憎らしい程澄みきった空は、まるで私を愚かだと嘲笑っているかのように思えて、自嘲気味に笑いながら、唇を噛み締めた。この男が、私を逃してくれる展開があるなんて事は、はなから思ってなどいない。たかが数回夜を共にしたからといって、この男の情など得られはしないのだから。そんな事は、ここ数年誰よりも傍にいた私が一番分かっている。

「言い残してェ事はあるか?」

鈍い光を放つ刀の切っ先と、それに良く似た鋭い瞳が私を捉える。真選組の密偵として、この鬼兵隊に潜り込んだ数年前から、私の運命はこうなると決まっていたのかも知れない。もちろん、この任を言い渡された時から、こうなる覚悟もしていた。ただ違ったのは、今目の前に立つこの男に、高杉晋助という男に、私が魅入られてしまったという事。どちらに付いたとしても、結局は裏切り者になる私には、当然の末路かもしれない。

「別に何も」
「…そうかい」
「…ねぇ高杉、1つだけ聞いてもいい?」

だけど、これから死ぬって時に思い出すのは、共に笑いあった仲間がいた真選組ではなく、たった数年しか居なかった鬼兵隊の事ばかり。それも、今まさに私を殺そうとしているこの男の事ばかりだ。愁いを帯びた高杉の横顔、何処か遠くを見据えた高杉の瞳、不敵に笑った高杉の口元、華奢な割にしっかりとした高杉の腕。この男が、愛してるなんて言葉を紡ぎ出すことは決して無かった。それは私も同じ。だけど私は、確かにこの男を愛していた。だからどうしても、聞いておきたい事がある。

「私の事…愛してた?」
「さァな。…そういうお前ェはどうなんだ?」
「私は…愛してるよ」

この男に、そんな言葉を求めるのは間違っていたかもしれない。それでも聞いておきたかったのは、本当は聞きたかった訳ではなく、言っておきたかったから。高杉なら絶対に聞き返してくるだろうという確信と、そうでも無ければ私は、愛してるなんて言葉を伝えられないから。

「出来るだけ、痛くないように逝かせてね」
「…あぁ」

薄れゆく意識の中、思った事は、この男に殺されるなら本望だという事。何も悔いなど無い。伝えたかった事は、たった一言。愛してるという言葉だけ。そして私はゆっくりと瞳を閉じた。二度と開く事はない瞳に、高杉の姿を焼き付けながら。

「…愛してる、か。…だったらどうしてお前ェは、古巣を捨て切れなかったんだ」



(そんな高杉の言葉が、私の耳に届く事は二度と無かった)



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