あれから高杉と口を聞く事は無かった。もちろん高杉からの着信も。あいつは相変わらず、色んな女に手を出しているみたいだけど。私だって、結局はそんな大勢の内の1人。あいつの口車にのせられた馬鹿な女に違いない。だけどいつまでも過ぎた事に腹を立ててたって仕方ない。あれからまた勉強に没頭して、成績も取り戻して、あいつと知り合う前と同じ日常を過ごしている。そう、全てが振り出しに戻っただけ。ただ一点違ったのは、あいつの顔が頭から離れない事。

「お姉さん、俺と遊ばない?」

そんなある日の帰り道、たまたま本屋に用事があった事もあり、いつもとは違う路地裏を通ったせいか、他校の生徒から声をかけられた。つまらない私なんかに声をかけるなんて、高杉みたいな物好きが世の中に二人もいるんだなぁと、思いながら声の主に視線を移した。笑顔だけど、どこか薄っぺらい表情に、桃色の髪を三つ編み。確かあの制服は、夜兎工業高校だったはず。おまけに、いかにも不良やってます的な感じ。この男も誰かさんと同じだ。わざわざ私なんかに声をかけなくたって女が放って置かなさそうな外見ときた。今は特に不良となんて関わり合いたくないっていうのに。不良という生き物は物好きが多いのだろうか。

「生憎、私にそんな暇はありません。帰って勉強しなくちゃいけないんで」
「お姉さん、見かけ通り真面目なんだね」
「別に真面目じゃないです。私なんてつまらない人間なんで。あなたを楽しませてくれる相手なら、私なんかじゃなくてもいくらでもいると思いますよ」
「えー俺はお姉さんみたいな人がいいんだけどなぁ」
「私はあなたみたいな人はお断りです」
「何で?俺、強いよ?」
「強かろうが弱かろうが、不良は嫌いです。それじゃあ」

そう言って立ち去ろうとした時だった。どういう偶然が重なったのか、30メートルほど先にある貧相なホテルから高杉が出てきたのは。もちろんそんな場所から1人で出てくる筈もなく、やたら化粧の濃い女連れ。嬉しそうに高杉の腕へと絡み付き、こちらへと歩いてくる。本当に最悪だ。こんな場面に遭遇するなんて。私って運がついてなさ過ぎかも。

「あれ?彼、お姉さんと同じ銀魂高校の高杉だよね」
「…あなた、高杉の事知ってるの?」
「うん。だって彼、銀魂高校1の不良で有名だし」

おまけに、夜兎工の不良くんが吐いた言葉についつい反応してしまったせいで、私は高杉がこちらに気付く前に立ち去る事が出来なかった。

「…誰かと思ったら、夜兎工の神威じゃねぇか」
「美人なお姉さん連れて、ホテルから出てくるなんて羨ましいね。俺は断られて困ってるんだけど」

どうやら高杉とは知り合いらしい、夜兎工の不良くんの言葉に、高杉の視線はほんの一瞬こちらに向いた。だけどすぐに視線を戻し、冷めた表情で口を開いた。そんな高杉を見て、悔しいのか悲しいのか、よくわからないけど、とにかく泣きたくなった。一体何だというのだろう。高杉を見ると、どうも私は感情のコントロールが出来なくなるらしい。

「…悪い事は言わねェ。その女はやめときな。時間の無駄だぜ。つまらねーだけだ」
「え?お姉さん、彼のお手つきなの?」
「…」
「真面目な女ってのがどんなもんかと思ったが、何てことねェよ」
「!…ふざけんな。あんたってつくづく最低な男だよね。…私じゃなくて、あんたがつまらないんじゃないの?」
「あ?」

癇に障る高杉の言葉に、気付いたら勝手に口が動いてた。何を言うつもりかも、どういうつもりかも、何もわからない。ただ、感情が赴くままに口は開いていた。考えもなしに言ってしまえば、自分でも何て事を言ってしまったんだって、後から後悔する羽目になるっていうのに。

「だから、私じゃなくてあんたがつまらないんじゃないの?全然良くなかったし。あんたとの関係なんて終わりにして正解だった」
「…」
「わ、私はこれからこの人と楽しむから。この人あんたより全然上手そうだし、あんたは下手くそなりに、せいぜい頑張って色んな女と楽しめばいいじゃない」
「へ?」

そして、高杉の腕に張り付いていた女がギャーギャーと騒ぐ中、私はあろうことか夜兎工の不良くんの手を取り、さっき高杉達が使用したであろうホテルへと入って行くという、気が触れたとしか思えないような行動に出てしまった。ホテルへと入る寸前、私の耳に聞こえてきたのは「せいぜい楽しめよ」と言った、高杉の冷やかな声。だから感情任せに口なんて動かしちゃいけないんだよ。

「…ごめん」
「いや、俺は別にいいけど、お姉さんその気ないでしょ?」

とりあえず勢いで連れ込んでしまったホテルの中で、私はすぐさま土下座。連れ込んでおいて何だけど、私には彼と何かをする気なんて無かったから。それは相手も察している様子で、まるで子供の様に、つまらなさそうに口を尖らせていた。

「ちぇ。ホントはやっちゃいたいとこなんだけど、お姉さん彼の事が好きみたいだから見逃してあげるよ。略奪も楽しそうなんだけど、彼とはこんな形じゃなくてまた機を改めたいから」
「…は?誰が誰を好きって?」
「だから、お姉さんが高杉を」
「…いやいやいやいや、ないないないない、絶対ないから」
「そうなの?じゃあ、俺とする?」
「…ごめん、しない。でも高杉の事なんて好きじゃない」

夜兎工の不良くん、もとい神威くんが言った言葉に、私の頭の中にはクエスチョンマークが飛び交った。だって、私が高杉を好き、なんて意味のわからない事を言うもんだから。あり得ないよ。私があんな男を好きだなんて。しかも、仮に好きだったとしても、それがどうなるというのだ。高杉は私の事なんて星の数ほどいる女のうちの1人としか思っていないんだ。そんな男を好きになって、一体何になるというの。何の得があるというの。

「おかしいなぁ。じゃあ、お姉さんは何で俺とできないの?高杉とはしたんだろ?」
「高杉とは確かにしたけど…あれは何ていうか…あいつの口車にのせられただけだから」
「でも関係続けてたんでしょ?好きじゃないなら関係続ける理由もないし。ただセックスが好きなだけなら俺とだって出来るよね?」
「な、何で関係続けてたなんてわかるの!」
「ん〜勘かな?高杉が別の女とホテルから出てきたのが気に食わなくて、当て付けに俺を此処に連れ込んだんだよね」
「仮にそうだとしても…私は高杉の事なんて好きじゃない…ただ、あいつを見ると苛々して感情的になってしまうだけだから」
「…ふ〜ん。意外と鈍感なんだね。お姉さん、よく考えた方がいいよ。彼の事どう思ってるのか。彼がどう思ってるのか。…もし次があった時は、俺遠慮しないから。じゃあね」

神威くんはそれだけ言い残し、颯爽とホテルの部屋から出ていった。



そして残された私の頭の中は、神威くんの言葉でいっぱいだった。