ハロウィン




一年があと二ヶ月弱で終わろうとしたある日、それは突然起こった。
朝からアレンのクエストに付き合い(魔法剣士がいいとかで駆り出された)、昼過ぎに部屋に帰ってみれば、


「とりっくとりっくー!」


奇怪な発言と共に飛び込んできた光景に一瞬目を奪われ固まった後、開いたドアを再び閉めた。


「ちょっと!なんで閉めるのー!」


中から文句言う声が聞こえる。
呼ばれる名前に答える事なく、否、それどころではないリオンは扉の横にある壁に頭を打ち付けた。


「(なんだ今のは…。遂に幻覚や幻聴まで…?とりあえず落ち着け落ち着け落ち着け)」


彼らしくもなくぶつぶつと念仏を唱えるかのように呟き、それで動揺している心を落ち着かせようとする。
少々乱れた呼吸も整え、さぁ再び部屋に入ろうかと重たい頭を持ち上げた時、すぐ横にある扉が開いた。


「ゴツンって音が聞こえたけど、リオン大丈夫?」


ひょこ、と中から姿を表したルナを思わず見、またもや固まった。
声かけたものの微動だにしない彼の様子に流石のルナも戸惑い、リオンの前で手を振って呼び掛ける。
目の前で動いてる掌に飛んでいた意識が戻り、急激に体の熱が上り叫び出しそうになる衝動を抑えてルナを部屋に押し込み、自分も慌てて中に入り扉を勢いよく閉める。


「いったー…。なんなのもう…」
「!」


部屋に押し込もうと強い力で押してしまった為、ルナは受け身をとる事も出来ずに尻餅ついた状態、つまり短いスカートでそんな状態なのだから不覚にも中に穿いてる下着が見えてしまった。
すぐ目を反らしたものの、一度視界に入ってしまったものは中々忘れる事が出来ない。それが刺激的な物程。
見られた事を気付いてないルナは尻に付いた埃を払いながら立ち上がり、いつもと様子が大分違うリオンに心配そうに声を掛ける。


「本当に大丈夫?顔赤いし…。クエストで何かあったの?」
「な、何かあったのは今…」
「今?」
「っ、なんでもない!それよりなんだ!その格好は!!」


リオンの怒鳴り声にきょとんとするルナ。
リオンの言う現在のルナの格好は胸元しか覆ってないチューブトップにいつものと変わらない短いスカート、それだけでは肌寒いのかケープを羽織っている。
更に言えば何故かピコピコと小刻みに動いている猫の形をした獣耳を頭に付け、これまた何故か左右に小さく揺れている長い尻尾のような物がスカートの尻部分に取りついている。
服も小物も全部真っ黒であるが故に露出している肌の白さが際立っている。


「今日ね、お化けとか狼とか…そんな格好してとりっくとりっくー!って言ったらお菓子貰える日だ、ってジェイドさんに聞いたの」


あぁ、そういえばクエスト後に寄った街でも魔女やらゾンビやらと奇抜な格好した奴が徘徊していたな、とリオンは思い出した。
イベントの事はおおよそ理解しているリオンだが、ルナは初めて聞いた話に独自の言い回しをしていた。


「…trick or treatな。で、何故そんな格好だ」


魔女とかそういうのがあるだろうに、何故そんな露出の高い服+猫耳を選んだのか。
猫耳は前回のメイドで充分…いや違う、と心の中で一人突っ込みをしてしまう。


「私も本当はこんなお腹とか出てるの嫌なんだけど、魔女はソフィがやるからダメだって…。それでゼロスさんとレイヴンさんがルナちゃんはこれにしなよって勧めてきて…、なんか目が怖くて断れなかったから…」


その時リオンの脳裏に鼻の下を伸ばしているゼロスとレイヴンの姿が浮かび、こめかみあたりの血管が浮き出るような錯覚を感じた。
そもそもルナは普段足を晒してはいるものの、基本的には肌をあまり見せたがらない奥ゆかしい傾向が少しある。
ルーティやジュティスの普段の格好と大差ない格好に恥じらっているのか、羽織っているケープで上半身を隠しながらもじもじしている(それがまたリオンの理性に直撃している訳だが)。
しゅーん、と項垂れる様子に連動するかのように耳と尻尾のような物が垂れたかと思えば、ルナの顔と共にピンッと起き上がった。


「でも、この耳と尻尾が可愛いからいっかなって!」


それはいいのかよ!と声を大にして突っ込みたいところだったが、言うだけ虚しくなってしまうと直感で思ってしまった為やめといた。
いまいち恥じらう部分が若干ズレている、とリオンは溜め息を吐いてしまった。
そもそもだ、とずっと思っていた疑問をようやく問う事にした。


「それはなんで動いてるんだ…?」


通常、こういった小物は作り物であるから動かない筈だし、仮に動かせる事が出来たとしても一定の動きしか出来ないのではと考える。
しかし、先程から嫌に目につくから見ている限り、どうもこの耳と尻尾はルナの感情と連動して動いているかのようにしか思えない。まるで本物の猫みたいではないか。


「ユーリが持ってた猫耳と尻尾にガイがなんかしたみたい。付けた人の脳波とかで動くんだって。あ、難しい事はリタに聞いてだって!」


ルナの口振りからして動力の源の設計者はリタのようである。それを機械好きなガイがユーリからの依頼で応用して取り付けたのだろう。
あいつ等…よくやった…じゃない、余計な事を…と本音が見え隠れしているが、それを無理矢理抑え込む。

ふと、ルナが突然にゃーん!と鳴きながらリオンにダイブする。
突然の事でまともに受け止める事が出来ず、勢いによってそのまま後ろにあるベッドに倒れ込んでしまった。


「っ…、いきなり何をする!」
「えへへー…。リオン、お菓子!」
「は…?」


ちょうだいっ!と言いながら手を差し出すルナ。
立て続けに起こる事に頭が追い付けず呆然としていたら、上に乗っているルナがずいっと体を曲げて距離を縮めた。


「っ!?」


体を前に倒された事で普段見える事のない胸の膨らみがリオンの目に映る。
谷間なんて呼べる物ではない小さな膨らみだが、それでも男にはない柔らかそうな物にいけないと思っても無意識的に興奮してしまう。普段隠されている訳だから尚更。
先程見えてしまった下着も思い出し、下半身が反応しているのを感じる。幸いにもそれがわかりにくい服装をしている為ルナが気付く事はないが(気付いたところでわからないだろうが)。


「リオン?顔真っ赤だよ?」
「(いいから離れてくれ…!)」


誰の所為で赤くなってると思うんだ、と文句言ってやりたいところだが無自覚でやられているから言ったところでどうにもならない。


「いいから降りろ!」
「や!お菓子くれるまで降りない!無いなら持ってきて!」
「いい加減にしろ!そんな物持ってる訳……」


持ってないと告げようとしたリオンの言葉が不自然に途切れる。
ルナが疑問符を浮かべて首を傾げているのを余所に体を少し起こし、ゴソゴソと懐を漁る。
手に握った物を取り出せばサチの目が輝いた。


「こんな物しか無い」


差し出された掌の上にバラバラと飴玉を落とす。
街で徘徊していた吸血鬼やらミイラ男やらに逆に菓子を貰ったのを思い出し、それをルナに渡したのだ。
手に渡った菓子にルナは嬉しそうに目を輝かせている。


「これで満足か」
「うん!」
「だったら降り…」
「ありがとう!リオン」


ルナはリオンの上から降りるどころか更に顔を近付ける。
ただ呆然とそれを眺め、次に起こった事を把握するのにたっぷりと時間を要した。


「―――!!?」


それは一瞬、ほんの僅かな出来事。だがそれは凄まじい破壊力を備えており、リオンの理性をぶち壊した。
行った張本人は恥じる様子もなく寧ろ嬉しそうにニコニコと微笑んでいる。
だが流石にリオンの様子がおかしいのに気付き、変な事でもしたのかと首を傾げた。


「お、お、おま、え…!な、ななな、何をす…っ!?」
「ん?今日はお化けとかの格好してとりっくおあとりーと、だっけ?って言ってお菓子貰う日なんでしょ?で、それで貰えなかったら悪戯して、貰えたらちゅーしてお礼言うんだって教えてもらったんだけど…」


違うの?とやけに澄んだ瞳で問うルナに卒倒しそうになるのをなんとか堪えた。
リオンがこんなに取り乱しているのもたった今ルナがリオンの頬に軽く口付けたから。
誰に吹き込まれたか知らない情報を素直に実行したのだ。


「違う違わないの前に疑問を持て!菓子を貰えたら誰にでもするつもりなのかお前は!!」
「…あっ、そっか。まずはリオンにしてやれとスパーダに言われたから…」


あいつか、と脳内に浮かんだ帽子被った不良貴族に殺意が沸き、後程奇襲をかけると誓ったリオン。
どいつもこいつもいらん世話と知識とついでに格好をルナに与えやがってと体が怒りに似た感情で震えた。


「んー…、誰でも…」
「?」
「女の子なら出来るけど男の人には…。あっ、リオンになら出来るよ!だって私、リオンの事好きだから!」


ぷつん、と必死に繋ぎ止めていた何かが切れた。
あぁもうダメだ、と思ったのを最後にリオンの体の力が抜け、柔らかいベッドに沈む。
リオンー!?と叫ぶ声が聞こえたか聞こえてないかは定かでないが、リオンの意識は途切れた。

















ハロウィン間に合わなかった。



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