イタリアボンゴレ本部の敷地内にある大きなプール。この時期には毎年大いに活用していたはずなのに、今年は誰1人として見当たらず、ただの池のようになってしまっている。一体あれをつくるのに、どれだけの経費がかかったのか、そう考えただけで、自ずと溜め息が零れた。だが、それもこれも仕方がない事。プールを作ると決めたのは10代目だ。彼の決めた事は今まで何一つとして間違いなどなかった。だからこれでいい。そう自分に言い聞かせ、プールを横目に廊下を再び歩き出した時だった。隅の方に見えた人影。それが誰なのかを確認し、俺は廊下からテラスを抜け、人影の方へと進路を変えた。

「こんなところで何なさってるんですか?」
「あ、獄寺くん。今日はお仕事ないの?」
「俺は今日非番です。それより、こんなところにいて大丈夫ですか?今日はいつもより気温が高いですよ」
「うん、大丈夫。だってこうして足を水に浸けてるから」

そう言って、彼女はプールに浸けていた足をパタパタと動かせた。その振動で飛び散る水滴は、放って置かれていた筈なのに、濁る様子もなく、むしろ妙に澄んでいる様に思えた。いや、澄んでいるのは水ではなく、水を散らせた彼女なのかもしれない。10代目の恋人である彼女は、体が弱く、今日のような暑さの中に少しいるだけでも倒れてしまう。だが、そんな体とは裏腹に、心はとても強く、美しい。それは、10代目とよく似ていて。

「せめて日陰の方に入ってください。あなたに倒れられたら、10代目に会わせる顔がありません」
「…ねぇ、獄寺くん」
「ん?」
「ツナ…帰ってくるよね?」

ふと、そう呟いた彼女の肩が震えていた。下を向いているせいで表情は見えないが、いつもの気丈な彼女の姿ではなく、愛する人の安否を心配する女の姿だった。彼女のそんな姿を目にするのは、初めてだった。確かに今、ボンゴレは対立するマフィアとの抗争で危機的状況にある。10代目が自ら乗り出すほどに。今、守護者という立場にありながら、俺がこの屋敷にいるのは、10代目に彼女の安全を任されたから。彼女はそれを薄々感じているのだろう。だからこそ、俺は返答に迷っていた。10代目は無傷で帰ってくると、軽率な事は言い切れないほど、戦況は厳しいからだ。それでもここに残り、彼女を守ると決めたのは、他の誰でもない俺自身。強く唇を噛み締め、俺は彼女を抱き上げた。驚く彼女を横目に、近くにあった木陰のベンチへそっと降ろす。「どうしたの?」と驚きながら尋ねてくる彼女に答えることなく、テラスに置かれていたタオルで、濡れていた彼女の足を拭いた。

「同じです…」
「え…?」
「あなたと同じです。俺も。…それでも10代目は必ず戻ってくると信じてます」
「!」
「だから…それまで、10代目が戻ってくるまで、俺はあなたを守り抜きます」
「獄寺くん…」

顔を上げ、視線を彼女に向ければ、瞳には溢れんばかりの涙。つい口にしてしまうほど不安だった気持ちは俺も同じだ。だが、信じたい、いや信じているという気持ちもまた、彼女と同じだ。10代目が心から大切に思っている彼女を守りたいと思った事も。ただ10代目が選んだ女だから、というだけではない。彼女だからこそ、だ。恋愛対象としてではない、とは言い切れない気持ちもある。だけどそれは、彼女を自分のものにしたいという気持ちともまた違っている。あえて言うならば、この気持ちは、俺が10代目に向ける気持ちによく似ていた。

「約束します。10代目が戻るまで…いや、戻ってからも、俺はあなたを守ります」

水で濡れていた彼女の足を拭き終えた後、俺はその美しい足先にそっと優しく口付けた。






120413
頭にあった背景はパラレル10年後ミルフィvsボンゴレってな感じでした。