瓜科のアレ

 武将の方々は個性的な武器を愛用してらっしゃる方が多いが、中でも郭嘉の武器は異様だと思う。まず第一に郭嘉の仕様する武器は刃物ではない。第二に郭嘉が腕を上に上げるような動作をすると、どこからともなくボーリング大の鉄球らしきものが出現し、重力という物理法則を華麗に無視して郭嘉を中心とし円軌道を始める。しかもその鉄球は一つではなく、最大で六個まで増えるそうだ。
 剣を振ると炎が出たり氷が出たりする現象には悲しいながら慣れた。だが、非常に重みのありそうな鉄球が空中を移動している様はどうにも理解し難い。しかも、郭嘉が移動すると鉄球もついてくるという追従機能付きと来た日には、もうどこからどう突っ込みをいれたらいいのか糸口が迷子状態である。
 事実、戦場で彼の召還した鉄球に当たった雑兵達はダメージを受けているようだし、やはりあの鉄球には見た目相応の重さがあると認識して間違いないだろう。ボーリング大の鉄球でビリヤード。考えただけでも怖ろしい光景は出来る事ならば一生拝見したくない。だが悲しいかな、こちらの世界の郭嘉は己が欲の為には前線に出ることも厭わない性格をしているらしく、有難い事に間近で彼の戦闘を見学する機会に恵まれてしまったのは忘れたい過去だ。
「地獄絵図……」
「ん? 何がだい」
「いえ、ちょっと記憶の整理を」
 思わず出た言葉に件の武器の手入れをしていた郭嘉が手を止める。柄となる棒らしきもので殴られるだけでも痛いと思うのに、郭嘉は器用に重そうなボールを操り変幻自在な起動で敵を翻弄する。斬られるのも痛いだろうけど、鉄球で攻撃される方が更に痛そうな気がするのは純粋に見た目の問題だろうか。
「そういえば、郭嘉様。気になったんですが、その棒以前使用していたものと違いますよね? 武器を新調なされたんですか?」
 前は金属のようだった棒は、どちらかといえばみすぼらしい木の棒へとランクダウンしている。一度手にした武器は使い込んだ方が馴染むし攻撃もしやすくなると聞いたが、郭嘉ともあろうものが手軽に愛用していた武器を変更するものだろうか?
「うん、福引きで貰ったのでね」
「……福引き、ですか?」
「そう、福引き」
 この世界の福引きは武器まで出てくるのか。頭の中で軽やかな鈴の音と共に「残念でした、参加賞です」と手渡されるポケットティッシュを思い浮かべ、慌てて己の中に存在する常識というものを打ち砕く。この世界において常識という単語は、持てば持つほど不運になる呪いアイテムのようだ。正直者が馬鹿を見る。そんな言葉が大手を振っている世界から早くお暇したいと思うが、なかなかどうして上手くいかない現実に少しばかりのため息。
「白蓮はお疲れかい?」
「お疲れというか……お疲れですね」
「そう」
 常に微笑を称えている郭嘉の元にいるのが一番疲れると告げてやりたいが、そんな事を口にしてしまった日には胃が悲鳴を上げそうな寒さに晒され凍え死んでしまうかもしれない。
「郭嘉様、その武器も……その、以前のと種類は同じですよね?」
「そうだよ」
「ということは、やはり……あの、妙な鉄球のような物質も出現するんですか?」
「珍しいね、白蓮が私の武器に興味を示すなんて」
 僅かに弾んだ声で郭嘉は目を細め、「気になるなら見せてあげよう」とこれまた珍しく行動的な台詞を口にした。
「ここでですか!?」
「うん、ここで」
 狭くはないが、部屋の中で武器を使用するというのは如何なものか。それに、普段あの鉄球は敵兵に当たって消費されているように見えるが、今この場にいるのは私と郭嘉だけである。となると、召還した鉄球を消す術は……。
「や、い、いいですよ。そんな郭嘉様のお手を煩わせるよう……」
「遠慮しなくても。ほら」
 人の言葉を聞きもせず、郭嘉は見慣れた動作で片手を上に突き出す。
「うひぃっ!」
 思わず両手で頭を抱えれば、上空から郭嘉の笑い声が降ってくる。
「白蓮、なにしてるの」
「な、なに、って……。何ですかそれ」
 一定の速度で郭嘉の回りを回る球体。
「何って、白蓮が見たいって言ったんでしょ」
「え」
 戦場で見た鈍色の鉄球とは違い、目の前を漂っているのは緑と黒の縞模様の物体だ。更に言えば、あの物体にはスイカというれっきとした食べ物の名前が付けられていたと思う。
「だって郭嘉! どっからどうみてもスイカじゃない!」
「すいか?」
「あー……んと、瓜の仲間って言えばいいんでしょうか……。何にせよ食べ物は粗末にしちゃダメですよ!!」
 つい戻ってしまった口調を慌てて正し、着実に数の増えていくスイカ玉を目で追う。
「うー、異様な光景」
「白蓮はお気に召さないみたいだね」
「気に召す、召さない以前に食べ物っていう認識が拭いきれなくてですね……うーん。ビーチボールみたいなものって思っておけばいいのかなぁ」
「びーちぼーる?」
「あー……。夏にする遊技の一種です」
 私の言葉に郭嘉は珍しく驚いた気配を纏い、「知ってたんじゃないか」と笑う。
「先程手に入れたばかりだったのにな、盛夏砂浜」
「盛……はい?」
 奇妙な単語は武器の名前だろうか。音的に夏を表すものだと分かるが、それでスイカの模様を描いているのだろうか。何にせよ、やはり武将の方々が愛用する武器はよく分からない。というか、理解したくない。呪いのアイテムだと分かっていても、やはり私は常識というものを忘れないでいたいと思う。とくに、このような意味不明な世界においては。
「白蓮」
「はい、なんでしょう?」
 疲労の色を内部に押し込めた私とは裏腹に、満足そうな笑みを瞳に宿す郭嘉。
「手遅れって言葉、知ってるよね」
 先見の力を持つ稀代の軍師。忘れていた単語を彷彿させるかのような台詞に、はっきりと己の口元が歪むのが分かった。
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