしいつまでもそうしていると折角温めたのに冷たくなってしまう。

俺「お腹すいてるだろう?早く食べちゃえよ」
タナ子「はっ、はい」

もくもく。世程お腹が空いていたのか、タナ子はあっという間にうどんを平らげた。

タナ子「あの……俺にい?」
俺「どうした?」
タナ子「その、あの、また水族館に、行きたいです」

こんな事があったばかりだが……。

1 いいよ。また行こうな
2 水族館は、止めよう。な?

>>いいよ。また行こうな

タナ子「約束、ですよ」
俺「ああ」

そう言うとタナ子はにっこりと笑った。
俺は食べ終えた食器を片付ける為に台所へと向かう。
カシャン。

俺「やべっ」

らしくもなく食器を落としてしまった。硝子の破片が辺りに散らばる。
カーチャンじゃあるまいし、まったく何をやっているんだ、俺は。
食器だったものを片付けながら溜め息を吐く。

俺「なんか変な感じだな……」

タナ子の看病で疲れたのかもしれないな。
今日は早めに休もう。
俺はそう心に決めて後片付けをした。

〜二冊目終了〜


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