「おい、オズ!何か落としたぞ!!」 レインズワース邸内にある書庫からの帰り道。数冊の本を抱え前をいく少年の足下にひらりと何かが舞ったのを見て、少女が彼を呼び止めた。 「ん?ああ、四つ葉のクローバーだね。押し花にでもしてたのかな」 「よつばのくろーばー?何だソレは。食べれるのか?」 「あはは。うーん、どうだろうねぇ…」 「何でそんな草なんぞ持つんだ?」 少女の相変わらずな言葉に少年は苦笑を漏らした。彼の持つクローバーを覗き込み、今にもパクリとやってしまいそうな彼女に少年は説明をしてやる。 「…だから、コレを持っていると幸せを運んでくれるんだよ」 「ほう。食えんなら意味ないな。さっさと帰ってメシにするぞ。私は肉が食べたい」 「あの〜アリスさん、俺の話聞いてました…?」 もう興味はないとばかりにスタスタと歩き始めてしまった少女を、うわぁっ待ってよアリスー!!と慌てて追いかける少年だった。 ** 「そう言えばアイツはどこ行ったんだ?」 「え?アイツって…アリスのこと?」 レインズワース邸、ギルバートに充てられた客間で従者にちょっかいをかけていた主――オズは首を傾げた。言われてみれば今日は朝食以降見かけていない。へらりと笑ってギルバートにそう返すと、彼は眉間に皺を作った。 「何かしでかしていないと良いんだがな」 「そんな言い方して…ホントはアリスが心配なだけだろー?よっお母さん!」 「はぁっ??っなワケないだろう!!オレがあのバカウサギを心配するなんて!!だいたい、」 「もーギルったら素直じゃないんだから」 万年筆を滑らせていた手を止めてオズに抗議し始めたギルバートの姿をニヤニヤ見つめていると、後ろの扉が突然バーンッ!!と開いた。驚いたふたりは同時に音のした方を振り返る。 「見てみろ!オズッ!!」 「アリス!」 振り向いた先に仁王立ちしていたのはアリスだった。なにやら外へ出掛けていたらしく、服の裾やら頭やらに土や草の葉がくっついている。 「オイコラ、バカウサギッ!!そんな汚い格好でうろつくな!ちゃんと外で払ってから、」 「むっ?ウルサいぞワカメ!私はコイツに用があるんだ」 強張っていた身体を解し微笑んだオズの所へ、得意顔をして走ってくるアリス。ギルバートの注意を軽く流し、ずいっとオズの眼前に右手を突き出した。 「下僕のお前にコレをやるぞ!!特別だからなっ!」 「四つ葉のクローバー?わあっ俺にくれるの??」 「ああそうだっ!有り難く受け取るんだな!!」 彼女の泥だらけの手に握られていたのは1枚の四つ葉のクローバーだった。頭に乗った葉っぱを取ってやると、アリスの満面の笑みが覗く。その無邪気な表情につられてオズもニコリと笑った。 「ありがと、アリス。見つけるの大変だったでしょ?」 「べっ別に庭で探していたとかではなく、たまたま目に入っただけでだな!」 オズのお礼に照れてそっぽを向いてしまったアリス。ウロウロと視線を漂わせ、思い出したようにくるりとギルバートに向き直った。眉を吊り上げて彼女の服の汚れを払っていた黒髪の彼が突然のことに小さく肩を揺らす。 「なっなんだよ」 「ワカメ、お前にもくれてやろう。いつも不景気面で溜息ばかり吐いているからな!そんなんでは幸せが逃げるぞ?」 ニヤリと笑ってギルバートの前に突き出されたアリスの左手。その手には、やはり四つ葉のクローバーが握られていた。 「わっ悪かったな不景気面で!余計なお世、」 「ギル、アリスがせっかくくれたのにお礼は?」 「そうだ!このアリス様を敬うがいい!」 「はあっ??何で頼んでもいないのにオレがコイツなんかに、」 「ギール?」 「う゛っ…!」 幼い頃、本能に叩き込まれた危険察知能力が警鐘を鳴らしている。オズのこの笑顔はマズい。逆らえば確実にジ・エンド、だ。ギルバートはぐっと唇を噛み締めアリスから目線を逸らし、渋々と口を開いた。 「…あ、ありがとう」 「うむ、礼なら肉で良いぞ!」 「コノッ…!」 「まあまあ、ギル落ち着きなよ。ほーら…よしよし!」 「…オズ、何だその手は」 カッとなって手を上げかけた従者の癖毛頭を、背伸びをしていきなりかき回し始めたオズ。主の謎の行動に思わず動きを止め怪訝な視線を送った。アリスもぽかんと少年を見上げている。 「え?何って、ギルがきちんとお礼が言えたご褒美だよ。良く出来た従者を褒めるのも主人の仕事だろ?」 「お、おず…!」 「だったら私もやりたいぞ!オズ、頭を出せ!下僕に褒美をやろう!!」 「ホントに?わぁい♪」 オズの爽やか笑顔にうっかりときめいたギルバートだったが、元々気の長い方ではない彼。自分の頭を撫でくり回しながらきゃっきゃとやり始めたオズとアリスにイライラを募らせ、とうとう彼の限界点へ達した。拳を震わせ、一喝。 「だぁぁぁっ!お前ら仕事の邪魔だぁ!!余所でやれぇっ!!」 「わっギルが怒った!あはは!アリス、逃げよう!」 「私に指図するなっワカメ!!」 しあわせはっぱ 嵐が去っていったように静かになった室内。ギルバートは手のひらに乗ったモノを見つめ、溜息を吐いた。 「ったく、オズもバカウサギも…オレの溜息の原因、半分はお前らじゃないか」 楽しそうに笑い声をあげながら部屋を飛び出していった主人を思い出し、ギルバートはふっと小さく空気を震わせた。 「さて、と。仕事再開するか」 四つ葉のクローバーをそっと机の上に置き、ギルバートは愛用の万年筆を手に取った。 END 着地点が迷子になりました。ギルがなかなか笑ってくれません。因みに彼の溜息のもう半分は白い彼のせいです(笑) 2011/3/21 沫金 |