祭リク41

 パチパチと規則的に響く音に疑問を抱き、中庭の掃除を早々に切り上げ縁側へと向かう。広く長い縁側で様々な人が寛いでいるのが面白いと家人である私は思う。魔力でも掛かっているのではないかと懸念するほど人気のある縁側。本日も例にもれず、縁側に見慣れた人影が存在した。
「何してるんですか? アーチャーさん」
 声を掛けると同時に、パチリと音が響く。
「見て分からないか」
「ちょっと予想外の光景だったので、本人に意図を聞いてみようかと」
「ふむ。君の選択は正しい。甘栗を剥いているのだよ、彩香」
「はぁ……やっぱり甘栗ですか、それ」
 褐色の指先が器用に栗の皮を剥き中身を取り出す。行動は把握出来たが、解明出来たかといえば答えはノーだ。何故アーチャーさんが縁側に座って甘栗の皮を剥いているのか。凛ちゃんにでも命令されたのだろうか?
「君は栗ご飯が好きだろう」
「え!? あ、はぁ……好きですけど」
 まさか栗ご飯を作る為に甘栗の皮を剥いているというのか。仮にも世界に召し上げられた存在が。無駄のない動きは見ていて惚れ惚れするレベルだが、それをこなしているのがアーチャーさんだと思うと違和感が拭いきれない。
「衛宮士郎は帰ってこないと聞いたが」
「ええ、今日は藤村組の宴会に付き合うんですって」
 十中八九料理番としてかり出されるのだろうけれど……。そんな私の心情を読み取ってか「ご苦労なことだ」とアーチャーさんが素知らぬ顔で呟く。
「もしかして、アーチャーさんが夕飯作ってくれるんですか?」
「働かざる者食うべからず、らしいからな。居候の身として最低限の責務をこなすまでさ」
「はぁ」
 変なところで真面目なのは、未来においても変わらないらしい。変わらなかったからこそ、英霊エミヤという存在が出来上がったのだろうけれど……。理想を追い続けて真っ直ぐにひた走る実直さは、正直羨ましい。
「ねぇ、アーチャーさん」
「なんだ」
 聞いてみたいことがあった。英霊エミヤの元となった存在が知っている衛宮彩香というのは、どのような存在だったのかと。私という異分子は、彼の中の衛宮彩香を壊していないだろうか。
「なんで普通の栗じゃなくて、甘栗なの?」
 言えなかった問いを飲み込んで、違う音を紡ぎ出す。
「料理人のこだわり、とだけ言っておこう」
「あ、なにそれ秘密主義? 製造方法は教えられませんってやつ?」
「黙秘する」
「可愛げのない弟君ねぇ……」
 弟という単語を使うと冷静沈着なアーチャーさんの表情が強張るのが面白い。本人に言ったら満面の笑みで否定されそうだから、決して告げることはないけれど。
 パチパチと再び規則的なリズムを紡ぎ出した音を横目に、温かい縁側に腰を下ろす。今日は風もなく穏やかだ。遠くに聞こえる鳥の鳴き声に耳を澄ませ、降り注ぐ太陽の光を存分に堪能する。全てが停滞しているような空間が懐かしいと思うのは、それだけ私の日常が充実しているということなのだろうか。
 戻りたいとは思わない。戻れないとも思わない。ただ、今は過ぎゆく季節に思いを馳せ、表情の違う毎日を堪能したいと思えるだけ。
「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」
 何気なく口を滑り出た言葉に、アーチャーさんの動きが止まる。
 傾きつつある太陽を眺めながら、無音の空間を楽しむ。降り注ぐ陽光の音すら聞こえそうな静けさの中にありながらも、隣からあるべきハズの音が聞こえぬという奇妙さが、私の心に面白いという感情を植え付けた。
「止まり木なら、あるだろうさ」
 これまた予想外の回答に細めていた目を開く。思いっきり視界に映した太陽に僅かな痛みを感じつつ、逃げるよう靴を脱ぎアーチャーさんの後へと回り込んだ。
「なんか、意外」
 背中合わせになるよう座り直し、頼りがいのある背に体重を乗せる。
「君が持つ私の印象を、じっくり聞いてみたいものだな」
 女一人の重みなど気にするまでもないと言いたげな態度で、アーチャーさんは三度規則正しい音を刻みだした。
「アーチャーさんの印象、ねぇ……」
 料理上手とか、可愛い弟とか、思う事は色々あるがどれもしっくりこない。
「そうね……共犯者になってくれそうな人、かな」
「……なんだそれは」
 呆れて物も言えぬとついたため息が、背中越しに振動として伝わってくる。
 誰かの為ではない、自分の為の正義。
 歪みきった信念、理想の果てにもたらされた解答の体現者。
「ふふっ」
「自分で言ったことに笑うとは、よほど変人扱いされたいとみえる」
「いーじゃない、別に」
 自分から発生した振動が、他者を伝わって戻ってくるのが面白い。つまらない日々など存在しないと立証するような感情を大切にすくい上げ、こんな日常も悪くないと目を閉じた。
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