「お前なんかきらいだ」 ぷいと背中を向けた。ブレイクがギルバートを揶揄って怒らせるのは日常茶飯事。だが、今日は些か間が悪かったらしい。ギルバートが言葉を発した後、互いに口を閉ざしてしまう。居心地の悪い沈黙が二人の間に横たわった。 「…スミマセンデシタ。今回はワタシが悪かったですネ。本当にごめんなさい」 静かにそう言って、ブレイクは部屋を出て行ってしまった。背中でその気配を感じていたギルバートは振り返りそうになるのを咄嗟に抑え込み、下唇を噛んで突っ立っていた。このままじゃあ、今までみたいに彼と過ごせなくなる…頭ではそうやって焦るのに、追いかけたくても彼に対する苛立ちが邪魔をして身体が上手に動かない。だって自分は悪くない。オレを揶揄って楽しんでるのはいつだってお前じゃないか。なんだか段々とブレイクへの不満が思い出されてムカムカとしてきた。 やっぱり、オレが追っかけていくのはおかしい。仲直りしたければ向こうから謝ってくればいいじゃないか。むくむくと反抗的な気持ちが芽生え、ギルバートは不貞寝するようにベッドに潜り込んだ。 ** 「何ですのブレイク、先程から…」 一方のブレイクは自分の主であるシャロンの部屋で不貞腐れていた。紅茶のカップに砂糖を放ってはカチャカチャとスプーンを鳴らしている。珍しい子供じみた使用人の拗ね方に、彼女は苦笑気味に微笑みかけた。 「どなたかと喧嘩でもなさったのですか?」 「喧嘩と言いますか…まあ、ワタシがいけなかったんですよネーわかっちゃあいるんですガ…」 「あらまあ、弱気なブレイクなんて珍しいですわねぇ」 色とりどりの焼き菓子が並ぶテーブルの上に顎を乗せて溜め息を吐くブレイク。今日の彼はまだ、ひとつのケーキにも手をつけていない。よほど落ち込んでいるようだ。 「きちんと謝れば、きっと相手の方も許してくださると思いますよ?」 「そうですかネェ…」 尚もぐずぐず思い悩んでいるブレイクの頭に手を触れ、優しく撫でてやる。彼の銀髪に指を差し入れると、サラサラと零れ落ちる様がとても綺麗だ。 「時間が経つと謝りにくくなってしまいますよ」 「そうですよネ…」 カタリ。立ち上がったブレイクにシャロンは笑みを浮かべた。彼に伸ばしていた手を己の口元に当てる。気まずそうに此方に向けられた視線とぱちりと合った。 「あら、どちらかへ向かわれるのですか?」 「あー…少々用事を思い出しまして」 「ふふ、いってらっしゃいませ。頑張ってくださいね」 彼女には全て見透かされている。母親のような笑顔で送り出され、なにやら気恥ずかしさを感じ頬を掻いた。よくよく考えると、喧嘩をしていじけているなんてどこの子供だろうか。妹のようなシャロンに励まされ背中を押されなければ動けないとは、ワタシ情けなさすぎですねぇ。 「…ありがとうございます、シャロンお嬢様」 扉を閉じる瞬間に小さく聞こえた感謝の言葉。素直な彼の気持ちが嬉しくて少しくすぐったい。シャロンは彼が出ていってしまった後、ひとしきりクスクスと笑った。 「あんな風にザクス兄さんに想ってもらえるなんて少し羨ましいですわね、ギルバートさん」 彼女はそうひとりごちて、綺麗に残されたケーキを口に運んだ。 ** お嬢様にああ言ってもらい、部屋を出たは良いがいざとなると足取りは重くなる。ギルバート君は元々気の長い方ではない為、あれが頭に血が昇っての事だった、というのは重々承知の上だ。だが、ひどい話あまり自分から謝った経験が無くこんな時どう対処して良いのかわからない、というのが本音だったりする。つくづく情けないと思う。 「ハァ…どうしたものカ」 いつの間にかギルバートの部屋の前に辿り着いていた。ここまで来たら腹を括ろう。そう決めて深呼吸をした。ノックをしようと軽く手首に反動をつけ、ドアが鳴る…筈だったのに音が立つ寸前、扉が開き振りかざした手が空を叩いた。 「は…?」 「うわっ!?」 顔を出したのは当然部屋の主であるギルバートだった。酷く驚いた表情を晒しぽかんとブレイクを見つめている。先に我に返ったブレイクが一歩下がってから口を開いた。 「あー…どこか行くところでしたカ」 「あっいやッ!別に大した用じゃ…」 「イエ、ワタシこそ大した事じゃないんで、忙しいのならば後ででも…」 「…とにかく中に入るか?」 ギルバートに促され、ブレイクはおずおずと室内に足を踏み入れた。先刻の気まずさから互いに視線を合わせることなく余所余所しい態度を取ってしまう。部屋に通されたが、備え付けのソファに座ることなく入口付近に突っ立っていた。 「ぎ、ギルバートく…」 「ブレイク、その…さっきはすまなかった!!あの時は妙に苛ついてて…本気で嫌いになったワケじゃ、」 真っ赤な顔で、先に謝ったのはギルバートだった。語尾が段々と小さくなって最後の方はぼそぼそと聞き取れなかったが、彼にしてみれば精いっぱいの謝罪だ。その姿がなんともいじらしく、ブレイクは身体から変に入っていた力が抜けるのを感じた。柄にもなく緊張していた自分に苦笑を漏らす。眦に涙を溜めて俯いてしまったギルバートを、腕を伸ばし優しく抱き締めた。 「先、越されてしまいましたネ。ワタシも、本当にごめんなさい。君の反応が可愛くてついやり過ぎてしまいました」 ぎゅっと背中に回ったギルバートの手が、ブレイクのシャツに皺を作った。幼子のように縋る彼が愛しくてしょうがない。思わず彼の唇に自分のそれを重ねた。そっと離れて彼を窺うと、へにゃりと眉を下げ情けなく笑うギルバートがいた。とくりと胸が熱くなる。 「好きですヨ、ギルバート君」 「なっなんだよいきなり…」 「言いたくなったんデス」 またすぐにつり上がってしまった彼の眉に、ブレイクは少し寂しく思う。余計な事は言わない方が良かったか。でも、どうしようもなく言いたくなったのだ。 「ダメでしたか?」 「ダメじゃ、ない、けど…」 とさりと軽い衝撃。照れたギルバートがブレイクの首筋に顔を埋めてしまった。くぐもった文句が聞こえてくるが、身体から伝わるその振動さえも心地良い。 「オレだって、きらい、なんてウソだからな」 「はい」 「こんなにも…」 after a rain こんなにも、お前がすきなんだから。熟れた頬を拗ねたように膨らませてそう言った彼が、堪らなく愛おしい。この気持ちを知って欲しくて彼を抱く腕に力を籠める。そんなブレイクに、ギルバートが苦しいと苦笑しながら非難の声を上げた。 END 雨降って地固まる。個人的にシャロンちゃんとのくだりが楽しかったです。 2011/3/25 沫金 |