伴星は寄り添う | ナノ


  悪霊に取り憑かれた男


月日が流れるのははやい。つい先日まできっちり制服を着て母の日には花束をあげるような好青年だった承太郎は泣く子も黙る不良になり、緒実は無自覚ながらハイスペック大和撫子になってしまった。もうフリルのついたシャツなど着てはくれないだろうと緒実はこっそり溜息をついた。この回想をしている時点でお察しであるが承太郎は現在快適な牢獄ライフを送っており、母ホリィと緒実が迎えに向かっている真っ最中である。
「承太郎!」
「やかましいッ!うっとおしいぞこのアマ!」
「はーい」
(兄様も母様もベクトルは違うものの見事なマイペースっぷりだわ)
母様がおまわりさんに本当は優しい子なんです、と弁明している間に牢屋を観察する。
「随分快適そうですね、お・に・い・さ・ま。ひとまず不貞寝はやめてワケを話してくださいませんか?」
「フン…おふくろに緒実か。帰りな、俺はしばらくここから出ない………俺には悪霊が取り憑いている。ソイツは俺に何をさせるかわからねェ」
承太郎は喧嘩の際に制御できなかった星の白金をどうやら完全に悪霊だと思い込んでいるようだ。緒実は自分にも同じような存在がいると説得しようか考えたが、祖父とその友人を呼ぶ事を優先した。彼らにきて貰わなければ50日の旅のスタートダッシュが遅れる事間違いなしだろう。
「………わかりました。母様、一度帰りましょう」
彼らが来るまでどうしようもないので差し入れに欲しいものがないかだけ聞いて緒実は引き上げる事にした。
「やれやれだわ…ん?」
ホリィを先に家に帰し、買い物の帰り道。緒実のスタンドである天使が何やら主張している。こっちに来いということらしい。
「小鳥の雛…木から落ちたのね。あなた、この子持てる?」
こくり、と天使は小鳥の雛を持ち上げる、が、困った顔をした。
「?…ああ、木に届かないのね…よいしょっと」
雛に人間の匂いを付けずに巣に帰すにはスタンドを使うしかない。緒実は木登りなどした事がなかったが、腹をくくって木に足をかけ始めた。
「もうちょっと…ふんっ…あとすこし…」
登るのに夢中な緒実は2mほどの高さまで登っている事に気付いていない。そして気付いていない人物はもう一人、木の下に。
「届いた!…え、あっ…ひゃっ」
つるりと足を滑らせた緒実は嗚呼落ちる兄様に怒られる、と衝撃に備えて目を閉じ身を固くした。とっさの事に緒実の頭からはスタンドを使うという選択肢などさっぱり抜けていた。
「わっ、危ない!」
木の下にいたもう一人の気付かなかった人物、花京院典明はひどく驚いた。咄嗟に法皇の緑が飛び出て少女を受け止める事ができたが、数年前見たアニメ映画の台詞がそのまま口をつかなかったのは奇跡と言えよう。まさか本当に空から女の子が落ちてくるなどこれっぽっちも思わなかった。緒実はいくら経ってもこない衝撃にあれ?と目を開けた。なんと言う事だろうか、見知らぬ少年に横抱きされているではないか。
「あ、ええっと…助けていただきありがとうございます…?」
花京院は一瞬呆けていたが、すぐに仮面を纏った。
「いや、天使が空から落ちてきたのかと思いましたよ。お怪我はありませんか?」
緒実の”記憶”はどこの藤隆さんだと冷静に突っ込んだが緒実はそんな事に気付かないほどひどく動揺した。ひょっとしてスタンドを見られたのではないかとそちらの方に思考が向いてしまったのである。
「いいえ!大丈夫です!さようなら!!!」
いつもならはしたないと行わない全力疾走で緒実はその場を逃走した。ジョイナーも真っ青な速度に花京院は何も言えないまま取り残された。そして一拍ほどおいて気付く、一体自分は何と言おうとしていたのだろうか。嗚呼また頭が痛い。そうだ、私には使命があるのだ…。額を押さえながら花京院もまた、その場を離れた。

トントントンと軽快なリズムが響く。その横で緒実はレードル片手に鍋と向かい合っていた。
「緒実ちゃん、大丈夫?なんだか上の空よ?」
夕飯の支度をホリィと並んで行っていた緒実は母の言葉に首を傾げる。同じように首を傾げた母と目が合った。
「まぁ、緒実ちゃん!恋する乙女の顔だわ!お買い物から帰ってきてなんだか様子が変だったものねぇ。運命の出会いがあったのね!」
素敵!きゃあ!とはしゃぐ母にこれではどちらが恋する乙女だろうと苦笑いをこぼす。
「違うのよ母様。恋なんてそんな…そんなんじゃあないわ」
そう、緒実は帰宅してから気付いた。あれは花京院ではないのだろうかと。ある意味運命の出会いではある。どちらかというと未来の兄の親友?戦友?とにかく大事な仲間に出会ったのだから。
しかし肉の芽が埋まっていても花京院は気障なのか…そういえばスチュワーデスにも気障な対応をしていた。なるほど花京院は気障、とほんのり間違った情報が緒実にはインプットされていた。
「それで?一体どんな出会いだったの?曲がり角でぶつかった?」
それから夕食中の話題は運命の出会いについて根掘り葉掘り聞かれ、はぐらかす事を諦めた緒実は母に燃料を投下する事と知りながらも全て話す事になった。
「素敵!小鳥の雛を巣に戻そうとして木から落ちた緒実ちゃんを受け止めたなんてロマンチック…!緒実ちゃん、今度その方に会ったらお礼をするのよ!何なら家に呼んじゃってもいいんだからね?」
嬉しそうな母に緒実はそれ以上何も言えなかった。母は強いのである。
「さ、今日は早く寝て、明日パパを迎えに行かなくちゃね。ああ、お昼だから緒実ちゃんは学校かしら?」
「そうね。兄様のことは気になるけれど、お爺様に任せるわ」
居ても出来る事はないだろうと判断して緒実は学校に行く事にした。
緒実は一応優等生で通っている。兄が不良なので少しでも心証を良くするために優等生でいるだけで、全くサボったり内職をしなかったりというわけではないのだが。この日も退屈な授業を聞くふりをしながら話題の転校生の事…要は花京院の事を考えていた。脳内議題は彼にお礼を言うタイミングである。礼はしたいが今の花京院には肉の芽が埋め込まれている。名字から抹殺対象だと判断されうっかり後をつけられて母を巻き込みたくはない。しかし礼はなるべく早くするべきではないだろうか。悩んでいるうちに授業は終わり昼休みになった。緒実は普段、屋上で承太郎と昼食をとっていたが、今日は承太郎もいない。木を隠すなら森の中、購買で人に紛れてご飯を食べるのが一番無難のように思えたが承太郎の取り巻きのお姉様方に囲まれる可能性がある。そうすると結局屋上のほうがましだろう。そう結論づけると緒実は屋上に向かった。
給水塔の裏で昼食をとるのは念には念を入れての事ではあったが功を奏した。花京院も屋上で昼食をとるらしい。しかも彼はチャイムが鳴るぎりぎりまでここに居るつもりなのか、フェンスにもたれてのんびりくつろぎ始めた。緒実は少し困ったが、最悪午後の授業は諦めようと気持ちを切り替えた。
「(こんな事なら本を持ってくれば良かったわ)」
霜月も末というのに今日の日差しはなんだか暖かい。やがて睡魔に逆らえなかった緒実は冷えれば起きるだろうしその頃には花京院も屋上を去っているだろうと呑気にも昼寝をすることにして意識を手放した。
ごそりという音を拾った花京院は自分以外にも屋上に誰か居る事に驚いた。元々彼は人当たりこそいいが内側にこもるタイプである。外面に惹かれて群れる生徒たちにうんざりして屋上に避難してきたのだった。
一体誰が居るのだろうかと音のした方へ忍び足で近づくと、給水塔の裏で昨日の天使がすやすやと寝ていた。確かに今日は暖かいから昼食後に日だまりで昼寝をしてしまう気持ちが分からないでもない。しかし危機感というものがないのだろうか。さらりと頬にかかった髪を撫でるも少女が起きる様子はない。花京院はその無防備さに思わず心配した。
そっと目元をなぞってみた。長い睫が微かに震えたが随分と寝入っているようで少女は未だ夢の中だった。そのままばら色の頬に触れた、柔らかい。つやつやとした、己の好物のような…さくらんぼのような唇をつつく。弾力があってそのまま食んでしまいたい衝動に駆られた。と同時に頭痛が走る。何をしているのだ自分は。はやく空条承太郎を見つけなければいけない。この少女に構う理由はない。花京院は痛む頭を押さえながら屋上をあとにした。
緒実はチャイムの音で目を覚ました。今は何時間目なのだろうか、うっかり寝入ってしまったようだ。
帰宅すると、祖父とその友人が来日していた。どうやら兄は悪霊勘違い事件に幕を閉じたようである。

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