夕日を見つめる横顔、悪戯に上がる口角、大きくて暖かい手。その全てが好きだった。大好きだった。

「もう、此処には来ないでくれないかな?」
「どうして…そんな事急に…」
「どうしてって…ただ君の顔が見たくなくなっただけ」
「…私、何か気に触るような事しましたか?」
「…別に」
「じゃあ…!」
「しつこいなぁ。物わかりの悪い子は嫌いなんだ。それじゃあね」
「待って!総司さん!」

まるで猫のように気ままな人だった。だけど何時もとは少し違った。どこまでも冷えた声だけが、私の胸に突き刺さり、振り返る事もせずに去っていった、あの人の背中だけが目に焼き付いていたあの日。

「…幻って訳じゃなさそうだね?まさか、また君の姿を目にするなんて思いもしなかったよ」
「総司さん…!」
「だけど、何の冗談なのかな?君が今僕の目の前にいるなんて」
「会えて良かった…!…私、全部調べたんです。総司さんが労咳だって事も。…あなたがもう、人でない事も」
「…」

私と彼は、京の寺で知り合った。買い物帰りにみかけた、彼と遊ぶ子どもたちの中に、私の弟がいた事がきっかけとなって。まるで自分も同じ年頃かのように子どもたちと遊ぶその姿に、最初は「おかしな人」くらいにしか思っていなかった。もちろん新選組の噂を京で知らぬ者がいるはずもなく、彼がその一番組組長だと知った時には驚いたが、会う機会が増え、交わす言葉が増える度に私は確かに彼に惹かれた。言葉にすることがなかったから、真意はわからいけれど、たった一度だけ、優しく抱きしめられた事があった。その時、いつ死ぬかもわからないけれど、この人が私をどう思っているのかもわからないけれど、この人の側にいたい。そう強く思った。なのに、世の中は不公平なもの。我儘一つ言わずに育った私のたった一つの願いさえ、意図も簡単に打ち砕いた。
総司さんに別れを告げられ、あれから幾度となく出会った寺へ足を運んだけれど、彼の姿が現れることはなく、ただ無情に時間だけが過ぎていった。だけど彼を忘れる事は疎か、日を重ねる毎に強くなる思い。その思いに比例するかの如く、世間は私から彼を遠ざけていく。情勢は、幕軍は今や国賊。つまり、新選組である彼はもう、この京にはいない。それでも忘れられないこの思いをどうにかしたくて、私は彼に関する全ての事を、ありとあらゆる手を使い、調べ上げた。そして辿り着いた。彼が何故、急にあんな事を言ったのか。そして、その後彼がどうなったのか。聞いた話しでは、松本良順先生が新選組を訪れたという時期と、彼が私に会わなくなった時期は調度同じ頃。本当は心の優しい純粋な人だった。だからきっと、私や子どもたちに移さぬよう何も告げず、総司さんに去る事を決めさせた労咳という不治の病が私の思いを引き裂いた最初の原因だったのだろう。そして、そんな彼は、死ぬまで剣として生きる事を決めた。人でなくなってまで。

「先に言っておくけど、此処から先へは通さないよ」
「通る必要はなくなりました。元々、私は浪士達が新選組副長のところへ行くと聞いたので、後をつけただけです。其処に行けば、もしかしたら、貴方に会えるんじゃないかと思って」
「…あの鈍臭いお嬢さんが随分と小汚い事をするようになったもんだね」
「貴方に会いたかったんです!ずっと…。総司さん、そんな姿になってまで、どうして?…近藤さんはもう…」
「…君こそ、京にいた家族はどうしたの?」
「…貴方が忘れられなかった!…だから新選組の動向を探って飛び出して来たんです。もちろん、随分苦労はしましたけど…」
「…本当に君は馬鹿だね。僕はもう…僕の体はもう…」

地に剣を突き刺したまま、立っているのがやっとだという姿の総司さんに息を飲む。会えなくなり、幕軍が国賊になった時から、彼が労咳だと知った時から、彼がもう人でなくなったと知った時から、何時か総司さんに二度と会えなくなる事はわかっていた。何度も、今頃はもしかしたら…なんて嫌な想像を頭を過ぎらせながら旅をしてきた。だけど僅かな望みを捨てずに続けた、彼には言えない女という事を武器にしてきた汚い汚い旅。今のこんなご時世じゃ、情報を得ながら女1人旅なんて楽に出来やしない。そうまでしても、たった一目でいいから会いたかった。

「総司さん…」
「っ来るな!」

一歩彼に向かって踏み出せば、息使いの荒い張り上げられた声に、自然と体が動きを止める。本当は側に駆け寄って今すぐ抱き締めたい。だけど、私の勘が告げる残り僅かであろう命を燃やす彼が、そうさせてはくれない。どうして、どうしてなの。最期くらい、せめてもっと側に。そんな思いが込み上げ、私の頬を悲しみの涙が伝った。

「…最期に、君に会えて良かった。あの時は言いそびれちゃったんだけどっ…僕は…君を愛してる」
「っ総司さ…!」

次の瞬間、彼の体は灰となり、形を失った。ついさっきまで其処にあった姿。私が忘れられず、己の持つ全てを捨ててまで必死に探し求め続けたその姿は、私の願いと引き換えに、一瞬にして、この世から消えた。ずっと聞きたかった最初で最期の、私への思いの言葉と、彼が人生の全てをかけた、刀だけを残して。


(それは、生涯消える事はない)



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企画サイト僕の知らない世界へ様へ提出。
コンセプトは、アニメ版の総司最期のシーン。が、こんな事に…素敵なタイトルなのに申し訳ないです。