遭遇

 覚悟だけは誰よりもある。
 長い年月を経て洗練された想いは力となり、刃になる。
 だから……この身一つで生きる力を。



「切嗣、私はあの子を守れているのかしら」
 必要以上の手出しはせず最低限の補助のみで、弟を守る事が出来ているのだろうか。所々煤けたスカートが視界に入る度、先程まで捕らわれていた暗闇を思い出す。
 厄災がはびこる世界で切嗣と初めて会った。魂をすり減らすほどの後悔を抱いた存在に、一瞬で目を奪われた。
 それはいつかの私。
 まだ世界が青かった頃の、遠い記憶。
「士郎って凄くトラブルメーカーなのよ」
 さすがアナタの子供だわ。
 心の中で付け加え、墓石の前に膝をつく。
「それにとっても女たらしなのよ。誰に似たのかしらね?」
 当人に告げたら激昂して反論されるだろうけれど、今この場には私一人しかいないのだからかまわないだろう。
「不憫な世界」
 想いは溢れているのに、ボタンを掛け違えたかのように上手くいかない。
「桜ちゃんって子がいるんだけど……最近ちょっと心配でね。どこまで関与するか悩んでるの」
 黒い渦からは僅かながら彼女の存在が感じ取れた。一つの街に造られた聖杯が二つ。最近増えている物騒な事件も、おそらくは彼女の仕業だろう。
 分かっているけれど、何も出来ない。
「第三者って、結構辛いものなんだね……」
 見守るだけの存在がこんなに辛いとは思わなかった。
「私はいつだって私を信じているけれど」
 何事にも怖じ気づくことなく、常に前を向き続ける衛宮士郎という存在に、僅かながら引きずられたのかもしれない。
 これは私が関与していい戦いではない。あくまで衛宮士郎の戦いだ。けれど……バックアップという名目を翳してまで自分という存在を動かす理由は。
「切嗣、誰もが幸せだと思える世界って、存在してもいいのかな」
 全ては望まないけれど、自分が知る人達が幸せであれば嬉しいと。小さな世界の幸せを願う事は許されるでしょうか?
 これ以上関わったら変えてしまうかもしれない。
 でも、もし……変更を容認してくれる存在がいたならば。そうしたら、私は――。
「覗き見とは素敵な趣味をお持ちですこと」
 屈めていた背を伸ばし、背後に現れた気配に言葉を掛ける。
「こんな夜更けに何をしているのかしら、お嬢さん」
 鈴が転がるような綺麗な声。
「お墓参りですよ。なかなか来る機会が無かったので」
「それならば昼間に来ることね」
 殺気を込めた音と共に襲いかかる衝撃は、体に到達する前に霧散する。
「随分攻撃的なんですね、キャスターさん」
 女の呼び名を口にし振り向けば、紫のフードを目深に被った存在が立っていた。彼女の周りに赦しはなく、明確な敵意だけが溢れ出す。
「イレギュラー」
 それが私を示す単語だと知っていた。
「あまり良い気分がしませんね、その言葉」
 暗闇でも分かるようはっきりと顔を顰める私とは裏腹に、キャスターは楽し気に口元を歪めた。
「マスターならば、殺されても文句は言えないでしょう?」
 台詞と共に襲いかかってくる衝撃派を紙一重で躱す。
「ちょっと、お墓に傷が付いたらどうしてくれるんですか。高いんですよ、墓石って!」
「あら、ならば逃げなければいいだけでしょう?」
 弱者をいたぶるのが趣味だと言わんばかりに、連続して繰り出される攻撃。さすが神代の魔女といったところか。
「さぁさぁ、どうするの、子猫ちゃん?」
 凛ちゃんのガンドにも劣らない早さで繰り出される魔術は、全てが即死級。掠りでもしたら当たった部位が丸ごと持っていかれるのではないかと思える重圧感。
「面倒だなぁ」
 逃げ回る私に苛立ちを募らせてか、キャスターさんの口元がへの字に歪んでいる。
「そろそろ諦めたらどう!?」
 次々と壊れていく墓石に申し訳なく思いながら、漸く逃げることを止めた。
 辺り一面は無残な姿を晒していて、死者が這い出てくるような錯覚すら覚える。ああ、絶対恨まれるなぁ、これは。脳の片隅で厄介だ、面倒だ、と繰り返しながら眼前のキャスターさんに向き直った。
「やっと観念したの? ならば死になさい」
 この場にいるのが間違いだと魔女は語る。
 気に入りの服についた汚れは洗っても落ちそうにないし。
 なにより、今ここで退場するわけにはいかない。衛宮彩香という存在である私にも、物語の行く末を見る権利はある。そうでしょう? 切嗣――。
 あの日、燃えさかる炎の中で私に家族をくれたから。だから……家族を守っても、いいよね?
「当たると、誰が決めたの」
 キャスターさんが繰り出した攻撃は、私の髪を揺らして背後へ吸い込まれた。
 私の紡いだ言葉に驚いた気配を纏って、魔女は苦々しそうに言う。
「貴女……言霊使いね」
 厄介な存在だと、魔力を充填しはじめる。
「そんな大層なものではないですよ。ただ、最近の人が忘れてしまっていることを忠実に守っているだけ」
 言葉には力が宿る。
 それを忘れた存在が宿る力を操れるハズがない。
「ただの古い人間ですよ、私は」
「そうは見えないけれど」
 キャスターの魔力に引きずられるよう空間が軋みを上げ、啼く。
「ちょ、こんなところで使って良いレベルじゃないでしょう!」
 巨大な魔方陣が空を彩る。まったく、サーヴァントというのは周りを顧みなさすぎる。壊れた物が元に戻るには莫大な時間を必要とする。それを破壊者達はまったくといっていいほど理解していない。
「ああ、もう話すら聞いてくれないわけ!?」
 私から視線を逸らさず一心に何かを唱えるキャスター。いよいよ魔方陣が稼働し始めたのを見て、冷たい汗が背を伝った。
「いい加減に……!」
 私が片手を振り上げるのと、キャスターを攻撃したものが居たのはほぼ同時だった。
「きゃあ!」
 無数の剣がキャスターに降り注ぐ。
「帰りが遅いと迎えに来れば、随分楽しそうではないか彩香」
「ギル様!」
 逢いたいと思っていた金の存在が視界に入る。それだけで胸が締め付けられるような気分になるのは何故だろう。
「前戦は楽しかったか?」
「そこそこに、ね」
 私の横に立ち、顔に付いた汚れを拭うようギルガメッシュの手が頬を辿る。
「汚らしいぞ」
「華麗に立ち回った代償ってやつね」
 ところどころ泥の名残が残る無残な服。それでも、私は帰ってきた。
「あ、貴方は……」
 私達を見て言葉を濁らせるキャスター。ギルガメッシュが放ったと思われる攻撃は、彼女のローブを所々切り裂いていた。致命傷というわけではなさそうだけれど、紫を染める赤さが見てて痛々しい。
「未だ居たのか」
 興味がないとギルガメッシュは鼻を鳴らす。
「疾く去ね。死にたくなければな」
 今なら見逃してやると告げるギルガメッシュを前に、己の不利を悟ったのかキャスターは姿を消した。
「助けに来てくれたの?」
 僅かな期待を滲ませ問えば「迎えに来ただけだ」とギルガメッシュが言う。
 目障りだったから攻撃しただけだと、相変わらずの尊大さで言い切る。
「何にせよ助かっちゃった。ありがと、ギル様」
 礼を口にすれば、ギルガメッシュの眉が僅かに上がる。
「彩香よ」
「ん?」
「それはどうした」
 私の足下に焦点を合わせるギルガメッシュに促され、私も自分の足下へと視線を移動させる。
「あー……」
 くっきりと残る手形のような痕。
 おそらく渦に引き込まれた時についたものだと推測されるそれ。
「座れ」
「え?」
「座れと言ったのだ」
「あ、うん」
 近くの段差に腰を下ろすと、ギルガメッシュが私の前にかがみ込む。
「え、な、なに?」
 視線はそのままに痕の残る左足を片手で持って。
「――ッ!?」
 あまりの衝撃映像に記憶が飛ぶかと思った。
 これがドラマや映画の中の出来事ならば、ここまでの破壊力はなかったに違いない。ただ、今ソレをやられているのは私であって、ソレをやっているのはギルガメッシュという英雄王なのだ。
「ぎ、ぎぎ……」
「我は自分の物に手出しをされるのを嫌う。お前とて知っておるだろう」
 にやりと口端を歪め、行為を再開するギルガメッシュ。
 いっそ死んでしまいたい。むしろ今この瞬間記憶喪失になりたい。
 なんで、よりにもよって、ギルガメッシュが。
「な、な……ッ!」
 私の足に口付けているのか。
 痕を辿るよう赤い舌が動く。視線を逸らすことの出来ない現実の前で、私は無力すぎた。
 何故、どうして、何の為に。同じ言葉が脳内を圧迫して、意識が焼き切れそうだ。完全に固まってしまった私に気付いてか、舌を這わせたままギルガメッシュが笑った気配。
「消毒だ」
 凍り付いた思考に投げかけられた音に。
「どんなエロゲよ、それ!?」
 夜更けということも忘れ、腹の底から憤りを吐き出した。
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