リオン




「今日も宜しくっ」




人の部屋にノックも無しにズカズカと入り込んで早々椅子に腰掛ける不躾な女。毎朝の事で今更だがそれでもつい溜め息吐いてしまう。


「毎朝毎朝お前は…。せめてノックぐらいしろといつも、」
「えーなにー?なんか疚しい事でもやってるのー?きゃー!朝からお盛んー!」
「……(バチンッ)」
「いったーい!何もぶつ事ないじゃない!」


女…だよな、一応。仮に男だったとしても不快な事に変わりないが。
朝から下品極まりない発言かました女が幼馴染とは、今すぐ返上したい気分だ。
昔から遠慮がないというか図太いというか、時々彼女の神経を疑いたくなる。


「別にエミリオが着替えててもなんとも思わないし!問題ないでしょっ」
「大ありだ。逆の立場ならお前は怒るだろ」
「あったりまえでしょ!乙女の部屋だよ!?前本当にびっくりしたんだからね!着替えた後だから良かったけど!」
「別に何を見ようが何も思わない」
「何をー!?」


まぁ…実際そんな場面に出会したら何も思わない事はないが…。
だからと言って花瓶を投げてくる奴があるか。なんとか受け止めて割れずに済んだから良かったものを。
自ら乙女と主張するならそれ相応の態度でいとけばいいものを。


「もー!いいから早くやって!」


騒々しくてガサツだがそれでも女である事に変わりはない。
部屋に入るなり椅子に座ったのもその為。毎日繰り返されてる日常。
溜め息がまた一つ出る。


「今日はどうするんだ?」


櫛の通ってないやや乱れた真っ直ぐな黒髪に触れる。
乱れているけど相変わらず綺麗だ。


「編み込み!」


…面倒なのを注文された。






「ありがと〜!」


ルナは鏡に映っている己を満足気に眺めてすっかり上機嫌な様子。
さっきまで乱れてた髪が一転し綺麗に整えられている。やったのは僕だが。


「エミリオはなんだかんだで綺麗にしてくれるよね」
「頼まれた以上はな。…結構面倒なんだが、その髪型」
「えー!」


あまりやりたくないの意を込めて言ってやれば案の定膨れ面になるルナ。思わず頬が緩んでしまいそうになるのを堪える。

何年か前から続いてる日課。
ルナは超が付く程の不器用で自分の髪を整える事も出来ない。精々適当に櫛を入れるぐらいしか。
特別な事を何一つしてないと言う割には綺麗な髪なのに勿体無いと幼いながらもそんな事を思っていて、そんなルナを見かねたのかただの好奇心なのかマリアンが綺麗に結ってくれてたのを傍から見て正直言って心惹かれた。
結っている様子を毎日傍で眺めて、ある日マリアンが風邪で寝込んだ時に仕方ないと理解していても落ち込んでるルナに見様見真似で結ってあげれば不格好になったにも関わらず喜んでくれて、それからずっと僕が彼女の髪を結い続けた。
当時、子供の手には有り余っていて最初は苦戦したが段々コツを覚えて、改めてマリアンに基本的な結び方や巷で流行りの結び方まで教えて貰いながら学んだ。




「………」
「…なんだ、人の顔を見て」


やけににこやかというかどちらかと言うとにやついた顔で眺められて少し不快に感じたので思わず眉間に皺を寄せる。
それでもルナはその表情を崩さずなんでもないと言って椅子から立ち上がった。


「なんでもないなら…」
「はいはい!お小言は結構!」
「ルナ」
「えへへ。明日も宜しく!じゃねっ」


そう言うなり颯爽と部屋から出て行くルナ。相変わらず忙しない奴だと思いつつも誰もいなくなった事でさっきから堪えていた頬が緩む。
明日もという言葉に明日も同じ事が出来ると考えれば柄にもなく楽しみにしている自分がいる事に我ながら単純だと嘲笑する。
それぐらいルナが好きなのだといつの間にか芽生えた感情に対し否定する事もなく想いに更けた。











翌日。


「今日はどうするんだ?」


言葉通り今日もやってきたルナ。少し時間は早いがいつも通り寝起きそのままな乱れた髪を櫛で梳かしながら問いかける。
今日は彼女の髪飾りが入った箱を持ってきているからある程度予想は出来る。


「あのね…」


いつもは即答なのに今日は何故か言い淀んでいる。珍しく何にするか決まってなかったのかとそんな事をぼんやりと考えた。
ふと鏡越しに彼女の顔を見れば気のせいか僅かに赤い気がする。


「どうした?珍しく具合でも悪いのか」
「えぇ?どうして?てか珍しくってどういう意味」
「いつも無駄に元気だろ。それなのに今日は妙に大人しいし顔も赤いような…。熱でもあるのか?」


動かしていた手を一旦止めルナの額に覆うように触れる。
突然だったからか妙な声を上げ慌てた様子で手を振り払われる。多少ショックを受けながらも触れてみた感じそこまで体温は高くないようだ。
何故か今度ははっきりとわかるくらい顔が赤くなったのが気がかりだが無駄にデカイ声で大丈夫と言われ顔が赤い以外で特に問題が見られないので信じる事にした。


「あっつー…」
「あぁ、今日はこれから暑くなるらしいな」
「……、」
「?なんだ」
「なっ、なんでもない!」


今日は本当に様子がおかしいな。表面に出さないが心配にはなる。
様子はおかしいが気だるそうに見えないのも事実。顔色だって悪くもなんともない。とりあえず病気関連でない事に息付きながら再び髪を手に取る。
暑くなるなら一つに纏め上げた方が涼しげでいいかもしれないと希望も聞いてないのに考える。重力に従って真っ直ぐに落ちてる髪を上に上げるにもコツはいるが昨日程面倒ではない。


「それで結局どうするんだ?僕もこれから仕事なのだが」


長くこうしていたいと願っても限界はある。
あまり時間がないと催促すれば焦ったような声が上がりそれを落ち着かせる為か深呼吸をしだした。


「今日はね…」


どうやら決まったらしく次に出てくる言葉を待つ。




「エミリオが一番可愛いって思う髪型にして」




今まで言われた事のない希望に思わず数秒固まってしまった。
なんだ、その抽象的な希望は。


「可愛いっていうか、私に一番似合う髪型!それでいて可愛いのがいい」
「曖昧過ぎる…。ネタ切れか?」
「違うもん!」


ネタ切れでないのならはっきり言ってくれた方がすぐに取り掛れるのにそんな曖昧だと多少時間を要するではないか。そんな時間なくなったというのに…。


「明日ではダメか…?」
「今日!今日がいい!絶対!」


明日までになら考えれたのに頑なに今日だと主張して却下される。
どうしてそこまで拘るんだと思ってた矢先にルナの口が開く。


「今日…ある人に告白するのっ!」


今までに無いくらいの衝撃を受けた。そのショックから一瞬音が途切れ目の前が真っ暗になった感覚に襲われる。
なんて言ったのか聞き返しそうになるがはっきりと聞こえた言葉を再び聞きたくないと口を噤んだ。
そこで理解した。様子がおかしかったのと僅かに顔を赤らめていた理由が。
理解すると今度はぐにゃりと視界が歪んだ。


「何よ黙り込んじゃって。私が人を好きになるのがそんなにおかしい?」
「あ…、いや…」
「どうせ子供の癖にとか思ってるんでしょ。私だってもう16なんだからね、好きな人ぐらいいるわよ」


子供だと思ってた訳ではないが考えた事なかった、否、考えたくなかった。
変わらずに毎日僕の元に来てくれるからそういうのには無頓着だと勝手に決め付けてそれに安心しきって過ごしてきた。
また明日と言われる度に喜び以上に安堵の気持ちが強かったのは事実だ。まだ大丈夫、まだ共に過ごせる時間はあるのだと。平穏な日常が続くのだと。
それがたった一言で崩れようとしている。


「…少し驚いたのは確かだ。子供と言うより興味が無いのかと」


悟られないように取り繕うのに必死だ。
また鏡の中を覗き見れば真っ赤にして拗ねたような表情が見えた。
冗談でもなく本気なのだと改めて痛感すれば動悸が治まらない。


「兎に角っ、エミリオが好きな髪型にして!」


僕の好きな髪型にしたって必ずしもルナの想い人と同じ好みだとは限らないのに馬鹿なのか。大体他力本願もいいところだろう。今更だがそんな重大な事をするのなら少しは自分で努力すればいいのに、とやり場のない怒りに似た想いが沸々と溢れ出る。
いっその事、変な形にしてやろうかと醜い考えまで浮かんでしまう。失敗すればいいのに、と。


「もし失敗したら、髪、切る」


落ち着いた声で放った言葉に息を飲む。


「もうエミリオにお願いしなくても大丈夫なように凄く短くする。想いを断つ意味も込めて。男の子にはわからないかもしれないけど、ずっと思い続けてた想いの分髪も伸びるから失恋したらその想いも一緒に切るの。逆に実ったらまだ思い続けるから切らずに置いとくの」


髪は女の命だと何かの書籍で見かけた事がある。恐らく諸々の説はあるだろうがルナが言ってた事も含まれているのだろうと考えた。

想いが実れば僕から離れ別の男の元に行くか、実らなければもう僕の所に来なくなるか。
どちらにしても穏やかな日常は無くなる。


「…随分伸びたな」
「え?」
「お前が何年か前に大分短くした時から。その時から想い続けてきたのか…?」
「うーん…。そう、なるね。あの時切ったのも実は失恋したからでさ…」


やけにしおらしい態度と言葉に胸が締め付けられる。
あの時は明るい様子で切ってみたと言ってたものの実際はそうではなく、明るく振舞っていただけなのかとかつての記憶を呼び起こした。
そしてそんなに長い間想われ続けられた男を羨ましく思った。


「前失恋したって言っても告白した訳じゃないんだ。だから今度はちゃんとしたくて」
「………」
「だから、ね、お願い」


今日でこの髪に触れられなくなる。今日が最後。もう面倒な注文を聞く事や終わった後に上機嫌で笑う顔を見る事がなくなる。
二度と会えなくなる訳ではないのに沸いてくる寂しさがどうしようもなく億劫な気持ちにさせる。けどやらない訳にもいかない。
とは言え、ルナに似合う、僕が好きな髪型か…。


「どうなっても文句言うなよ」






数分後。


「出来たぞ」


最後に使う為に開けた髪飾り入れの蓋を閉め言う。


「ふーん…。これがエミリオの好きな髪型かぁ…」
「悪いか」


鏡に映る自身の姿をしげしげと眺めるルナ。不満気では無さそうだがどうやら意外だったようで不思議そうな声を上げている。


「別に悪くは無いけどなんか意外なような納得するような感じ」
「どっちだ」


逆にどんな髪型だったら納得したと言うのだ。文句は言われてないが多少不快な気持ちにさせられる。
思い出しながら色々考えた。高い位置で一つに纏めるか二つに分けるか、低い位置で緩めの団子にするか、三つ編みにするか、それこそ昨日やった編み込みという奴にするか、それらを組合わせてアレンジするか、色々。どれもルナには似合っていたから。
ルナの希望する一番似合っていて可愛い髪型なんて一つに絞れない。なら後に言われた僕の好きな髪型にすればと思い浮かんだのがこれという訳だ。
サイドの髪を後ろに持っていき、後髪の大部分は残してやや高めの位置で結い上げる。使うなら使えと言われた様々な髪飾りの中から前にあげたオレンジ色のリボンを飾り付けて出来上がりというシンプルな髪型。鬱陶しいからという理由で全ての髪を結い上げたがるルナがあまり希望出さなかった髪型。確かマリアンがハーフアップだとか言っていた気がする。
櫛を入れただけでも綺麗な髪だから纏めるのは勿体無い気がして、これだと顔周りが良く見える上に綺麗な髪をそのまま残しておける。


「ありがとう」


振り向いたルナが笑顔で礼を言う。心做しかいつもより綺麗に見えた。
心臓が嫌な音で鳴る。
コイツの言う告白が成功すればその笑顔をその男にも見せるのだろう。僕が知らない表情だって…。
奪い取って独り占め出来れば…。生憎僕にそんな度胸はないし好きな奴には幸せでいて欲しい。


「…精々、頑張れ」


この程度の言葉を吐くのに精一杯だ。
そんな精一杯の労いの言葉に対しすぐ理解出来なかったのか間抜けな面してから一転、瞬時に真っ赤に染め上げる。


「言った張本人が忘れてどうする…」
「わわ忘れてないしっ!その、あれあれ!髪に気を取られてただけ!」
「はいはい、いいから早く行ってこい」
「…っ」


行くならさっさと行って欲しい。これ以上傍にいられると踏ん切りがつかなくなる。
なのにコイツは中々動こうとしない。


「…どうした?行かないのか」
「い、いくよっ」
「なら早く行った方が、」
「こっ、これでもキンチョーしてるからこ、ここ、心の準備が…っ」
「緊張なんて柄か」
「煩いなぁ一々!」


茶化してしまうが赤い顔して今にも泣きそうで体に余計な力が入ってる様子は紛れもなく緊張している証。
普段の天真爛漫さから緊張とは無縁な奴かと思っていたがどうも違ったらしい。
コイツがこんなになるまで…。よっぽどの奴なんだろうな、本当に羨ましいよ。


「落ち着いたら行けばいい」
「!何処行くの?」
「仕事」
「ま…待って!もう少し…」
「かなり押してるんだ。用件があるなら手短に済ませ。急ぎでないなら夜か明日にしてくれ」


いつもより言葉が淡々と出て来る。入る余地を与えないように単調とした口調。
踵を返してからルナに呼び止められても振り返りはしない。どういう顔で引き止められているかなんて知る由もない。


「…髪、」


今度こそ部屋を出ようと足を出しかけたところでルナの声が落ちる。何処か不安げな声に出しかけた足を引っ込めてしまった。


「もし上手くいって髪を切らなかったら…また結ってくれる…?」


何を言い出すかと思えば。


「…難しいだろうな」
「なんで…!」
「仮に付き合うとなれば幼馴染とは言え気軽に触れていい訳にはいかないだろ。それくらいわかれ」


いくら幼馴染だ友人だ深い関係ではないと言ったところで他の異性に触れられるなんて堪ったものではないだろう。自分に置き換えてみて考えたりしないのかこの馬鹿は。
能天気で馬鹿で図々しくて…毎回毎回苛立たせるのに手放せない。無くなってしまうなんて想像しなかった。


「用件はそれだけか?…もう無いなら僕は行くぞ」
「…やっぱ髪、切ろうかな」
「は?」
「だってなんかもう希望薄いというか…」


まだ言ってすらないのにどうしてそう決め付ける?


「そう簡単に諦めるのか?言わなきゃ伝わるものも伝わらんぞ」


自分で言っといてなんだが結構自身に刺さってくる。
玉砕覚悟で伝えるなんて僕の柄ではないし、な。


「だってわかっちゃうもん、相手がどれだけ私に興味ないかなんて。眼中に無い感じ?」
「またそうやって…」
「だってずっと好きだったもん。ずっと見てきたもん。ずっと、ずっと昔から…」
「…知らなかったな、お前がそこまで誰かを好きになってたなんて」
「………」


僕の言葉にルナはやや俯いて小さく何かを呟いたようだがよく聞こえない。だが聞き返す程でもないかと判断しやり過ごす。
それにしても本当に気付かなかった。全然そんな風には見えなかったのに。相談とか受けた事も無いからルナに好きな人がいるなんて今日初めて知って…。


「…初恋…なの」
「ん…?」
「その人意外好きになった事、ないの。それぐらい好き」
「…?お前さっき失恋したとか…」
「うん。実はねそれまで好きだって気付かなかったの。でも好きだって気付いた時には相手に別に好きな人がいて…それで一回切ったの。でも断ち切る事が出来なくてずっと想い続けて今に至ってるんだ」
「…今言った事そのまま伝えれば仮にどんなに興味なくても伝わるだろう」
「そっかなぁ。伝わってる感じが全くしないんだけど」


………。どういう事だ?


「?」
「ほらぁ、わかってない。これでもさっきから必死なのに」
「何が…だ…?」


辻褄合わせの都合良い考えしか思い浮かばない。さっきより赤み増してるルナとその言葉に。


「気付いてないでしょ、まだ」
「だから何だと…」


次に出たルナの言葉に彼女は髪を切る必要もなく、これから先も僕がその長い髪を結い続ける事となるのだった。




「私がエミリオの事好き、って事」











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