並盛中学を卒業し、高校に上がってすぐの頃だった。夜間の見回りに出たある日、遅咲きだった桜の木に佇む人影を見つけた。公園の中にあったその木は街灯に照らされ、暗闇の中に居ながらも美しさを失わず、だけど何処か儚い。そしてその人影は、桜と同じ様に、手を延ばせば消えてしまいそうな表情を浮かべている、ある1人の女生徒だった。こんな時間に何をしているのか、そう問いただそうにも、桜に近寄る事が叶わない僕は、声を掛ける事すら出来なかった。そしてその数日後、彼女は突然、うちにやって来た。僕の姉として。


Act.02


父親がそれを告げたのは、彼女がやって来る当日。「お前には腹違いの姉がいる。母親が亡くなって身寄りがいないから、今日からこの家に住む事になった」なんて馬鹿な事を言い始め、当然の如く母親と喧嘩だ。どうやら、父親には母親と結婚する前に付き合っていた女がいたらしいが、実はその女が自分の子どもを生んでいたというベタなドラマのような事実があったらしい。おまけに父親がそれを知ったのは、その女が余命幾ばもない頃。つまりは自分の知らないところで隠し子が存在していた、という事だ。自分の父親ながらに何て情けない、と思うものの、こうと決めたら絶対に譲らない性格のため、口を挟んだところで何の意味もない。どうするにせよ、僕に迷惑だけはかけないでと念を押し、玄関を出た。

「あの、此処は雲雀さんのお宅で間違いないでしょうか?」
「…そうだけど。君…確か」
「今日からお世話になる、神崎菜摘といいます。一応今日から雲雀菜摘になるのですが」

くだらない口論に付き合う暇もなく、その場を後にし、そろそろ見回りに出ようと自宅の敷地内から一歩外へ出た時、僕と同じ年頃の女生徒に声をかけられた。それは、数日前見回りの途中公園で見た人物と同じ。だが、彼女の名乗った名前に、つい今しがた聞いた父親の言葉を思い出す。まさかあの時の女生徒が僕の腹違いの姉だったとは。自然と溜息が零れるが、それ以上特に何も思う事はない。面倒とはいえ口論を続ける両親が来訪に気付く可能性は零に近い。よって放っておく事も出来ないため、彼女を自宅内へと招き入れる。わざわざ今履いたばかりの靴を脱いで、だ。

「お世話になります」

案の定、口論真っ只中だった両親に構う事なく彼女を通せば、父親は「よく来たな」と、安堵した表情を浮かべ、母親はより一層眉間に皺を寄せた。自分が一体どういう立場なのかわかってるであろう彼女は、申し訳なさそうに、だけど、はっきりとした口調で言葉を紡ぎ頭を下げる。そんな態度により一層腹ただしさを増したのか、母親は「私は認めた訳ではありませんから」と苛立ちながらその場から去り、僕もこれ以上の用はないと、再び見回りに出かけようとした。

「あの…」
「何?」
「まだお名前を伺ってなくて…」
「…恭弥。雲雀恭弥」
「恭弥くん、ですね。明日から一つ上の学年になりますが同じ高校に通うので、学校でもよろしくお願いします」
「…君がどこの誰でも構わないけど、僕に迷惑をかける事だけは許さないよ」
「はい、気を付けます」

去り際にかけられた言葉には、何処か感情というものが籠っていないような気がした。最初に玄関口で会った時から感じていたそれは、先日の草食動物のような表情を浮かべていた彼女とは打って変わっていた。強かで聞き分けの良い優等生、という印象を与えるが、それは機械のようにさえ思えた。まるであの日、心を捨ててきたかのような、それ程公園で見かけた時の彼女とは印象が違う。

「…君、随分と聞き分けが良いんだね。でも、いくら強がったところで、君の本質は草食動物だよ」

それだけ言い残し、今度こそ僕はその場を後にした。それが彼女と初めて交わした視線、言葉。あまりにも違う目をして、突然僕の前に現れた彼女にさほど興味は無かったが、何故彼女の目が変わったのか、という事は後に知る事になる。

「おい、恭弥。こんなところにいたのか」
「…跳ね馬。何の用?」
「何の用じゃねーよ。もう式始まるぞ。親族のお前がこんなとこにいてどうすんだ。早く来い」
「…そんな事、いちいち君に言われなくてもわかってるよ」

座り込んでいたベンチから腰を上げ、急げと煩い跳ね馬の後を嫌々ながらに歩き、式場へと向かう足はもちろん重たい。やっぱり来なければ良かった。そう思うであろう事も覚悟の上だった。が、現実はそんなに生易しいものじゃないらしい。

先程控え室で会った彼女の目は、最初に姉として僕の前に現れた時と、同じ目をしていたから。