手元に届いた1通の手紙。差出人は、2人。久方ぶりに目にした名前と、初めて目にした名前。それはあまりにも残酷なものであると同時に、僕が嫌う束縛から解放してくれるものだった。突然現れ、そして突然去って、終いにはこんな手紙を送り付けてくる始末。そんな身勝手な行動は、やはり血筋なのだろう。そう思うと、唇から乾いた笑みが零れ落ちた。


Act.01


僕の心情とはまるで真逆のような、澄み渡った青い空と朝の眩しい光に目を細める。もう数ヶ月も前から、今日という日が来る事はわかっていた筈だ。それでも、何処かでまだ認めたくないという気持ちが、この体を動かせてはくれない。

「恭さん、そろそろ…」
「わかってるよ」

いい加減、腹をくくって準備に取りかからなければならないと、立ち上がったところで哲に声をかけられ、気分は更に降下する。そう、わかっている。親族である僕が、今日という日を欠席するわけにはいかない事くらい。嫌々ながらに、壁に掛けられた冠婚葬祭用のスーツに腕を通した。

「沢田氏や他の方々は先に向かわれるとの事です」
「…そう。元より一緒に行くつもりなんてないけど、別に来なくてもいいのに」
「流石にそういう訳にも…」
「…表に車を回しておいて」
「はい」

そう言って、部屋から立ち去る哲の姿を確認した後、引き出しから、数ヶ月前に届いた一通の手紙を手に取り、差出人の一人である「雲雀菜摘」の名前を目に焼き付け、再び引き出しに閉まう。二度と目にする事のないその名前を最期に見ておきたかったのは、未練からなのか。それとも、断ち切るためなのか。

「車を回しました」
「…すぐに行くよ」

此処へ帰ってきたらあの手紙は燃やしてしまおう。久しぶりに目にする彼女を前に、自分の心がどう動くかなんて事はわからない。それでも、今日という日が終われば、振り返らない。振り返ってはいけない。そう心に言い聞かせ、一歩踏み出し、表に止まっていた車へと乗り込んだ。

「遅せーぞ、雲雀」
「…君達、群れ過ぎだよ」
「まぁまぁ、今日くらいいいじゃねーか。めでたい日なんだし」
「…」
「雲雀さん、菜摘さんの控え室に行ってあげてください」
「…そんな事、いちいち君に言われなくてもわかってるよ」
「んだと!雲雀!てめぇ10代目に!」
「獄寺くん、いいから」

式場に着くなり現れた、草食動物の群れに蕁麻疹が出そうになる。ただでさえ気分が頗る悪いにも関わらず、わざと僕の機嫌を逆撫でしているのか。喚く草食動物達を背に、控え室へと足を向け、その扉を2回ノックすれば、返ってきたのは、あの日から何ら変わりない、彼女の声。それを合図に、握ったドアノブに力を込め、扉を開いた。

「…恭弥。来てくれたんだね」
「…来ない訳にもいかないからね」
「…ありがとう」

その先に居たのは、僕がかつて誰よりも何よりも欲しいと願い続けた人。その姿は、あの頃よりも少し大人びていて、身を包んだ純白のドレスが、もう僕のものではない事を告げていた。

「…礼を言われる事じゃないよ」
「そっか」
「…そろそろ始まるみたいだから、僕は行くよ」
「うん。恭弥…」
「何?」
「ごめんね」

そんな彼女の姿を見ていられず、背を向けたと同時に聞こえた言葉に、何も返す事は出来なかった。それは何に対しての謝罪なのか。突然僕の前から去った事へか、他の誰かのものになる事へか、それとも、僕らが創り上げた過去の罪へなのか。振り向かずに閉めた扉の前から、しばらく動けずにいた。覚悟はしていた。それでも、現実を目の当たりにして何も思わない程、軽い気持ちを持ち合わせてもいなかった。どうして僕らはこうなった?「こんな思いをするくらいなら、いっそ出会わなければ良かった」そう言った過去の彼女の言葉を、今誰よりも肌で感じているのは、きっと僕だろう。霞みそうになる視界を抑えるため、手を口元に添え、近くのベンチへと腰を掛けた。今しがた目にした彼女の姿に、沸々と蘇るのは、過去の記憶。

誰よりも欲しいと願い続けた人は、今日、結婚する。
世界でたった1人、血を分けた僕の姉が。