今でもそう思ってしまうのは、其処に長く居すぎたからなのかもしれない。もちろんそんなつもりはなかった。だけど、気付くと近付いていた距離に、何時の間にか其処を離れることが出来なくなっていた。何度思った事だろう。



そう何度願った事だろう。



サスケくんに匿ってもらい、2週間が経った頃、痛めた足はもう随分良くなっていた。どうやら思った以上に彼は面倒見が良い方だったらしく、絶対に纏めて持って来るだろうと思われた食糧は数日分にしては少なく、だけど毎日のように届けられ、おまけに2日に1度は何故か一緒に食事を取るようにしていた。その理由を尋ねた事はもちろんあるが、返ってきた答えは「あいつらと摂るよりお前と摂った方がマシだから」という謎の言葉。そして、「お前こそ、何で俺に付いてきた」なんて自分で提案しておきながら今更な質問をされる始末だ。何故と問われれば、こうだという答えこそ持ち合わせてはいなかったけれど、敢えて言うなら、彼は何処か私と似た匂いがしたから。あくまで勝手な推測だけど。それに、いくら同じ忍とはいえ、あんな暴言を吐いた私を殺すこともせず、逆に面倒を見る彼がどうしても悪い人には思えなかった。それは今でも同じ。

「足はもう随分良いみたいだな」
「うん。お陰様で。ありがとう」
「別に礼を言われる事はしてねぇ」
「でも、ありがとう」
「…火の国へはいつ向かう予定なんだ?」
「それなんだけど、そろそろかなと。いつまでもサスケくんに迷惑はかけられないし」
「別に迷惑なんて思ってねぇよ。居たけりゃ気が済むまで居ればいい。出て行きたくなりゃ何時でも出て行けばいい」

確か、最初に連れられて此処へ来た時も同じ様な事を言われた気がする。出て行きたくなればの件だけだけど。

「…もしかして、私が出て行ったら一緒に食事を摂ってくれる人がいなくなって寂しいとか?」
「は?」

少しからかう様に言えば、「んな訳あるか」という愛想もない返事が返ってきた。だけど、少しはにかみながら言った彼をからかう様に「夏の旅路は暑くて困るし、近頃初夏が近いせいか随分暖かくなってきたから、秋にしようかな」と言ってみたら、意外にも「好きにしろ」と返され、たった2週間で随分心地よくなったこの場所に、もう少し居てもいいかな…なんて思ってしまった。
そして、それから数ヶ月間、私は結局火の国へ向かう事をせず、サスケくんに匿ってもらったままの生活を送った。2日に1度は一緒に食事を摂る事も続いたせいか、話す事も増え、随分彼と私はこの数ヶ月で打ち解けていた。そうした中で、時折ボロボロな姿で現れる彼が心配になり、忍とはそんなに過酷なものなのか、という疑問をぶつけ、彼が抜け忍であり、ある目的の為に修行の毎日を送る事も知ったりした。その目的は頑なに教えてはくれなかったけど。そんなある夏の終わり頃の事だった。

「っおい!何してやがった!」
「あー、ちょっと其処まで気分転換に行ったら綺麗な花が見えたから持って帰ろうと思って失敗しちゃって…」

本当に散歩がてらに外に出た時、珍しい花が咲いていたから摘んで帰ろうと手を伸ばした。ただ、その花が咲いていた場所は、崖っぷちだったため、バランスを崩して落下。何とか這い上がってきたものの、夜も遅く、おまけにあちこち怪我してボロボロだ。私が小屋に居なかったのを気にしてか、戻ってみると小屋の中にはサスケくんの姿があり、私を見るなり怒声が飛んだ。まさかそんなに怒られるとは思って無かったから、少し驚き、戯けて言ってみせたけど、逆効果だった様で、彼の顔付きは見る見る内に不機嫌になっていく。

「バカが!また足痛めてんじゃねぇか!」
「あー、うん」
「うん、じゃねぇよ!このウスラトン…」
「?」

途中で鳴り止んだ彼の怒声に首を傾げた。今、ウスラトンの続きを言おうとして、だ。一体何を言うつもりだったのかはわからないけど、彼の声が途中で止まり、俯いた事を不思議に思い、顔を覗き込んだ。そして息を飲んだ。それは、サスケくんの表情が今までに見た事がない、痛々しい表情だったからだ。

「…サスケくん?」
「…クソが」
「!」

恐る恐る声をかければ、弱々しく呟き、その呟きとは裏腹に、力強く私を抱きしめた。突然の事に、何が起こったのかわからず、私はただサスケくんの腕の中で硬直する事しか出来ない。

「…あ、あの」
「…これでまた火の国に向かう時期が延びるな」
「え…えっと…」
「次期にすぐに寒くなる。忍でもないお前にとっては、冬の旅路も辛いもんだ」
「そ、そうかも…」
「…しばらく此処にいろ」
「!」
「もう少しだけ、側に…」

そう言って、更に私を強く抱きしめた腕。耳元で呟かれたその声は、今にも消えてしまいそうで、まるで彼の痛みが伝わってくるような感覚に胸が締め付けられ、「もう少しこの人の側にいたい。せめて、もうすぐやってくる冬が終わるまでは」と思い、自然と頬を伝う涙に、彼の背中へそっと手を回した。

ずっと側にいたい、その時の私には、何も出来なかったけれど、その思いとあの感触を、今でも忘れる事はない。