2013クリスマス企画

 女性が得をする日はイベント事が盛り上がる。
 いつか何処かで聞いたフレーズを思い起こさせる程度には、忙しない一日の幕開けだった。
 日が昇る前から衛宮邸の台所を預かる存在達は一瞬即発の気配を纏い包丁を握り、消費しきれるのかと不安になるくらいの材料を横目に家を出てきたのが数時間前の出来事。
 バイト先の喫茶店では青い英霊が忙しなく動いており、今日は稼ぎ時なのだといつも以上に張り切っていた。
 聞いた話によると、同居している子にプレゼントを渡す為に、日払いのバイトも入れているのだというから恐れ入る。その殊勝さを少しでもギルガメッシュが持っていたら……と想像してみたら、予想以上に気持ち悪かったので自分の中で無かったことにした。
「ランサーさんも気に掛ける子がいたんですね?」
「嬢ちゃん、なにげに酷い事言ってるよな?」
 そうですかね、と疑問を繋げれば、ランサーさんは紅い瞳に疲労の色を乗せ、何度か口を開閉させた後次のバイト先へ向かうと走っていった。
 十中八九サーヴァントとマスターの関係性を話題にしたかったんだろうけれど、存在を示す音を口にした途端、不幸に見舞われそうな気がして自衛したのだろう。
 少しだけ空いたキッチン内で夜の仕込みを終わらせ、もうすぐ正午に差し掛かるという時間帯を確認している所に、店主から「迎えの人が来てるから上がっていいよ」という謎のお達し。
 元々午前だけのシフトだったが、迎えとはこれいかに。
 買い出しに来た士郎が立ち寄ったのかとも思ったが、意外と真面目な彼が仕事中に尋ねてくるとは考え難い。
 他の可能性を考慮すると女性陣からのお誘いだけれど、こちらもいまいちしっくりこない。
 となると、消去法で最後に残るのは一人だけなのだが、ありえなくはなくとも彼がわざわざ? という疑問がつきまとう。
何にせよ外で待っているらしい存在を確認すれば答えは得られると、少しだけ早くタイムカードを押し退出の言葉を紡いで職場を後にした。
「ご指名ありがとうございました」
 最後まで残っていた存在を視界に捉え、言外にどのような風の吹き回しかと問えば、傍若無人を地でいく王様は襟元にあしらわれた白いファーを揺らし「迎えに来てやったぞ」と上から目線のお言葉ではぐらかし、真意を告げる気分ではないと態度で語る。
 愉しいことが大好きなギルガメッシュは、今日のような俗っぽいイベントも勿論好む。
 当人に言わせれば馬鹿騒ぎをしている人間を観察するのが愉しいらしいので、なんというかまぁ……歪みすぎて一周してしまい、まともに見える位置に納まっている感が否めない。
 そんな彼の横に立つ私自身も相当歪んでいるのだろうけれど、そこは一応棚に上げておく。
「まぁ、別に良いけれど」
 気分だ、の一言で済ます事の多いギルガメッシュに対し、真っ当な理由を述べろと求める方が間違いなのだ。
「ギルガメッシュはこんな所に居ていいの? クリスマスなんだし予定が――」
「彩香」
「浮かれてるの、見逃しておいて」
 ありえない事に、ギルガメッシュがサーヴァントという事実を失念した。どう足掻いても普通の人間という括りに入りきらない存在であるのに、どうして? と自問自答をした結果、普段と良く似た日常に紛れ込んだ色気に中てられたのだろうという解が導き出される。
 高揚というには弱すぎても、たしかに感じているモノはある。
「ほう……浮かれていると、お前が言うのか」
「年に一度なんだから良いじゃない」
「ふははは! 良いぞ彩香! 存分に道化を気取るが良い!」
「道化って……流石にそれはちょっと」
 自分でも感情の起伏は穏やかな方だと理解しているが、他人に指摘されるとなんだかこう、無性に腹が立つ。
「ねぇ、ギルガメッシュ。実際のところ何しに来たわけ?」
 意味のない行動をしているように見ても、ギルガメッシュは何らかの意図を有し隠している。
 『神』を毛嫌いしている男が、わざわざ神を祝う雰囲気の中に身を置いている。自虐とも言える行為に頭を悩ませたのは一瞬の事で、彼が拠点としている場所を考慮すれば当然だと納得した。
「つまらぬ事を聞くでないぞ」
「私も馬鹿な事を言ったな、って思った」
 本来生誕を祝う祭りが、別の意味合いを持つようになったのはいつからなのだろう。
 古い記憶を辿ってみれば切っ掛けを発見出来そうだったが、労力に見合うだけの対価を得られなさそうだったので止めた。
「彩香、プレゼントをやろう」
 タダより高いものはない。それが、世界の全てを所有していると公言する王様からの申し出なら余計に。
「いらない」
「そう言わず受け取れ」
「ちょっと止めてよ、強引な押し売りみたい。それに、欲しいものならちゃんとあるし」
 ギルガメッシュの背後が陽炎のように揺らめいたのを視認し、慌てて紡いだ否定の音を拾った王様は、私の言葉に興味を持ったのか続きを言えと態度で迫ってくる。
 満たせと、永遠にも続くような退屈を一瞬でも払拭してみせろとけしかけてくる雰囲気に、少しばかりの敵対心が触発されるのは当然のことであり、それを見越してギルガメッシュも私に対して言葉を向けているのだろう。
 他人に対して特別な感情を抱くのはギルガメッシュ以外に存在せず、気付けばモノクロになりそうな世界に色を与え続けるのも彼の存在以外ありえない。
 分かっているからこそ悔しくて、分かっているから手放せない。
「ギルガメッシュ」
 だから、勝者たる男の鼻をあかしてやりたくて。
「これを頂戴」
 投げ出されていた片手を取り、指先から伝わった熱を得るよう緩く指同士を絡ませると、近しい位置で笑いに似た息が落とされた。
 音としての答えはなくとも、見上げた視界の中で細められた紅が全てを語り許容する。
 自己主張の激しい色彩が溢れかえる、明確なものなど何一つない世界。
 本日の主人公格である教会に住まう存在達は、きっと貰い物のワインに舌鼓を打っているだろうし、金の髪を揺らす少女は同年代の存在と軽口を叩き合っているだろう。
 そうして、本来ならば交わることのない平行線は歪められ、衛宮邸には知らないけれど知っている存在が台所の番人達と会話を楽しんでいるに違いない。
 不鮮明で不確かで、だからこそ許されるものがある。
「私、お昼ご飯未だなの」
「泰山は駄目だ」
「あそこの杏仁豆腐結構美味しいのに」
「ならん」
「ギルガメッシュは私のプレゼントなんだから、今日一日文句は駄目よ」
「む……」
 指先から混じる体温にゆっくり目を伏せ、これからどうするべきかを考える。
 一応年長者たる自分も他の人達にプレゼントを用意するべきだろうか。
 祝いのムードに蹂躙され、何もかもがどうでも良いと思えるこの日を有効活用するには、どうするのが一番良いのだろう。
「ま、歩きながら考えますか」
 立ち止まったままの男を促すよう一歩を踏み出し、絡めた手をそっと引く。
「彩香、悪いことは言わん。泰山は止めろ」
「まだ言ってるの? 往生際が悪いよ、ギルガメッシュ」
「無知とは愚か……」
「御託はいいから、早く行きましょうよ」
「……」
 何か言いたげなギルガメッシュの言葉を遮り頭上を仰ぐと、冷えた空気が鼻孔を擽る。潮騒のように鼓膜を揺らす人の気配に耳を澄ませれば、神を賛美する音色が響き合い世界を支配している事に気付いた。
「ねぇ、ギルガメッシュ」
 雲一つ無い、眼を焼くような青さを見つめながら考えるのは、隣に立つ色鮮やかな男の事。
 珍しく渋面を作った男を横目で確認し、人混みの中をのんびり歩きながら、周囲に散りばめられた色彩に両目を眇める。
「きっと、今夜は大雪になるわ」
 奇しくも、数時間前別の場所にて良く似た単語が紡がれていた事は勿論知らない。ただ、汚れることのない白が全てを覆い隠してしまえばいいと。
 自分では到底手にする事の出来ない憧れに対し抱いてしまった負の感情を、色鮮やかな黄金が笑い飛ばしてくれる。そんな確信を抱きながら白い息が宙に溶ける様を見送れば、案の定隣から他人を卑下するような笑い声が響き周囲の人間が距離を取った。
「つまらぬ」
「そう? 私はこういう雰囲気好きだけど」
 わざとギルガメッシュの言葉をはぐらかし焦点をずらした後、相手の興味を逸らすよう触れた手に力を込める。
 歩きやすくなった道を進みながら思うのは、贅沢な気分を満喫しているということ。
 形として残る物はなんていらないから、呆れ、馬鹿にされそうな願いを叶えて欲しいと切に願う。
 決して態度にも口にも出さず、胸の奥深くに止めておくソレを、先見の目を持つ黄金は必ず射抜くだろうから。
「つまらぬな」
 同じ単語を繰り返すギルガメッシュの声は優しい。
 この王様に対し優しいという単語が不似合いなのは重々承知で、当人を知る存在達に言わせれば頭がおかしいと罵られるだろうけれど、それが酷く心地好いと感じてしまう程度には感化されてしまっているのだろう。
「そう? 私はギルガメッシュがお昼ご飯を前に固まる光景を想像しただけで楽しいけれど」
「……後悔するぞ」
「ギルガメッシュが?」
「我が後悔などするはずもなかろう!」
「だよね。じゃあ早く行こう。もうお腹ペコペコで」
「いや、待て、パスタ……イタリアンはどうだ。雑種の家では食えないようなものを――」
「今日は中華の気分。杏仁豆腐に胡麻団子もつけて欲しいな」
 逃がさないと繋いだ手を引き、常よりも速い速度でコンクリートを踏みしめる。何やら頭上からため息のような苛立ちを噛みしめたような、とにかくどうにかしたい、という感情を全面に押し出した声が降ってきたが、気付かないふりをして空腹を訴えた腹部を片手で押さえた。
「よかろう、宿命だというのならば打ち払ってくれるわ!」
 他人の目を気にしない音量で吼え、ギルガメッシュが私の手を引き先導する。見事なまでに立ち位置が変わった事に対し、特に思うことはないけれど、趣味の悪い衣装を纏い前を歩く背中を見つめていると、小さな色が胸に灯り踊る。
 やっぱり、すきだな。
 口の中で呟いた感情が音になることはない。
 それでも、私の心中を読み取ったかのように触れた手の力が強まるから、思わず口元が綻んでしまったのは仕方ないというもの。
「そんなに急がなくてもご飯は逃げないよ」
「我は王ぞ! たかが麻婆の一つや二つ、おそ……おそる……恐るるに足りぬわ! フハハハハ!」
 胸を張り主張する強がりが清々しいと感じてしまうのは、きっと彼がギルガメッシュという存在だからだ。
 しかし、ギルガメッシュとランサーさんが麻婆豆腐に対して良い印象を持っていないのは知っているが、何故他のメニューを頼むという選択肢に辿り着けないのだろう。
 まるで麻婆豆腐以外存在しないという刷り込みでもされたかのように……という疑問を抱けば、脳裏でカソックを身に纏った男が薄い笑みを張り付け肩を揺らした。
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