この世界が嫌いだったわけじゃない。ただ、物心がついた頃から私には何処か濁っているように感じられて、居心地がいい世界だとは決して言えなかった。呼吸がしずらい。視界が霞む。嫌気がさすことはあっても、良いと感じられるものが一切ない、そんな毎日の繰り返し。哀れむような生い立ちだったわけでもない。両親に愛されて育ち、それなりに友達もいた。所謂、「普通の幸せ」な生活を送っていたけど、17歳で生まれ育った里を抜け放浪した。何があったというわけでもなく、誰が悪いわけでもない。敷いて言うならば、私が異常だったのかもしれない。帰る里を捨てたせいか、それなりに自由になった気はしたけど、それでも濁った世界が変わるわけでは無かった。ただ一つ変化があったとするならば、サソリという男と出会ったこと。

「呼吸する事さえ面倒だわ。近頃は息をするたびに苦しくなるの」
「なら、やめちまえ。無理にする必要はないだろ」
「やめちゃったら、そこで終わるでしょ?」
「終わりにすればいいじゃねぇか」
「でも貴方はこの世界で生きていくんでしょ?」
「ああ。永遠の美こそが芸術だからな」
「…貴方がいない世界は少し寂しいかな」
「安心しろ。ずっと側においてやる」
「…信じていいの?」
「好きにしろ」

呼吸すら面倒臭い、こんな息苦しい世界に未練などない。だけど、彼とは離れたくない。そんな私が彼の提案に出す答えを迷う筈もない。

「出来るだけ痛くはしないで。それから、ずっと側にいさせてね」

それが私が私の意思で紡いだ最期の言葉。今はもう、息苦しさや痛みなどひとかけらも感じない。心残りだった彼と離れることもない。そんな私は今、とても幸せだと思う。




(傀儡として、貴方の側にいられるのなら)



2012/03/17
旦那といえば、やっぱり傀儡でしょ。