ザァザァと、雨が降る。


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雨のカーテンに街が包まれる静かな昼下がり。首都レベイユの隅っこに佇む安アパートの一室、二人の成人男性は肩を並べて座っていた。銀髪の男が隣の青年の頭に手を伸ばし、その黒髪を指先で摘んで絡めては離し…を繰り返している。もう何十分と弄くられているのだろうか。黒髪の青年、ギルバートはぼんやりと思った。


「…なあ、それって楽しいのか?」

「?…ああ。君の髪の毛を弄ることですカ?勿論、楽しいですヨ」

「ふーん…」


馬鹿みたいだな、と青年は思う。男の、それも自分のような華奢でも柔らかくも何ともない体を抱き寄せて楽しい、だなんて。本当に馬鹿みたいだ。そんな優しい穏やかな表情を浮かべるなんて…まるで愛しくて仕様がない、って感じじゃないか、その顔。……馬鹿だ。そんなブレイクの優しい手付きがどうしようもなく嬉しい、なんて。


「雨の日は大変ですネ、湿気が多くて」

「あ?」

「髪の毛。いつも以上にくりんくりんしてマス」

「うるせえ、余計なお世話だ。嫌なら触るな」


口では邪険に扱う癖に、決してブレイクの手を振り払おうとはしない。素直じゃないギルバートに思わず笑みがこぼれる。そのクスクス笑いに青年は眉間に皺を寄せムッとした表情を見せた。


「…なに笑ってんだよ」

「いえ…フフ、いくつになってもギルバート君は可愛いですネェ」

「黙れ」

「オヤオヤ、拗ねないで下さいヨ〜」


未だクスクスと笑うブレイク。その微かな振動が心地良い。腰に回された優しい腕も、髪を撫ぜる温かな手も。悔しいけど。
意識を外に向けると、雨粒が窓やら地面やらを打つ音が聴こえた。一向に降り止む気配はない。ああ、午後は街で買い出しをしようと思っていたのに。ギルバートはそんなことを考えながら雨音に意識を傾けた。


「ギルバート君?」

「…ん」

「眠くなっちゃいマシタ?」

「んー…」


気怠げに向けられた視線。とろけた月色は色気を含んでいるのにその表情はどこか幼くて。ブレイクは更に笑みを深め、頭を撫でていた手をするりと頬へ滑らせた。それが擽ったかったのか、緩く身を捩ったギルバート。へにゃりと眉を下げそのままその、彼の手のひらに擦り寄った。


「ふふ、」

「…んだよ」

「いやあ、いつになく甘えん坊サンだなあと思いマシテ」


もう眠さが限界なのだろうか。普段だったらとっくにふいと臍を曲げてしまうようなブレイクの発言に、今日はそっぽを向くどころか逆に距離が縮まった。ゆっくりと肩に預けられたギルバートの重みと体温が心地良い。ささやかな幸せに浸っていると、腕の中の彼がぼそぼそと言葉を紡いだ。


「だって、」

「ハイハイ何ですカ?」



シュガーシュガー



「だっておまえ、甘いモノが、すきなんだろう…?」


片足を夢に突っ込んだ彼の言葉は聞き取りづらかったが、しっかりとブレイクの耳には届いていた。思ってもみなかった愛おしい恋人からの言葉に束の間目を丸くし、苦笑を漏らす。この子供は一体どこでそんな台詞を覚えてきたのだろうか。


「ええ、勿論。だあいすきですよ」


彼のお返事はすやすやと小さな寝息を立て始めた恋人には届かなかった。それでも、ブレイクは癖の強い黒髪を満足そうに優しく梳く手を止めない。ああ、雨はまだまだ止みそうもないな。意識を傾けた窓の外では一層酷くなった雨水がガラスを打つ音がした。

ザァザァと、雨が降る。
暫しの安寧を護るように、自らのヴェールで彼らを包むがごとく。優しく、静かに雨が降る。


END



雨音の話のはずが砂糖の話になっていた
2011/6/13 沫金
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