現パロ/病気ネタ/鬱 彼の余命は保ってあと1年だろう。医者は言った。末期らしい。その言葉を聞いた瞬間、世界は無音になったように静まり返った。 ** 「ブレイク、飯出来たぞ……って あれ?どこ行ったんだ全く…」 身体に障るからとあれ程言い含めていたのに。ブレイクは少し目を離すと一人でフラフラと出歩いて行ってしまう。今日なんて昨晩降り積もった雪のおかげで酷く冷え込んでいる。早く見つけないとまた熱をぶり返してしまうじゃないか。今朝方やっと下がってきた所なのに。 恋人であるブレイクの病が発見されたのは半年前の暑い夏の日だった。最初はその現実を信じたくなくて、受け入れられなかった。更に、病気を発症した筈の当人はやけに冷静でまるで他人事のように そうですか、なんて笑うもんだから苛立たしくて哀しくてブレイクに当たり散らす事もあった。アイツが辛くないわけなかったのに。無理に押し込められた感情の蓋はある時突然崩れ落ちた。ブレイクはおかしくなってしまったのだ。自分が彼の恐怖、辛さを気付いてやれなかった為に。壊れてしまった。壊してしまった。 狂ってしまった彼は、いつしか彼自身を傷付けるようになった。いつか本当に死んでしまうんじゃないか。そう感じたオレは医者に無理を言って自宅で付きっきりの看病をさせてもらえるよう頼んだ。ただ離れる事が怖かった。 「…ッ、ゴホッ…」 「っ!!ブレイクッ…!!」 白銀の中に一人佇む白い彼。あんな薄着で、しかも足元は裸足だ。早く、早く温かい室内に入れてやらなければ。抱き締めて暖めなければ。何より…この腕に抱き込んで掴まえないと、ふわりと消えてしまいそうだった。頼りなく儚げで何処までが背景で、何処からがブレイクなのかわからない。瞬きをしたら白に溶け込んでしまう。そう思った。 「ブレイク!早く部屋に入る…」 彼が振り向いた。目に入ったのは毒々しいまでの紅。ブレイクの爛々とした瞳と、口元から滴り指先からも止め処なく流れ落ちる血液。真白い空間にぽっかりと浮き出た紅色は気持ち悪いぐらいに浮いた存在だった。雪上に散った彼の血は真っ赤な薔薇の花弁のようで、口から血を流し立ち尽くす彼の危うげな美しさを際立たせていた。オレは初めてヒトを綺麗だと思った。あまりの美しさに恐怖し体が戦慄く。早くブレイクに近付かなければ。 ユキノハナ 「ブレイクッ…もう止めてくれよ、こんな事…」 「ギル、バート君…?」 ふと我に返ると、私は雪の中でギルバート君に抱かれていた。口内は鉄の嫌な味で侵され、視界は眩し過ぎる日光に狂わされている。ぽたりと水滴を感じた。こんなにも晴れ渡っているのに、雨なんて降るのだろうかと不思議に思って天を仰ぐ。それは雨なんかじゃなかった。彼の涙だ。私の嫌いな、ギルバート君の涙だった。 私は昔から彼の涙が苦手だった。どう対処すれば良いのかわからないからだ。なのに幼い彼は驚く程泣き虫で。しょっちゅう泣いては私に縋る子供だった。その度私は彼を宥め笑わせる事に必死になった。滑稽な自分。だから私はギルバート君を泣かせるものが嫌いなのだ。 自分の病気が見つかった時、彼が絶対泣くと思った。だから不安にならないようワザと普段通り振る舞った。なのに彼は傷付いた顔で涙を流したのだ。失敗だった。それからの日々は失敗の連続だった。幼い彼を笑わせる事はあんなにも容易かったのに、成長した彼は全然笑ってくれない。いつも苦しげな表情や怒った表情、怯えた表情を浮かべていた。彼にはただ、笑っていて欲しいのに。 何がいけないのだろう。何が彼を苦しめるのか。ぼんやりと天井を見つめる毎日の中、不意に気付いた。それは簡単な事だった。ああ、私の存在自体が彼を苦しめていたのか。彼に涙を流させていたのか。だったら消してしまえば良い。私さえいなければギルバート君は笑ってくれる。 「雪で…血で汚れてしまいますヨ」 「うるさい!!何でお前はいつもこうなんだ??どうして自分を大事にしない??オレからお前を奪わないでくれ…!!」 「ギルバートく…んっ」 乱雑に唇を重ねて言葉を遮られる。離れた彼の口元は、互いの唾液と私の血液とで汚れてしまっていた。そこに舌を這わして舐めとると、彼は新たな涙を浮かべてしまう。やっぱり駄目だった。また失敗だ。償いの意を込め、震える唇に今度は自分から優しくそれを重ねた。 「血の味がする」 「スミマセン、先程しくじってしまいマシテ」 「…生きてるんだな」 「ハイ…?」 血が流れるって事は、生きてるって事だろう。ギルバート君がそう独りごちるように呟いた。手首を掴まれ見上げた先で視線が絡まる。真摯な瞳だった。 「なあ、ブレイク…オレはただ、おまえと他愛もない日常を過ごしたいだけなんだ」 「くだらない事で笑い合ったりケンカしたり」 「オレの隣でおまえが生きてるだけで嬉しいんだよ」 逝きの花 「笑ってくれないか ブレイク…」 今にも泣き出してしまいそうな顔で言うもんだから、私は反射的に笑顔を作ろうとした。浮かんだ表情はぎこちなく、得意だった筈の作り笑顔を貼り付ける事が出来なかった。笑う事自体、酷く懐かしく感じる。やり方を忘れるくらい笑っていなかったのだと思い出した。 それでも、目の前の彼は満足そうに淡く微笑んでいた。ああ、これが正解だったのか。やっと笑ってくれた。この答えを導き出すまで、私はどれほど遠回りをしたのだろう。私達は馬鹿みたいに笑い合い、雪の中で何度も何度もお互いの暖かさを確かめ合った。 END 一昨日、雪を眺めながら浮かんだ場面に肉付けをしていったら何時の間にかこんな鬱小説に。 2011/3/9 沫金 |