白蘭様は翌朝になってもお戻りになられず、姿を見せ下さったのは、午後を過ぎた頃でした。それほどまでに、あの女性とお過ごしになられる時間は楽しいものなのでしょうか。

お帰りなさいませ。お出かけになる前とは打って代わり、そうお出迎えをさせて頂くと、何事もなかったかのように、笑顔で、ただいま、菜摘チャン。と答えてくださる白蘭様。お仕事、随分と大変だったみたいですね。失礼を承知の上で出てしまった嫌味混じり私の言葉に、そんなに大変じゃなかったよと、答えて下さった白蘭様の挑戦的な笑顔。私はその笑顔にあろうことか、殺意さえ芽生えてしまう感情を一つ、覚えてしまいました。白蘭様の恋人ではなく飼い犬の私。何故帰りが遅くなったのかなど追求できるはずもないことを、白蘭様はご存知のはずですから。

私は、憎しみと悲しさの狭間でたださ迷っていました。白蘭様は、そんな私を随分と愉しそうに見つめながら、明日、久しぶりに外で食事をとるつもりなんだ。菜摘チャンと一緒にね。と、そうおっしゃいました。突然の白蘭様の提案に、私は目を見開きました。白蘭様があの女性とではなくこの私と外で食事を取ると言ったことに、驚きを隠せなかったからです。白蘭様の心に、私を少しでも残してくださっているのでしょうか。

明日17時にレオくんに迎えに行くよう伝えておくよ。僕は仕事の後直接向かうから。との白蘭様のお言葉に、私は大声を上げて喜びたい気分でした。口元が上がっているのを抑えることが出来ないほどに。

それじゃあ、いい子にして待っててね。そう告げた白蘭様は、先程お帰りになられたというにも関わらず再び部屋を後にしようとしました。また、お出かけですか?咄嗟に出てしまった私の唇に、白蘭様は唇を落とし、すぐに戻るよ。そう告げ、また笑顔を見せてくださいました。その笑顔に私は、私はどのような形でも、貴方様の傍にいさせて頂きたいです。と、つい口にしていました。私の言葉に、部屋を後にしようとしていた白蘭様は、一度振り返り、何処か違和感のある笑顔を浮かべられ、扉の向こう側へとお出かけになられました。

例えば白蘭様に大切にされなくとも、それでも私は白蘭様のお傍にいたいのです。その願いが白蘭様に届いたのかどうか、それはわかりません。ただ、私は白蘭様という世界を失いたくはない。それだけなのです。




(それでも雨はまだ止まない)