学パロ/保険医×国語教師



かしゃん。ガラスのローテーブルに物が置かれる音がしてギルバートは我に返った。

慌てて顔を上げると見慣れた白い後ろ姿が飛び込んできた。どうやらブレイクが掛けていた眼鏡をテーブルに置いた音だったらしい。身じろいだ拍子にぱさりと肩から何かが落ちギルバートは おや、と思う。それは毛布だった。多分寝てしまった自分に目の前の男が掛けてくれてたものだろう。途方もなく申し訳無く感じてブレイク、と小さく声をかけた。緩慢な動きで相手が此方に振り返った瞬間かち合う、見るからに疲れた真っ赤な瞳。普段から悪い顔色はこのところの激務によって更に悪化しており、それが右目の隈に顕著に出ていた。


「オヤ、お目覚めですカ?」


聞きようによっては皮肉である。疲れきった顔で残業を家にまで持ち込んでいる人間の真後ろでうたた寝をし、毛布まで掛けさせてしまったのだ。ブレイクが自分に皮肉の一つも零すのには当然の権利がある。だがその言葉には何の棘も感じず、寧ろ優しい響きを持っていた。というか、あまりの疲労で覇気がないだけかもしれないが。


「すまない、お前が仕事してたのに…」

「いいんですヨ。君も毎日大変そうですからネェ、オズ君達のお世話」


ケラケラと特有の笑い声をあげ、ブレイクは体を伸ばした。ずっと床に座りパソコンを打っていたのだ。辛くない訳がなかった。ギルバートは慌てて自分の座っていたソファに座るようブレイクを促す。アリガトウゴザイマス、と力無く笑う彼が痛々しい。絶対いつものブレイクじゃない。


「仕事、終わったのか?」

「お陰様で一段落つきましたヨ。ったく、インフルエンザの報告書なんて作ろうが作るまいが変わらないっていうのに…」

「その…お疲れ、さま」


ギルバートの言葉にブレイクは一瞬きょとりと目をしばたかせ、ぷはっと噴き出した。


「何とも殊勝なギルバート君なんて、珍しいですネェ」

「なっ!オレだって疲れてる人間がいたら労うことぐらい出来るんだからな!!だいたい、」

「アーハイハイわかりましたヨ。じゃあ優しいギルバート君。お茶、淹れてくだサイ。喉渇いちゃいマシタ」

「あ、ああ。わかった待ってろ」


釈然としない表情でキッチンへ向かうギルバートの背中をぼんやりと見やるブレイク。しばらくして彼がカチャカチャと茶器を鳴らしながら帰ってきた。ご丁寧にお茶請けのケーキ付きで。ブレイクは、盆を下ろしテーブルを挟んだソファの向かい側の床に座ろうとした青年を呼び止め、自分の横をぽすぽすと叩いて示した。ここにいらっしゃい、と。素直に下ろしかけた腰を上げ自分の横へ座るギルバート。その肩にコテリと頭を乗せ、ブレイクは目を瞑った。


「ブレイク…?」

「…ちょっと、」

「ん?」

「ちょっとダケ、甘えたい気分デス」


呟くようにブレイクは言った。すると、おずおずといったように暖かい感覚が降ってくる。それがギルバートが己の頭を撫でているのだと気付き彼は口元を緩めた。本当にこの青年は心優しくいじらしい。まあ、だからこそ揶揄ってやりたくもなるのだけど。


「ギルバートくぅーん」

「…何だ」


ブレイクが思い切り出した猫なで声にギルバートは身構えて警戒した。コイツがそんな声を出す時というのは大抵碌な事がないのだ。いちいち引っ掛かる自分も大概なのだけど。


「喉渇きマシタ」

「オレが淹れてやった紅茶があるだろう」

「疲れ果てて手が上がりませーん」

「…何が言いたいんだ?」


怪訝そうに眉根を寄せるギルバートを、彼の肩越しにちらりと覗くブレイク。自然と上目遣いになるその瞳にギルバートは寸の間怯み、視線を泳がせる。クソッ言わんとする事がわかってしまった。


「フフッわかっているんデショウ?」

「…絶対イヤだからな」

「エー…労ってくれるんじゃないんですカ…?ワタシこんなに疲労困憊しているの二…」


うるうると強請るようにギルバートを見つめるひとつの紅眼。彼がお願いに弱い事を知るブレイクはもうひと押し、と視線を送ってやった。


「ううっ…どうしてもやらなきゃ駄目か…?」

「やって欲しいデス。往生際が悪いですネ」

「…一回だけだからな?」

「エエ、わかりましタ」


ギルバートは意を決してティーカップを睨み付けた。こんなの一瞬の事じゃないか。ちょっと唇が当たって液体が移るだけ。うん。そうだ、そうなのだ。そう自分に言い聞かせて。ぐっと顎を引き、少し時間が開いたおかげでぬるくなった飴色の液体を口に含んでゆっくりとブレイクに近付いた。


「………これで満足か?」


咥内で感じた甘ったるい紅茶に眉根を寄せ、視線を合わせないよう目を伏せた。穴があったら入りたい。掘ってでも入りたい。ギルバートが言いようのない羞恥に必死で耐えていると するり、ブレイクの腕が彼の首に回った。


「え、……んっ」


半拍遅れて状況を理解したギルバートだが、もう手遅れだった。すっかり後頭部を押さえられて唇を好き勝手啄まれ、隙をついて舌まで侵入してくる始末。やっと解放された頃には酸欠で頭がふらふらだった。口の中がいやに甘い。



いちごミルクティ


「……どこが疲労困憊なんだよ」

「君が癒やしてくれれば良いんですヨ」

「全く答えになってないぞ」


憎まれ口は再び優しく塞がれ、二人分の体重がソファに沈んだ。


END


どうもギルブレっぽくなってしまう。
2010/11/30 沫金
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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