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 夏の茹だるような暑さに辟易していたら、快晴という天気と気温にそぐわないどんよりとした雲を背負った木ノ瀬君を見つけた。普段は強気な彼が珍しいと近づけば、こちらに気付いたのか慌てたように表情を取り繕う。
「今日も暑いね」
「ええ、そうですね」
 弓道着を着たままということは、宇宙科必須のロードワーク最中ではないようだ。となると、部活で何かあったのかと考えるのが打倒だが……悩める青春を送っているのが月子ちゃんではなく、木ノ瀬君というのが違和感ありすぎて興味を引く。
「こんなところでぼーっとしてると、熱中症にならない? 普段から体を鍛えているから大丈夫なのかな?」
「あはは、気遣いありがとうございます春永先輩。そういう先輩はどうしてここに?」
「私は月子ちゃん……というか、弓道部の皆さんに差し入れに行く途中だったんだけど、木ノ瀬君が視界に入ったからつい寄り道しちゃったってとこかな」
「そうですか」
 隠してはいるが木ノ瀬君の声には普段通りの快活さがない。天才と周囲から評される彼も、壁にぶつかったということなのだろうか。
 なんにせよ、青春を謳歌出来るのは羨ましい。こういう時己の実年齢を考えると少しばかり寂しい気持ちになってしまう。
「木ノ瀬君。遭遇しちゃったついでに、一つ聞いてもいい?」
「遭遇しちゃった、ってなんですかそれ……。まぁいいですけど」
 苦笑混じりに答えを返してくれる木ノ瀬君に礼を述べ、彼の隣に腰を下ろす。炎天下に晒されていた地面は焼けていて触れた部分からじわりと熱が送り込まれる。まるで砂風呂にいる気分だと思わず言えば、木ノ瀬君が「服、汚れますよ」と困ったような顔で言葉を返した。
「木ノ瀬君は普段矢を放つとき何を見てるの?」
「は?」
 問いの意味が分からぬと男性にしては大きな眼を瞬かせる木ノ瀬君は、普段の攻撃的な雰囲気がないこともあって年相応に見える。
「先輩の聞きたいことが良く分かりませんけど……普通は的を見るものだと思いますが」
「うん、そうだね」
「……春永先輩?」
「なぁに?」
「……いえ」
 腑に落ちないと片眉を僅かに上げる木ノ瀬君。その表情がなんだかとても可愛らしくて、思わず彼の頭に手を伸ばしていた。
「っ、何するんですか」
「あー、やっぱり熱くなってるね。ここ陽当たり良いから気を付けないと」
 座ったままの木ノ瀬君を横目に立ち上がれば、不快な暑さと感じていた風が心地良いと感じるから面白い。
「木ノ瀬君が居る時に弓を持ったことはないけれど、私も弓道やるんだよ」
「それは初耳です」
「うん、今初めて言ったからね」
 少しだけ戻ってきた彼らしさに眼を細め、存在しない弓を構える。
「春永先輩……?」
 戸惑いを孕んだ声に気付かないフリをして、見据えるのは二十八メーター先の的だ。
「私は弓道を嗜むけどね、的を射っているわけじゃないの」
「中てないということですか?」
「ううん、矢は中てるよ。だって外すよりも中った方が気分がいいじゃない?」
 ゆっくりと見えぬ矢を番え、弓を引く。
 隣に居る木ノ瀬君が息を呑んだ気配に口元を緩め、言うべき事は一つ。
「私が射貫くのは、いつだって一歩先の、未来だよ」
 言って、構えた矢を放てば、見えぬ的の真ん中を綺麗に射貫いた。
「未来を、射貫く」
「そう。あやふやな未来を確固たるものにするために、私は弓を射るの。だから、私が見ているのは的じゃなくて、少しだけ先の未来ってわけ」
「……どうして、そんな話を聞かせたんですか」
 問いかける木ノ瀬君に「どうしてかな」と切り返し、私は再び熱くなっていた木ノ瀬君の頭に軽く手を置いた。
「木ノ瀬君が青春してたからかな」
「なんですか、それ」
 馬鹿にしてるんですか、と問いながら向けられる笑みに、当初の憂鬱さは見受けられない。
「青春はいいよー、有効期限がきれちゃうと使えなくなるアイテムだからね」
「陽日先生みたいなこと言うんですね、春永先輩は」
「あはは、陽日先生と一緒かぁ……。あのレベルに達するには、発声練習しなきゃだわ」
 夏空の似合う先生を脳裏に浮かべれば、隣から小さな声で感謝の言葉が届く。
「さて、ペットボトルが意外と重いのでトレーニングがてら運んでくれると嬉しいなぁ、とか言ってみたり」
「高く付きますよ、春永先輩」
 そう言って私の荷物を軽々と持った木ノ瀬君からは、梅雨時のような曇り空が消え去っていた。
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