ずっと昔から、子供の頃から願い続けた夢がある。それは、普通の幸せを手にすること。大好きな人達と普通に、平凡に生きること。子供の頃に両親を亡くした私にとって、その当たり前のような日常は絶対に手にすることの出来ない夢だった。

「菜摘」

「ん?あれ?神威?」

いつの間に眠りについていたのだろう。上機嫌な声と、体を伝う振動により重たい瞳を開けると、そこには愉しそうな笑みを浮かべた男がいた。

「いつ帰ったの?」
「ついさっきさ」

夜兎の血の赴くままに、戦場へ出かけていた神威は、気が高ぶっているのか、普段よりも上機嫌に、私にそう言った。とはいっても、普段から上機嫌なんだか不機嫌なんだか、わかりずらい男なのだけど。

「それより、どうかしたの?」
「え?」

突然の神威の問い掛けの意味がわからくて、顔を上げると、神威はそっと優しく私の頬に触れた。そして神威に触れられたことにより気付いた頬への違和感。感じる冷たい感触。

「な…みだ…?」

頬を伝う冷たい水滴。特に怖い夢を見ていた訳でもないというのに、私の瞳からは涙が零れていた。

「何で…」
「気付かなかったんだ。…怖い夢でも見たの?」

驚く私の様子に、神威は少し呆れながら言うと、ため息を一つつき私に背を向け羽織を脱いだ。その時、何故か少しの不安が私の胸をよぎり次の瞬間、私は神威の背中を抱きしめていた。

「ねぇ、神威。何処にも行かないでね」
「へ?」

今目の前にいる神威が、大切な人が、私の前から消えてしまう。そんな不安がふいに私の心を襲う。

「お願い…死なないでね」

聞こえるか聞こえないかの大きさでそう呟いた私の言葉が、神威に届いたようで、背を向けていた神威は私の方へと向き直り、何も口にしないまま私の体をそっと抱きしめた。本当はわかっている。毎日戦場へと足を向ける神威はいつも死と隣合わせ。いくら強いと言っても、死なない保証なんて何処にもない。
大切な人を一度失った私はその時ある誓いをたてた。二度と大切な人を作らない。そうすれば失う悲しみを味わうことはない。と。だけど、固く心に決めたはずの誓いは、いとも簡単に破られてしまった。神威という男によって。
出会った頃は、ただのバトルマニアな男としか感じることはなかったのに、今では薄っぺらい笑顔も、瞳も、髪も、私を抱きしめる力強いこの腕も、全てが愛しくて仕方ない。だけど私は知っている。これが今だけの幸せだということを。何故なら、神威は戦いの中で生き、戦いの中で死んでいく運命だから。それでも今だけは、その言葉を聞かせて欲しい。

「菜摘…」

そっと私の唇に重なる神威の唇。

「俺が死ぬ時は、お前も一緒だよ」

その言葉は、どんな愛の言葉よりも私を幸せにしてくれる。例えそれが今だけのものだとしても。




(これは罰かな?夜兎の血のままに、両親を殺してしまった私への)


2009
んー神威難しい。