リオン




「………………………え?」


長ーい時間掛かって漸く出た声。
だって起き上がってみれば見た事のない薄暗い部屋、でも雰囲気は何度も体験してきたような空間に私はいて、極めつけは衣服を何も纏ってない真っ裸の状態で、そうなった経緯を覚えてなければ戸惑うのは当然であろう。
ここ何処、の前になんで自分は裸で気持ち良く寝ていたのか。そっちが重要である。
というよりこの場所って言っていいのか、については心当たりがある。大きなダブルベッド、何故か一点だけある赤い証明、閉め切った空間、濡れっぽい雰囲気。疑う余地もなくラブホテル、通称ラブホだ。
ラブホで裸になって寝てるなんてもうこの状況は嫌でも理解出来る。問題は一切の記憶が無い事にある。
もぞ、と隣で何かが動いたのを感じた。そうだ、まさかラブホに1人で裸で寝ている訳なんてない。当然相手はいる筈。
誰、一体誰と。怖くて横を向けない。
まずは昨日の事を思い出そうとするけど寝起きの所為かぼんやりとしてて鮮明に思い出せない。確か、デートの約束してたから昼前に向かって行って会って、突然別れを告げられて…。
ん?別れを告げられた?ならおかしいじゃないか。あの人じゃないとしたらもっと問題だよ、大問題。
そういえばその後飲んでたような…頭痛いし。
…え、まさか酔った状態でここに担ぎ込まれたとか?大問題で済む問題じゃないよ、それ。
あれ、でも待って。私、1人じゃ美味しく飲めないしそういう時は必ず……


「………………………え?」


2回目である。
思い当たる人物が頭に浮かんで尚更横で寝ている人を見るのが怖くなって彷徨ってた視線がふと床に向く。
乱雑に脱ぎ散らかされた服や下着が異様に生々しい。そして見るんじゃなかったと後悔する。
だってあの男物の服、凄く見覚えがある。


「……ルナ…?」


はい、私がルナです。じゃない。
呼ばれた声に固まる。私の名前を知っているし私もこの声を知っている。
気まずい。いや、私が勝手に思ってるだけか。なんせよく覚えてないもの。
バクバクと心臓が煩い。冷や汗なのかよくわからん汗が流れ始めた。
まさか酔った勢い…という奴ですか?


「おい…」


待って待って待って、お願い待って!なんでそんな反応薄いの!なんで何も聞いてこないの!?この状況で起きたら私みたいに戸惑うでしょふつー!
こっちは記憶無くて余計混乱してるというのに!


「どうした」


起き上がってきた気配を感じた直後に肩に触れてきた熱い手に思わず振り返る。
この時まで現実じゃない、夢か何かだと信じていた私の目に映る真実。
艶っぽいけど心配の色を含んでいる目を見てフラッシュバックのように思い浮かぶ情景。そして何より、今目の前にいる男は当然ながら、



はだか。




「キャーッ!!!」




小気味良い音が部屋に木霊した。










「ゴメン、ね…。許して、リオン…」
「………」
「嫌だったじゃなくて吃驚しただけなの…。全部思い出したから…。お願い、わかって…」
「………」


あうぅどうしよう…。ずっとこんな感じだよ…。
不貞寝しちゃって、殴られた頬を押さえて向こう向いちゃって黙り込んでるリオンをどうにかしたくてあれこれ言葉掛けてるけど一向に良くなる気配無し。
そりゃ怒る、よね。何も悪い事してないのに変質者ばりに叫ばれた挙句殴られたら…。
ん?スマホで何か打ってる。


『放っといてくれ』


私向けに打ってたらしく、画面に表示されてる文字を見てショック受ける。ヤバイ、泣きそう。
自分で招いた結果なのに話したくない程怒らせて傷付けて、嫌われたのかもしれないと思うと涙腺が緩んだ。嫌いになるきっかけなんて様々でどれも一瞬にして起こる事なのだから。


「わかった…。あの…、だったら帰るね」


お金だけ置いて行こう。そうすれば嫌でも持って行かざるを得なくなるよね。
そうだ、昨日の飲み代も合わせて置いておこうと考えながら布団で前を隠しながらベッドの淵まで移動したら空いてる方の手首を掴まれた。


「…に、」
「ん…?」
「勝手に勘違い…、するな…」


あれ、リオンってこんな声だったっけ?凄く弱々しい。
昨日の艶っぽい低い声も聞いた事なかったけど、今発した声も聞いた事なくて本当にリオンなのかと一瞬疑ってしまった。


「かなりショック受けたから弱って…、こんな情けない声聞いて欲しくないし、情けない顔にもなってるだろうから構って欲しくなかっただけだ…」
「ショック…だったの?怒ってないの…?」
「長い間想っていた相手にこれしきで怒る訳ないだろ、寧ろ逆の立場だ。なのに殴る直前まで忘れられて…。これでもダメージでかいからな」


うぅ…、掛ける言葉が見つからない…。
いやでもリオンがここまで弱ってるのだから事実なのだろう。大変貴重な姿です。
それにあの…、リオンには悪いけど長い間想ってたってのに信じられなくて…。
昨日のあれを思い出してしまって顔が熱くなる。


「…身体、大丈夫か」
「え?あ、うん、大丈夫。多分…」


少し怠さが残ってるからはっきりと大丈夫とは言えない。
そういえば初めて…だったんだよねこの人。なのにあんな…戸惑いとかもなく優しくしてくれて、多分初めて本当に気持ちいいと感じたのかもしれない。
今までの人達は皆して自分のやりたいようにやってただけだったから、セックスって気持ち良くないものって概念が出来ていたのに、あんな身体と心まで解されて蕩けるような……、


「初めてだったんだよね…?」
「…悪かったな、童貞で」
「あ、いや、変な風に聞こえたならゴメン。あとお店での事もゴメンナサイ」


酔ってたとは言えあんな大声で童貞童貞連呼してしまったもんな…。最低だ…。
気にしてたのか気にしてないのか知らないけど自尊心は傷付けただろうし、不要かもしれないけど謝らないと気が済まなかった。


「違うの。私も初めて…だったの、あんなになったの」


更に不貞腐れてしまったリオンが私の言葉に驚いたのか顔を上げた。
なんとか上手く伝えようとするけど中々言葉が思い浮かばない。


「どの人もあまり気持ち良くなくて、寧ろ痛くて苦痛だった。いつもそういうのする度に早く終わって欲しいって願ってた。いや、して欲しくないって思ってたかも。でも折角そういう気分になってくれてるのなら…と抗えなかった。中にはそんな私に気付いて途中で萎えてしまう人もいたよ」


演技とか苦手だし失礼だと思ってたから上手く世渡り的なのが出来なかった。
よく気持ちいいとか、人によってはなくてはならないとか、女の方が感じやすいとか聞くのに全く共感出来ない私はおかしいんじゃないかと真剣に悩んでた時期もあった。


「けどね、リオンは全然痛くも無かったし苦痛でもなかったの。…えっと、その……」


…あの、これって物凄く恥ずかしい事言っちゃってるよね、ひょっとしなくても。
うわ、めっちゃこっち見てるし。ちょ、あんま見ないで。


「なんだ」
「…なんでもない、です」
「痛みも苦痛もなくて何よりだ。けど、他に何かあったんじゃないのか?」
「言いません」


この野郎、ニヤニヤやめろ。あとだからこっち向かないでってば。まだ裸なんだから、布団しか隠せるもの無いんだから。
今更だけどバカ正直に気持ち良かったなんて、はしたない事面と向かって言える訳ないじゃない。わかってるからそんなニヤニヤしてるんでしょ、趣味悪い。


「ちょ…!」


なんで起きてくるのよ!アンタだってまだ裸で…目のやりどころが…!
綺麗で逞しい身体を直視出来なくて思わず背ける。…それがいけなかったみたい。


「きゃ…っ」


肩を抱かれて身体が横たわる。
離すもんかとしっかり布団を掴んでる手を撫でるようにして触れてくるリオン。


「なら…再確認してみるか」
「ひ…、」


キツく握っていた指を解すように彼の指が絡み呆気なく離されて口元に持っていかれて指先に柔らかい唇が触れる。ちろ、と出てきた舌に必然と触れて背筋に悪寒のようなものが走って引っ込めそうになるけど掴まれてるから敵わない。反対の手はシーツに縫い付けられて動かす事も出来ない。


「小さい」


ふにふにと掌や指の付け根を緩く指先で揉んだかと思えば手全体を覆われたりされる。
一つ一つの動作にドキドキしっ放しで次何されるんだろうかって少し不安になる。
昨日はお酒の効果が多少あったから何も考えずに済んだけど今は余計な事考えてしまって―――。
どう反応したらいいのかな…。どういう風にしてたら満足するかな…。
私なんかでいいのかな…。


「余計な事考えてないか?」
「…!なんでわかるの…」
「何年見てきたと思ってるんだ」
「だ、だって…!まだ信じられなくて…」
「心外だな、あれだけしておいて」


あれだけって昨日の事…。また思い出して顔に熱が溜まる。
そういえば私、ちゃんと返事してない。流れに乗ってそのままこのホテルに辿り着いて事に及んじゃって…。
そういう対象で見た事なかったのに、すっかり絆されてしまっていいように掌の上で転がされているような気がするんだけど…。


「都合良く解釈しているからな。あれだけの事をしても受け入れてくれたのだから」
「や…っ」


胸元を覆っている布団を浮かせて空いた隙間にリオンの身体が入り込む。
やだ…、見えちゃう…。…恥ずかしい。
自由になってた両手で胸を隠す。頼りないけど無いよりかは…。


「リオンあのっ…!私昨日お酒のおかげで何も考えずにいれたけど、今素面だから…」
「だから?」
「…変な事考えちゃって集中出来ない…かも」
「大丈夫だ、気にしない。それより無理はするなよ。少しでも痛かったり苦しくなったらすぐに言え。いいな」


上手く声に乗せられなくて小さく首を縦に振る。
半ば強引にこんな事になっちゃってるけど、優しい言葉や手付きに緊張が解れていく。
緩くなった腕のガードをやんわりと外されて身体の横に置かれる。


「あの…、出来たらあまり見ないで…。恥ずかしい…」
「無茶言うな」
「え、えぇ…!」
「寧ろずっと見ておきたいくらいだ」
「…えっち」
「なんとでも言え。ほら、こっち向け」
「ん……」


苦し紛れに悪態吐いた後、直視出来なくてそっぽ向いてた顔の向きを強制的に正面向かされる。目が合ったのは一瞬ですぐに唇同士重なる。
キスなんて色んな人と数え切れない程してきたのに、初恋宜しくな感じに凄くドキドキしちゃって震えてしまう。
涙が出そうになる程ドキドキしちゃうのも、勝手に震えちゃうのも、顔や身体が熱くなって、それでもやめないで欲しいと思っちゃうのも初めて。これが恋、なのかな。
恥ずかしいけどやめないで欲しい。戸惑っちゃうけど離れないで欲しい。






「リ…オン…っ、あっ、やっ…ん…!はっ…!」
「痛むか…?っ…」
「んーん、痛くな、あ!リオン、リオン…!」


本当は少し苦しい。やめて欲しくなくて嘘を吐いてしまう。
この程度の苦しみなんて我慢する程でもなくて、それよりも体験した事ないような感覚の方が勝って言葉がろくに紡げないし思わず高い声を出してしまう。これが快感なのだろうかと白んだ意識の中で考えた。


「なんだ…」
「な、まえ…名前呼んでっ」
「ッ、…ルナ」
「ぁっ、ん…、…っ…も、っと…」
「ルナ、ルナ…っ」
「ぅ…リオ、リオン……す、っ…すき…!」
「―!」


乗っかるように隙間ないくらいにひっついて耳元で熱い息混じりに呼ばれる名前に身震いする。
耐えようと背にしがみついた指に力が入ってしまう。考える余裕なんてもう無い。
昨日も感じた意識が弾けそうになっているのが怖くてぎゅうぎゅうに抱き締める。それがまるで合図かのように動きが早くなっていよいよ限界に近い。


「やっぁ―――!!」


勝手に溢れた涙がこめかみの横を通って枕に零れ落ちた。



浅い息ばかり繰り返す私を抱き寄せたて、少し浮いた背中を軽く叩いて呼吸を整えようとしてくれたり、落ち着いた私に労いや詫びの言葉を吐いて汗や涙で貼り付いてる髪を退かしてから濡れてる目元や額、頬、口にキスしてくれたり、余韻が抜けなくて少し戸惑っている私を見て愛おしそうに目を細めて薄い笑みを浮かべたり、兎に角リオンは情事後も優しくてそれが心地良くてつい成されるがままになってしまう。


「今度は忘れるなよ」


忘れない、忘れられないよ。素面な状態でもあんな風になってしまったら。
苦しくても離れたくない、もっと欲しいって思ったのなんて初めて。好きだと言ったのも貴方が初めて。
私はリオン以外の人なんて求めていなかったのかもしれない、無意識のうちに。
心の奥底ではリオンの事が大好きでそれに気付いて無かったのかも。あまりにも心地良かったから壊したくなかった、そう思ってしまったのかも。
今更仮定を並べたところで今となってはどうでもいい。だって私は今、この人に恋焦がれているのだから。








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