太陽の声
陽が嫌いな自分でも曇りの日は目が覚める。あの雲のせいで月が見えないけれど、あの人と長く話せるのが嬉しかったんだ。
嵐の時の雲はいつもの真っ白いものとは全然違くて、見えるもの全てが暗く見えた。唯一、輝いて見えるのはその雲の中の稲光だけだった。僕はこの光が好きだった。僕の嫌いな太陽のような輝きではないからだ。心が落ち着く。僕はその光をずっと見ていた。この屋敷で一番大きな窓からじっと。
「レイヨン? 何見てるんだ?」
外を見ていたから気がつかなかった。僕を呼ぶのは父、ソレイユだった。僕の尊敬している人でもある。
「父さん。雷って好きですか?」 「ん。どちちかと言うと嫌いかもな。どうも、あの喧しい音には耳を塞ぎたくなる」
うんざりしたように言う父。確かにあの音は煩い。だけど、僕は好きだから落ち込んでしまう。
「だけど、お前と同じで月は好きだぞ」
ニカッと笑う父に思わず吹いてしまった。これだから父は好きだ。僕を落ち込ませる事はしない。
「あ、そうだ。レイヨン。頼みがあるんだが良いか?」 「何?」 「ここの部屋今からちょっと使いたいんだ。だから、貸してもらえないか?」
困り顔で尋ねる父に僕は良いよ、というと父はほっとした顔をした。
「ありがとう、良い子だ。」
父は僕の頭を撫でる。僕の頭の位置まで下がってくれた。僕は笑ってその部屋を出た。いや、出ようとしたという方が正しいか。
「…リュイール。入って良いぞ。これから話をする」 「はい…」
父は僕が出て行ったと思うとある人を呼んだ。僕と父の執事であるリュイールだ。一体何の話なのだろう。気になった僕は見つからないように隠れ、その話を聞く事にした。心の中で父に謝りながら。
「そこのソファーにでも座ってくれ」
父はリュイールを一番近くのソファーに座らした。この部屋で話をするという事は何か重要な話があるのだ。何故かと言うと大事なお客が来た時とかに必ずこの部屋に通すからだ。僕を退席させる程の話とは一体何なのだろう。僕は息を潜めてじっとしていた。
「君がここへ来てもう一年だな」 「はい。早いものですね。この一年は私にとって、とても楽しいものでした」
暫く他愛にない雑談が続いた。しかし、その話を聞いていると、様々な記憶が蘇り、涙が出た。
一年前。リュイールがこの屋敷に来た時は僕の母のお葬式の日だった。その日は皮肉であるかの様に太陽が輝いていた。何でこんな美しい日に母を亡くさねばならないのだろう。その天気とは裏腹に父と僕は大雨のような涙が止まらなかった。それから僕は太陽が嫌いになった。太陽の下に出れなくなった。僕は母を好きだった。僕の事を誰より思ってくれて、心配してくれる母が誇りだった。僕は何で、としか言う事しか出来なかった。 悲しみに打ちひしがれる中、一つの光が差し込んだ。その晩、この屋敷に訪ねて来た人がいた。それは一人の優しそうな女性だった。
「私はお二人の大切な人に助けられました。今度は私が助ける番。どうか守らせて下さい」
深々と頭を下げ、お辞儀をする彼女。父は泣き腫らした顔を上げ、枯れた声を必死に出して尋ねた。
「貴女の名前は?」 「リュイール・アルマナと申します」
母のように優しい笑顔。僕はまた涙が伝う。それは父も同じだった。
「…宜しく」 「はい。ソレイユ様。レイヨン様」
それから、リュイールがここで暮らす事になった。父と僕の執事として。女性は普通、執事をしないけれど、リュイールが希望したのだ。己のしっかりとした責任感の象徴だそうだ。それでも、僕は一緒にいてくれる事が嬉しかった。
「それじゃ、今日呼び出した事だが…」
僕はビクッ、となった。父が真剣な声なったからだ。声のがトーン下がる。ついに本題に入るのだ。
「貴女には執事を辞めてもらいたい」
僕は耳を疑った。父からそんな言葉が出てくるなんて思ってもいなかった。執事を辞めるという事はここからいなくなるという事。そんなの嫌だ。僕は思わず、父とリュイールの目の前に出て、叫んでしまった。
「リュイールがいなくなるなんて嫌だ!! いくら父さんでも許さない」
僕は必死で言った。きっと、凄く怖い顔をしているんだろう。だけど、僕のこんな姿に父は大きな声で笑った。何が可笑しいのだろう。僕は理解できなかった。
「焦り過ぎだよ、レイヨン」
父はそう言うと自分のポケットから小さな箱を取り出した。そして、ゆっくりと開けた。
「我達の大切な人になって欲しい」
この箱には美しい飾りが付いた指輪が入っていた。そういう事だったんだ。僕はそれを見て笑顔になった。
「はい。私なんかで良いのでしたら」
リュイールは涙を流しながら、笑った。暖かい声。リュイールは僕の太陽だった。嫌いな太陽が大好きになったんだ。
end.
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