ジャックと子ヴィンス/100年前




(どうしよう…)

緩やかな日差しの降る昼下がり、ヴィンセントはベザリウス邸の庭隅で困り果ててしまった。

(ギル、ギル…)

彼が今座っているのは、庭の中でひときわ高い木の上。きっかけは小さな子猫だった。


「ミィ〜…」

「あっおまえいつの間におりてたの!」


大好きな兄のために。ギルのキライな猫を捕まえて外に出そうと追いかけ、この大木に登ったはいいが降りられなくなってしまったのだ。いつも自分を助けてくれる兄も今日は近くにいない。ヴィンセントは途方に暮れてしまった。


「…ミャア…ニィ〜」

「…泣きたいのはこっちだよ」


こうなってしまった原因(子猫)は、親とはぐれたのか心細そうに鳴いている。その鳴き声と今の自分の状況とが重なって、だんだんと目頭が熱くなり視界が滲んできた。


「オヤオヤ、子猫が鳴いていると思ったら」


ガサリと大きく草むらが揺れ、驚いてそちらを向いた。目に飛び込んできたのはキラキラと陽に透かされて光る金髪。その、目が眩むような黄金の持ち主は自分達兄弟の主だった。


「どうやら子猫よりもっと可愛い、私の従者を見つけてしまったようだね」

「ジャック…」


お日様のような微笑みをたたえた青年、ジャックは木の上の少年に笑いかけた。ヴィンセントは決まりが悪そうに目線を泳がせる。いちばん見られたくない人に見つかってしまった。


「やぁヴィンセント、木登りかい?楽しそうだね!」

「べつに、好きで登ったんじゃ…」


ヴィンセントが木に登り、そして降りられなくなった経緯をぼそぼそと告げると、ジャックはまた明るく笑った。


「ギルバートの為、か。ヴィンセントは兄思いの良い子だね!」

「っ!」


彼の言葉に頬を染めたヴィンセントをよそに、ジャックは暢気に腕を組み顎に手を当てて思案顔だ。


「さて、でも困ったねぇどうやって木から降りようか…」


木の真下まで歩み寄って幹を叩いたり枝を揺すったりするジャックの姿に、幼い彼は不安を増長させる。まなじりに新たな涙が浮かんだ。ずーっと降りられなかったらどうしよう。ギルに会えなくなっちゃうの…?


「ああ!泣かないで可愛いヴィンセント!大丈夫、私が絶対降ろしてあげるからね!!」

「ジャック、」
「よし!こうしようじゃないか、ヴィンセント。私の元へ飛び込んでおいで!」

「はぁっ!?」


満面の笑みで大きく腕を広げた青年に、ヴィンセントは口をあんぐりと開けた。だって、ここからジャンプするの?結構な高さなのに!自分だけじゃない、ジャックだって絶対に危ないじゃないか。


「僕、そんなことできないよ…」

「大丈夫、私がちゃんと受け止めるから。怖くないよ」

「ジャック、ケガしちゃう」

「私は平気だから、ね?」


これだからジャックにはかなわない。彼に笑顔で言われたら、そうせざるを得なくなってしまうんだ。ヴィンセントはぐっと顎を引いてジャックを見つめる。


「えいっ」

「おおっと!」


足に力を入れ、思い切って幹から飛び降りた。ふわりとした浮遊感が怖くてぎゅっと瞳を閉ざしていると、頭上で空気が震える音が聞こえた。恐る恐る瞼を上げ、キラキラと輝く翡翠色と目が合う。


「〜ッ!!もうっジャック!笑ってる!!」

「ふふっ、あはは!ごめんごめん!あまりにもヴィンセントが可愛くてね」


瞼と一緒に、手にも力が入っていたらしい。知らぬ間にジャックの上着を握りしめて皺を作っていた。その行動が小さな子供のようで何だか恥ずかしい。ヴィンセントはぐりぐりと主人の胸元に額を押し付けた。そんな従者の姿が微笑ましく、ジャックは更に破顔するのだった。



ないしょのはなし



「ねえっジャック、」

「ん?どうしたんだい?」


屋敷に戻る道上、ジャックに抱かれたままのヴィンセントがおずおずと彼に話し掛けた。


「このこと、ギルには言わないでね」

「えーどうしようかなあ」

「やだやだ!内緒にしてて!!」

「ふふ、わかったよ。私達ふたりだけの秘密だ」

「絶対にぜったいだからね!」


約束、というようにヴィンセントの小さな額に自分のそれをこつりとやり、ジャックは笑った。その笑顔につられるようにヴィンセントもくすぐったそうに笑ったのだった。


END



自己満笑顔企画第1弾です。ギルの猫嫌いは果たしていつからなんだろうか。
2011/3/17 沫金
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