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物心がついた頃から、変なものを見た。他の人には見えないらしいそれらは、おそらく妖怪といわれるものの類。
それは家系的なもので、少なくとも亡き祖父の代からは皆差はあれどそういったモノが見えたらしい。かくいう私も面倒なことに霊媒体質で、けれどとりつかれたりだとかそういった被害に遭わないでいられたのはいつもそばにいる白うさぎのおかげなのだと思う。

がたんごとんと電車に揺られて一時間、見渡すばかりの景色は田園風景だ。こんなところまで電車に揺られるのもまあ、一言で言えば自業自得というものである。
事の発端はつい先日。家の蔵の整理中にたまたま手にとった本があろうことか夜叉ヶ池の古書だったのだ。あっけにとられる間もなく、竜神・白雪は美しい水の尾をひきながら山の向こうに飛んでいってしまった。白雪を追いかけた先にあったのは二葉ダムで、この夏干上がっていたとは思えぬほど水量が増えていたことからも間違いなく彼女はここに居ついてしまったのだろう。
困ったことに本から抜け出た竜神の戻し方なんて知るはずもなく、水害を起こされてはたまらないのでこうして暇を見つけては慰めの子守唄を歌いにきている次第だ。
もはや習慣のように子守唄を歌い、さて帰るかと踵を返そうとしたところ、人の気配を感じてみたのでそのまま振り返ってみた。
「ねえ、誰かいるの?」
ざり、と土をふむ音。まず目に入ってきたのは薄い色の髪。そして肩に乗せた随分と独創的なお顔立ちの猫ちゃん。
「すまない、その、ここら辺じゃ見かけない制服だったから…こんな山の中に何しに行くんだろうと」
それで後をつけていたらしい。日差しにキラキラとUのバッジが輝いている。ひょろりとした体つきからてっきり同い年かと思っていたが一学年上のようだ。
「ふぅん。まあ珍しいものね、この制服」
何せ制服が可愛かったから受験したのだし。さわさわと吹く風に飛ばされぬようベレー帽をおさえながら納得する。
「それで、その…君は何をしにここへ?」
「…別に誰に迷惑かけたわけじゃないのだけれど。それに変な猫を連れた変な人に話す義理はないでしょう」
おっかなびっくりといった様子で訪ねてきた青年に素っ気なく返す。またきついって思われたんだろうな。
「君だって、肩に白うさぎ乗せてるじゃないか…」
おや、と動きが止まる。この子は視える人にしか視えないのに。
「ひょっとして、視える人なの?…言っておくけどこの子、ぬいぐるみじゃないわよ」
えっ、と驚く彼。どうやらぬいぐるみか何かだと思っていたようだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。何が何だか…君は一体」
慌てふためき出す彼の口を慌てて塞ぐ。落ち着いてもらった矢先に起きられたんじゃこちらも困る。
「しっ!そんなに大きな声を出したら起きちゃうでしょ」
ごごご、と水の轟く音が響く。時すでに遅しだった。あーあ、と呆れながら塞いでいた手を離す。
「な…、竜?」
喰ってやろうかなどという猫ちゃんにチョップを食らわしダム湖のほとりに立つ。猫ちゃんもただの猫ではないのね。
「まったく、さっき寝かしつけたばかりなのに騒ぐから…」
ねんねんよ、おころりよ、ねんねの守はどこへいた、山を越えて里へ行った、里の土産に何貰うた、でんでん太鼓に笙の笛…
子守唄を歌えば落ち着きを取り戻し
『恋しい人と分れている時は、うたを唄えば紛れるものかえ』
そういってはまた水底に沈んでゆく。ちらりと青年を見遣れば、案の定何が起きたのか説明を求めるような表情だった。
「………説明が聞きたいのなら、まずはここから離れてもらえない?」

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