ブレイクさんとちびギルバート君




粉雪がちらつき、まだまだ寒さの残る冬の日。ブレイクは公園へ向かって歩を進めていた。いつものベンチに腰掛け、自分を待っているだろう彼に会うために。出会ってまだ日の浅い幼い彼はまだ純粋無垢な少年で、その純粋さ故に揶揄い甲斐もある。近ごろでは、すっかりギルバートと戯れることが小さな楽しみとなっていた。


「だーれダッ!」

「ひゃっ!??」


見つけた黒い背中に、むくむくと顔を出した悪戯心。足を忍ばせ背後に回り、己の両手で彼の視界を覆った。面白いぐらい揺れたギルバートの身体に喉の奥でクツクツと笑う。一拍置いて状況を把握した少年が非難の声を上げた。


「ブレイクさんっ??何してんですか!!」

「あっハッハッ!何って、ギルバート君と仲良くなるための儀式ですヨー」

「はいぃっ??」


彼の焦った顔や怒った顔が可愛くて。自分に向けられる嘘のない感情が心地よかった。眉を吊り上げて抗議していた彼を見物していると、ふとこちらに視線が送られ思案顔になる。どうしたのかと思っているといきなり手首を掴まれた。


「冷たいですね」

「ワタシですカ?」


まあ、確かに己は熱血漢とか言われる類の人間ではないと思う。どちらかというと無情なイメージを持たれることのが多いかもしれない。ただ、彼がその姿を知っているとは思わなかった。ギルバートに対しては茶化すことはあれど、それなりに優しくしていたつもりだったのだが。そんなに冷徹人間に見えましたカ。そう問うたら、反して彼は笑って答えた。


「違いますよ。ブレイクさんの手、です」

「手?」


手首に触れていた彼の手に、ふわりと包まれた掌。ああ、やっぱり長いこと待たせてしまったらしい。ギルバートの手だって冷たい。せめて摩擦熱で温まらないだろうかと擦り合わせるようにしてやると、彼は楽しそうに声を立てて笑う。何だろうか。


「手が冷たい人は心があったかいんですって」

「ハア…」

「今日の昼間、ヴィンスが教えてくれたんです」

「…それが、どうかしましたカ?」


彼の言わんとすることがよくわからず、ブレイクは首を傾げる。楽しそうに柔らかく微笑む目の前の少年は、まわりにちらつく雪と相まって何だか幻想的だな。いくら自分が彼の思いを考えても思い付きそうもなく、仕方がないのでどうでも良いことを考えていた。


「本当だったんだなぁ、と思って」

「ハ?」

「心のあたたかい人の手は、本当に冷たいんだなって思ったら、ついおかしくって笑ってしまいました」


なおも楽しそうに笑う彼が不意にブレイクの手を包んだまま、口元にその手を運んだ。それに驚き、動けないでいたブレイクに気付かずギルバートは はぁ、と息を吐いた。白い水蒸気へと姿を変えた彼の息はあたたかく、じんわりとブレイクの指先を温める。


「でも、あまりにも冷たくてかわいそうなので、ボクが温めてあげますね」


じわじわと、指先に熱が集まるのを感じた。いや、指先どころではなく身体の奥底から、全身を這うような熱だ。恥ずかしい。そう、これは羞恥からくる熱だった。この歳にもなって、こんな一回り以上も幼い子供の行動に照れを感じるなんて。ブレイクは自分の未だ若い感情に愕然とした。


「ブレイクさん?どうかしました…?」

「イエ、何でもないデスヨ…さあナイトレイの近況報告を始めて下サイ……」


気付かれたくなくて、何時も以上に彼を本題へと急かした。自分が今更こんな感情を抱くなんて思いもよらなかった。こんな、何も知らないような綺麗な子供相手に。気付かれてはならないだろう。清らかな彼が、知る必要なんてないのだから。

それにしても、早くこの手を離してくれないものか。ギルバートに掴まれ、最早ジンジンと熱くなってしまった己の手のひら。ああ、早く解放してくれないと隠せないではないか。すっかり染まってしまったであろう自分の頬を。



初雪



「オヤ、ギルバート君」

「なっ…なんだよ」

「鼻の頭が真っ赤っかですヨ」


寒い冬の朝。パンドラからの指示でギルバートとふたり、調査対象のいる街へ来ていた。石畳へと淡くおりてくる粉雪を見ると、ブレイクは決まってあの日のことを思い出す。ああ、また今年もこの季節がやってきたのか と、じんわりあたたかさと切なさが胸の奥に広がるのを感じた。彼はまだ、ブレイクの隣にいる。


「五月蝿い!お前だって赤い…うわっ」

「ああやっぱり!冷たいデス」

「ひゃにすんら!はなへ!」


ついと背伸びをし、赤く色づいた鼻を軽く摘む。あの小さく頼りなかった彼はどこへ行ってしまったのか。月日と共に成長していく彼に少しの寂しさを覚えた。


「おっと!オヤオヤ、鼻だけじゃなくてこちらも冷たいネ」

「はっ離せ!」


ギルバートが抗議するように振り上げられた腕。それを易々と捕まえた。掴んだ手首はとても冷たくて、まるであの日のようではないか。ふと、彼の言った言葉が脳裏に浮かんだ。


「ねぇギルバート君、知ってマシタ?」

「あ?」

「手の冷たい人って、心はあたたかいんデスって」


ぴくり。指先から、彼の小さな動揺が伝わった。ひょっとしたらあの雪の日のことを彼も覚えているのかもしれない。ゆらゆらと揺れる月色の瞳が可笑しかった。ブレイクはそんな彼に気付かないふりをして、言葉を続ける。


「きっと、ギルバート君の心はあたたかいんでしょうネ」

「ブレ…」

「でも、」


はぁ、と息を吐いた。ブレイクの吐息は白い水蒸気となり、空気中へ広がりながら消えていく。びくりと震え、咄嗟に逃げようとした真白い手のひらを捕まえた。じんわりと氷のようだった指先に熱が灯る。


「あんまりにも冷たいと可哀想ですもんネ。特別にワタシが温めて差し上げマス」

「ッ!!」


熱を持ち始めた爪先にキスをひとつ落としてやる。ちらりと彼を盗み見ると、思った通り真っ赤な顔をしていた。ブレイクはそんなギルバートが愛おしく思え、小さく空気を震わせる。笑われたと気付いた彼が慌ててブレイクの手を払った。


「どうしましタ?ほっぺが真っ赤っかですケド」

「〜ッ!!何でもない!早く目的地に行くぞ!!」

「ハイハイ、相変わらず怒りんぼサンなんですカラ」


背を向けて歩き始めてしまった短気な彼。その背中を眺めつつ、ブレイクは紅い眼を細めた。身体だけは逞しく育ったが、ブレイクにとってギルバートは何時まで経っても純粋無垢で、危なっかしい子供だった。雪のように儚くてその手をいくら血で汚しても綺麗なままの彼。そんな彼に、あの日から何時まで経っても囚われたままの滑稽な自分――


「ギルバート君はホンットに揶揄い甲斐がありますネェ〜」

「うるせえッ!」


先程離れてしまった手が勿体無くて、ブレイクは再び彼の指先に自分のそれをそっと絡めた。今度は振り払われることはない。逆に、こちらが少し力を込めて握ると小さく握り返される。何処までも子供のような彼に、胸の辺りがじわり、あたたかくなるのを感じた。


END


2011/10/28 沫金
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