ねぇ知ってる?1番好きな人と結婚出来ないのはどうしてなのか。それはね…、そこで言葉が止まり、重たい瞳を開いたんだ。

「おはよう、菜摘」
「銀ちゃん…もしかして私寝ちゃってた?」
「ああ。銀さんの事なんかほっぽいて、ぐっすーり気持ち良さそうに寝てたぜ」

辺りを見渡せば見慣れた白髪頭に、見慣れた街並みを写すフロントガラス。そういえば、私は今日銀ちゃんにわざわざ頼み込んで必要な物の買い出しに来てたんだっけ。それなのに運転を人に任せっきりで、堂々と助手席で寝てしまうなんて…私は随分と図々しい神経を持っているみたい。

「…ごめんね。付き合ってもらってるのに」
「冗談だから気にすんな。疲れてんだろ?」

『あんま無理すんなよ』と、そう言って優しく、柔らかく、微笑みながら私の頭を撫でる銀ちゃんの大きな手が、胸を痛いくらいに締め付ける。だって…その手を握り締めたくなる衝動に駆られてしまうから。…握り締めることなんて、出来やしないのに。

「大方必要な物は揃ったか?」
「うん。大丈夫」
「そっか。…それにしても、菜摘が結婚か…」
「ハハッ。びっくりだよね。私も自分でびっくりしてるよ」
「…こうやって一緒に出掛けることが出来るのも、今日で最後、だな」
「…そうだね」

初夏の匂いが漂い、懐かしさが込み上げる。銀ちゃんと出会って何度同じ季節を過ごしてきたのだろう。けれど、それも今日で最後。私は、来月結婚する。だからこそ、出来れば今日は結婚の話をしたくはなかったのに。自宅へと向かう帰り道は、やけにゆっくりと感じた。このまま時が止まってしまえばいいのに、そう思ってしまうほどに。

「…元気でな」
「…うん」
「あんま旦那さん困らせんなよ」
「…うん」

どうして今日に限って車を降りて見送るの?そんな問い掛けなど不必要。答えは簡単だから。これが最後だから。必死に我慢していた感情が、堪えきれずに頬を伝う。そんな私に、銀ちゃんは言った。

「…幸せになれよ」

そして瞼に触れるだけの優しいキスを落とし、背を向けた。その瞬間、あの夢の続きを思い出したんだ。
だから私は、もう二度と見送ることのない背中に、心の中で呟いた。『さようなら、』と。
ねぇ知ってる?1番好きな人と結婚出来ないのはどうしてなのか。それはね…、1番好きな人は、結ばれなかった、忘れられない大切な人だからなんだよ。




(さようなら、忘れられない大切な人)



2009
銀ちゃんって好きとか言わなさそうという勝手な妄想。
title/nichola