どうしてだろう。何故だか涙が止まらないんだ。 ** 朝陽が昇ってきたようだ。オレはその柔らかな光によって目が覚めた。暖かい。今日は折しも休日だ。オズはバカウサギを連れて昨日からレインズワース邸に行っているので朝食の心配は無い。まあ久々に部屋の掃除でもしようかと考えていたが、それもまだ後でも良いだろう。今はただこうして微睡んでいたいんだ。 もぞり。不意に隣で自分ではない存在の気配を感じて身を固くする。しかしそれはほんの一瞬の事。すぐさま脳味噌が今の状況を把握した。ああそうだ。昨夜は、 「…ブレイク」 頭では理解したが念の為、と億劫ではあったが瞼を上げる。予測した通りの白が視界に広がった。 陽の光を浴びてキラキラと光るブレイクの髪。起き抜けの眼には少々きついものがあったが、それでも目が離せなくなった。純粋に綺麗だ、そう思った。この道化の銀髪が。それに、生きているとも死んでいるとも判断がつけづらい白い肌。常々思っていたがコイツの血色は悪いを通り越している。どうしたらブレイクの真白い肌に色彩をもたせることが出来るのか、どうしたらブレイクの凍ったように冷たい、いや実際に凍っているのかもしれない、あの紅を溶かすことが出来るのか。そんな戯言を考え始めたのは果たしていつ頃からだったろう。 オレは陽に透けて輝く銀髪にそっと己の指を差し、そのまま梳いた。ヤツの髪はさらりと呆気なく指先から零れる。まるでブレイクそのもののようだった。儚げで掴みどころのない男。持て余した指を今度は頬に触れてみる。何だかそうしないとブレイクが消えてしまいそうな気がした。触れた肌は、通常の人よりはいくらか低いがちゃんと暖かかった。大丈夫、ブレイクは生きている。オレの隣で確かに存在している。…ここまで思い詰め、自分の思考に馬鹿らしくなった。 オレはこれほどまでにコイツが居なくなるということを恐れているのか。大切なマスターが帰って来た。そのマスターを守るのがオレの役目だというのに10年もの月日の中で、大切だと思う相手が気付かない内に増えていた。ヒトという生き物は本当に欲張りで卑しいモノだ。いや、欲張りなのはオレか。ブレイクの心が欲しいんだ。欲しくて堪らない。 ブレイクは普段、本気かどうかわからない態度で馬鹿みたいにオレを好きだと言う。何度も何度も。アイツはいつも人を小馬鹿にしたような言葉を吐くが、時々びっくりする程優しいものだったりする。オレはその言葉がただただ嬉しくて、幸せで…だからこそ不安になるんだ。いつかもし、ブレイクがオレを置いて離れていってしまったらオレはどうなってしまうのだろうか、と。ブレイクが好きで好きでどうしようもないこの気持ちを、オレはどうしたらいい? ブレイクに触れた指先が、互いの体温でじんわりと熱を帯びる。それを感じた瞬間胸の中で燻っていた想いが溢れそうになって―― 「…ブレイ、クッ」 「……ハイ?」 思わず名を呼んだ。ら、返事が返ってきた。オレはびっくりして頭が真っ白になってしまい、とりあえずブレイクと目を合わせないように背を向けて布団を被った。何時からだ?アイツ、何時から起きてたんだ?? 「ギルバート君…?」 「おおおお お前っ」 「ハイ?」 「おっ起きてたのか??」 「あー…ハイ、少し前カラ」 「っ!?」 起き上がったと思ったブレイクは、背中を向けたオレの身体を抱きすくめた。薄い布越しの体温にオレの心音はやたらと騒がしくって、その音が聞こえていないだろうかと更にドキドキと心拍を速めた。ブレイクに幼子にやるそれのように優しく頭を撫でられ、必死で堪えていた涙が零れ落ちる。クソッ何でコイツの手はこんなにも優しいんだ… 「ドウシマシタ?怖い夢でも見ましたカ?」 「違うっ何でもない!!」 「何でもないって…なくないデショウ、泣いているクセニ」 「…!!」 「…ハァ、ワタシが気付いていないとでも?先程から肩が小刻みに震えていますヨ。何より君の声、鼻声になってマス」 ボロボロと止まらない涙。幸せ過ぎて不安でしょうがなくって胸が苦しい。おまけに耳元でブレイクが酷く優しい声色で問い掛けるものだから、オレの涙腺は緩んだままどうにもならなくなってしまった。 「本当にどうしたんだい、ギルバート?」 「おっお前が!お前が…優し過ぎるのが、いけないんだっ……オレは、お前のことなんて大っきらいだったんだっ!!なのにっ…なのに!!」 オレは、あやすように腹部に回されたブレイクの腕をギュッと掴んだ。それをヤツは振り払わず、逆にオレの身体を更に自分に近く抱き寄せた。こんな時だって、コイツはオレを甘やかすんだな… 「好きなんだっ…お前のことが、途方もなく好きなんだよ…!!だから…お前は軽い冗談のつもりだろうが、オレは、お前のそんな軽口にも反応してしまう……」 「ギルバートく、」 「お前からオレに向けられる言葉、仕草ならば、どんな些細な事でも嬉しかったんだ…お前はいつもは意地悪だけど、たまに優しくて…ギルバートという人間、そのままのオレを見てくれた」 「…ワタシを買いかぶり過ぎデス。ワタシは自分のやりたいように行動しているだけですヨ。君の事を気に入っているのでネ。ワタシだってギルバート君の事本当に好きなんですカラ」 「嘘だっ!!」 ブレイクの発言に頭に血が昇るのを感じた。オレは訳が分からなくなり、気付いたらヤツの肩を掴んで馬乗りになっていた。オレの体重がブレイクの細い肩に掛かりヤツは微かに顔を歪める。 「そんなの嘘だ!!お前はオレをからかって遊んでいるだけなんだろう??昔からそうだ!そうやって必死なオレを見ては笑って…今だって、本当は心の中で嘲笑ってるんだ!さぞかし愉しいだろうな?」 「確かに、」 自嘲気味に嗤ったオレをブレイクは一層悲痛な顔をして睨んだ。その威圧感に怯むオレを一瞥し、言葉を続ける。 「確かに私は君の反応があまりにも可愛くて、ついからかい過ぎてしまう節があります。必死に物事に挑む姿も微笑ましく眺めていました。それは認めましょう」 「やっぱり、」 「しかし、だ。私が君を嘲笑っていた?どうしてそんな発想がでるんです?君は何年私の隣にいたんですか。この私が、好きでもない人間を相手に要らないちょっかいを、それも10年間もずっと出していたとでも思っているのかい?」 「それは、」 「そりゃあ私だって最初に君に会った時はただの手駒位にしか思っていませんでしたよ。それが時が経つに連れ、共に過ごす時間が増えるに連れ、私の中のギルバートという存在が揺るぎないモノとなっていった」 「それって…」 混乱していた。だってまさかこんな事言われるなんて思わなかったから…ブレイクの心の中にオレがちゃんと存在している…?オレだけが想ってるんじゃなかったのか?オレの一方通行じゃないの? 「どうしてくれるんです?私をこんなにギルバート君に夢中にさせて」 「っ…ぶれいく…」 「オヤオヤ、相変わらず泣き虫さんですネェ」 「…るさっ」 力が抜けてドサリと倒れ込んだオレをブレイクはあっさりと受け止める。細い腕からは考えられないような力で抱き締められ、首筋に鼻を埋めてブレイクの甘い香りを胸一杯に吸い込んだらくすぐったいとアイツは笑った。 「本当に…お前の事を好きでいていいのか…?」 「今更何言ってんですカ!ワタシだって嫌われるよりは好かれる方が嬉しいに決まってマス!」 「うん…そうだな…」 「全く、また泣いてるんですカ?何時まで経っても世話の焼ける子ですネェ…」 呆れたように笑う声色も、今のオレには不思議と嫌に聞こえなかった。ブレイクの、頭を撫でる優しい手やゆっくりと刻まれる心音が酷く心地良い。 「君はワタシにとって本当に手が掛かる子供デス」 「でもそんな所がとても愛おしく、」 「なかなか手放せないんですヨ?」 しあわせの法則。 そう言って笑ったブレイクが愛しくて、オレは自分からキスを強請ってしまった。 END 2010/8/29 沫金 |