大学生パロ





「……じゃあ、ここまでにしよう。今日の合奏終わりにします」


学生指揮者の言葉と共に俄に騒がしくなった室内。ガタガタという譜面台の音や楽器を片付ける際のケースの音、隣の人間と演奏のチェックをする奴の話し声、自主練を始めた奴の音色…とにかく様々な音が好き勝手溢れ出すこの空間が、静雄は嫌いじゃなかった。自分に向けられる騒がしいお喋りは苛々するし騒音でしかないが、ここに溢れかえる音達は静雄のことなんかお構いなしに流れ、耳を掠めていく。心地良い雑音に耳を傾けながら、弓を緩め、静雄は小さく溜め息を吐いた。どうやら自主練は出来そうもないな。音に溢れる教室は確かに嫌いではないが、練習するには些か向いていない。先程の合奏で指摘された箇所をさらおうかと思っていたが、それは止めにして今日の所は帰ろう。


「静雄、帰るのか?」

「おー。じゃあお先」


丁度ケースを背負って帰ろうとした時に同じ低音パートの門田に声を掛けられ、右手を上げて応える。気をつけて帰れよ、なんて言葉を受けながら背を向けると心地良い重低音が聴こえてきた。いつ聴いてもアイツのコントラバスは気分が良いな。そんなことを思いつつ、静雄は上機嫌で練習室を後にした。


**


(外はやっぱり暑ぃな)

空調の効いた建物から一歩踏み出すと、生温い風が頬を撫で不快感を煽られた。陽が落ちたからと言っても空気や風が冷えることはない。静雄は、せっかく上がっていた気持ちが降下していくのが分かった。ったく、うぜえな。しかしながらここで立ち尽くしていても何の意味もない。仕方無く足を進めながら別のことに意識を向ける。苛々している時、音楽のことを考えると自然と荒んでいる気分が凪いでいく、という事実に静雄は最近気が付いた。

今日の合奏も楽しかったな。あー…でもあそこの指は速くてなかなかついていけなかった…要練習箇所だな。弓順がずれちまうのもなんとかしねえと…そーいや今晩何食うかなーマックかロッテリア…コンビニ弁当でもいいか…あ、ユニゾンの部分は練習の成果が出てぴったり音がはまったんだっけか。あれは嬉しかっ…


「シーズちゃんっ♪なぁに?考え事?」

「わっ…なんだ臨也かよ」


ぼんやりと嵌っていた思考から急に現実に戻され、静雄は眉間に皺を寄せ声の方へ振り返った。見下ろす先には予想通りの黒い男が立っている。相変わらずの嫌みな笑顔に不快指数が上がった。思わず舌打ちをすれば目の前の男の形の良い眉も顰められる。眉目秀麗の美男子様はそんな表情も絵になられるんですね、ケッ。静雄は心中で僻みのような悪態をひとつ吐き、臨也を無視して歩き出そうとした。唯でさえ暑さで機嫌が悪いのに、更にコイツの相手なんてしたくない。そんな静雄の気持ちを知ってか知らずか臨也は彼の腕を掴み口を尖らせ文句を言い始めた。


「ちょっとちょっとシズちゃん!」

「んだよ」

「いっしょに帰ろーよ!」

「うぜえ、離れろ暑い」

「せっかくシズちゃん終わるまで待ってたのに!」

「……は?」


静雄はぴたりと足を止めた。きょとりとこちらを見上げる真っ赤の瞳を見つめ返す。そうだ。確かに今日の合奏は弦だけで、管パートであるコイツは練習が無かった筈。普通ならとっくに帰ってしまっていてもおかしくない時刻だった。なのに今ここにいるってことはつまり――


「手前本当に俺なんか待ってたのか…?」

「?だからさっきから言ってるじゃない。あとシズちゃん"なんか"じゃなくて、シズちゃん"だから"待ってたんだよ」


にこり。静雄を少し見上げながら笑う男の表情には普段の嫌な感じが無く、酷く優しげだ。時折こうして感じてしまう優しさに、静雄はどうして良いか分からなくなってしまう。じわりじわりと顔に集まった熱を、見られたくなくて静雄は臨也から視線を逸らしそっぽを向いた。暑い。馬鹿みたいに、暑い。


「あは。シズちゃん、もしかして照れちゃった?」

「…死ね」

「ふふ、ホントにかぁわいいんだから」

「黙れ死ね」


シズちゃんは何でいつもそう物騒なのかなぁ、なんて笑う臨也は、今絶対ニヤニヤと胸糞悪い笑みを浮かべているに違いない。この男は本当に静雄を苛立たせる達人だ。そんな臨也の表情を、鮮やかに思い描くことが出来る自分にも苛立ちを感じた。


「ねぇ、一緒に帰ろう?」

「……」

「沈黙は肯定と見なすよ?」

「……」

「よし、決定」


これは暑いからだ。暑くて頭がクラクラするから。だから臨也の押しに折れてやったんだ。別に、俺は一緒に帰りたい訳でも一緒にいたい訳でもないんだからな。静雄はぐるぐると頭の中に言い訳を並べ立てながら、何時の間にか繋がれていた手をギュッと握り返した。甘さの欠片もない、下手をすれば手のひらを握り潰そうとするような(静雄ならばやりかねない)、そんな力もこの男にはどうやら効かないらしい。盗み見た臨也の横顔が嬉しそうに緩んだのを見てしまい、静雄は黙り込むしかなくなってしまった。



真夏日
(ついでにうち来る?)(んでだ、調子乗んな)(うちの防音室練習に使っていいよ)(……行く)(あはは、じゃあプリン買って帰ろう)(…ん)


END



静雄がチェロのハードケースを背負って歩く後ろ姿に萌えて(@脳内)、つい書いてしまいました。
2011/8/12 沫金
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -