美しい薄紅色の花弁が運んでくる香りは、懐かしさと切さを思い出させる。それはきっと、今でも貴方を忘れる事が出来ないからなのだろう。未練がましい私を貴方は疎ましく思うかもしれない。それでも思ってしまう。





今とは違う道を歩むことが出来たのかな…と。



「おい、そこで何してる」
「え?」

突然何処からともなく聞こえてきた声に、驚いて辺りを見渡すものの、誰の姿もない。暗闇でただ見えないだけなのかもしれないけど、気配すら感じる事が出来ない。私の空耳?そう思った矢先に、突然目の前に現れた人影に、声を出す事も出来ず、腰を抜かしてしまった。

「ああああ、貴方誰ですか!?一体何処から!?」
「煩い。騒ぐな」

一体何処から舞い降りてきたのか、無愛想だけど色味のある声。月の光に薄っすらと照らされたその顔は、近年稀に見る端麗なものだった。だけど、着用している服装、それから突拍子もなく現れた様子から、もしかすると忍…なのかもしれない。

「あ、あの…」
「こんな時間にこんな場所で女一人。一体何してる」
「えっと…」
「…気配すら消せないところを見ると、忍じゃなさそうだがな」

だからこそ、余計に怪しいと言った彼に、何て言葉を返せばいいのか迷っていた。堂々と声をかけてくる様子から、私の事を殺す気はなさそうだけど。…どうして寄りにも寄って、忍なんかに捕まってしまうのか。

「…旅路の途中なんです」
「旅路?」
「ええ。…私の故郷は小国なんですが、先日、忍同士の争いに巻き込まれた両親が死んだので、身寄りのない私は遠い親戚を頼って火の国まで旅してるんです」

嫌味をこめてそう言ってやった。数ヶ月前、実際に忍び同士の争いに巻き込まれ私の両親は死んだ。貧しい小国だから、両親を亡くした私に身を寄せる場所なんてない。遠い親戚が確か火の国にいた筈だと国の人に言われ、それはつまり、私に国を出て行けと言っていたのだ。両親とひっそり、貧しい生活を送っていた私に、国で頼れる人なんかいるわけもなく、そんな私に出来る事は言われたまま、会った事もない遠い親戚を頼って火の国へ行く事だけだ。それだって、本当のところは嘘かも知れないのに。

「そうか」
「…」
「だが、痛めた足を引きずってまで急ぐ旅なのか?」
「!」

そう尋ねながら、彼は私の左足に目をやる。忍というものは、こうまで目が効くものなのか。確かに昼間森を歩いている最中、うっかり足を挫いてしまったのだけど…。それでも一刻も早く火の国へ辿り着きたかった。それは先にも言った通り、貧しい小国で育った私にはお金もなく、道中は野宿、食糧さえままならない状態なのだから。途中、幾度思っただろう。もう、死んでもいいかなと。

「…貴方みたいな…貴方達みたいな忍に何がわかるんですか!?私の両親は忍に殺されたようなものです!あんなことがなければ、貧しくても家族と幸せに暮らせてたんです!」
「…」

わかっている。この人は両親を争いに巻き込んだ忍じゃないことくらい。こんな事を今初めて会ったこの人に言ったって仕方ない事くらい。それでも…ずっと道中口を開くことがなかったせいか、久しぶりに吐き出した声から出てきたのは、今まで心の奥底に溜め込んでいたものが溢れ出した言葉だった。だけど、そんな私に動揺も呆れもせず、突然手を伸ばし、私の髪を優しく撫でたその人の行動に、目を見開いた。

「なっ…!」
「泣け。好きなだけ」
「!」

たった今会ったばかりの彼が、どうしてよく知りもしない私にそんな言葉をかけるのか。どうしてそんな言葉に私の頬を涙が伝うのか。どうして彼の手は、こんなにも優しいのか。突然目の前に現れたこの人は、一体何者なのか。全てがわからない事だらけだ。それでも一度あふれ出したものは止まる事を知らなかった。

「あんた、名は?」
「…菜摘です。…貴方は?」
「…うちはサスケ」


そう言った貴方の横顔は、月に照らされ、薄っすらと浮かびあがる、辺り一面に咲いていた夜桜のように美しく、今でも私の心を捉えて離すことはない。