リオン




私の職場は街の中心地にあるカフェ。中心地だからお客はそれなりに入るけど、その時は丁度1日で1番空いてる時間、いわゆるアイドルタイムと言う奴だ。
空いてるってだけで全く居ない訳では無い。ポツ、ポツと席の間隔を空けて座っているのが何組かいる。昼間の喧騒とは打って変わって静かな店内にその何組かのお客の会話がところどころ聞こえる。やれ彼氏が構ってくれないだの上司が腹立つだの晩御飯どうしようかしらと言う話まで。そんな中、ある会話が耳に届き思わず聞いてしまう(タイミング的に料理を運んだってのもあり)。


「彼女が可愛くねーんだよ」


運んだ料理とドリンクをお待たせしました、と声をかけると同時に聞こえた台詞。男2人組で来店されたうちの1人が放った台詞で、料理を置いて立ち去るまで続きを紡ぐのを待ってたのか立ち去ったと同時に再開された。決して自分の事を言ってる訳では無いのにその一言だけで刺さる部分があり、近くのテーブルを拭き上げてると見せかけて聞き耳を立てた。
連れが突っ込まないのをいい事にベラベラベラベラご自身の彼女が最近口煩いだの反応が薄いだの終いにゃ甘えもしないだの不満を垂れ流す。どうやら同棲しているらしく、仕事が休みな日に家事を手伝えやら無駄遣いはするなやら口喧しく言われ、顔を合わせれば喧嘩、スキンシップを図っても邪険にされる、昔はあんなに甘えてくれたのにと過去の思い出を引っ張り出していた。
勝手に聞いたのは自分だが随分と勝手な言い分に内心腹立たしく思いながら刺さる部分があった。


「昔は多少口喧しくても可愛いと思えたけど今じゃもう愛想尽かしたわ」


溜息混じりで吐き出した言葉がトドメを刺した。
連れが漸く口を開いたかと思えば女はやっぱり愛嬌だの男をある程度頼ってくれるのがいいだの理想像を語り、更に追い討ちをかけられる。
今の愚痴を零した彼の彼女と自分が重なり、連れの理想像と自分は全くの正反対だって事を嫌でも再認識させられて中々にダメージは大きい。
自分にもそういう相手がいて、それ自体奇跡に近くてしかもその相手が昔から好いてた人物で告白を向こうからして来た時には奇跡通り越して夢なんじゃないかと、柄にも無く舞い上がっていた。しかし、付き合おうと言われた時にでさえ持ち前の捻くれた性格が災いして素直にうんとは言えず、出てきた言葉は付き合ってあげてもいいけどと言う上から目線なもの。いや違うだろと瞬時に心の中で突っ込んで言い直そうとしたが時既に遅く、相手には鼻で笑われそれにカチンと来て軽く喧嘩になって後悔する形となった。
晴れて付き合う事になっても付き合う前とあまり変わりなく罵り罵られ売り言葉に買い言葉、憎まれ口をお互い口にしない日は無かった。だが、ふとした時に触れてくれる手にドキドキしたりそのままキスされるのは明らか付き合ってからで、それはとても恥ずかしかったけど内心凄く喜んでた…と思う。いや喜んでる、めちゃめちゃ嬉しい。
喧嘩になっちゃって後悔してる時にされるからあぁ本当に好きでいてくれるんだって安心してたけどそれはいつまで?それに安心しきって態度を改めなかったらあの男のように愛想尽かしてしまう?こんな愛嬌も何も無い可愛くない女なんかよりよっぽど可愛い子が寄ってくるんだからそっちに目移りしちゃう?…考えれば考える程中々リアルにその情景が浮かび上がって血の気が引いた。最近疲れているからそのスキンシップですら拒んでしまう時があるし…、イライラして当たるところもあるから男の声がエコーの如く脳内で響いて嫌な考えばかりしてしまう。










「―、…い、―ルナ!」
「(はっ)な、何?」
「何、じゃないだろ全く…。話聞いてないどころか名前を呼んでも反応しないとは」


仕事終わりに最近日が落ちるのが早くなったからとわざわざ迎えに来てくれ家まで送ってくれるようになった彼氏ことリオン。道中、用があったのか呼んでいたらしい彼の声をどうやら私は無視していたらしく、漸く反応出来たからか嫌味ったらしく溜息を吐かれてしまう。


「な、何よっ。いつも呼んでも大した用事ないでしょ。今更反応しなくたってどうって事無いじゃない」
「…珍しく思い詰めてるようだから気になって声を掛けたが杞憂だったようだな」
「それはどーもっ!」


珍しくだなんて失礼!…いやいやいや、何しちゃってんの私、何言っちゃってんの私。これってあれじゃない、よく考えなくても心配だから声を掛けてくれたんであってそれを知らなかったとは言え邪険にする理由にはならないし、ましてや指摘されて開き直るところでもない。ちらりと様子を伺えば呆れた顔でまた溜息吐いてるリオン。大体、今送ってくれてるこの状況だって頼んでないにしてもあのリオン自ら夜道の女性の一人歩きは危ないからって買って出てくれたのにそれをさも当たり前のように受け入れてお礼の1つ言えた日なんて無いし…。凄くありがたいし少しでも傍にいれて嬉しい。家に着いて帰って行く姿を見るのはとても切ないのに。


「(会話…なくなっちゃった…)」


打ち止めたのは明らかに自分で、それを自覚すると更に落胆してしまう。この時素直な女性であれば心配してくれてありがとうとか大丈夫だよごめんねとか言って何事も無かったかのように話題転換して盛り上げるだろうにな…。思うのは出来ても中々咄嗟に言葉に出せない自分がもう嫌になる…。


「(はぁ…)」
「………」










会話が無いまま歩き続けもう目の前に住んでいるアパートが見えた。もう後数分でリオンと離れなければならない。毎日そうなのに、別に暫く会えなくなる訳でも無いのに寂しさが込み上がってくる。例え会話が無くても傍にいて欲しい気持ちが押し上がってくる。




「疲れてるなら早めに寝とけ」


ゆっくり歩いてる訳でもなくて程なくして玄関の扉の前にあっさり着いてしまい先の言葉に次いでおやすみと言われ立ち去ろうとしている。

寂しい、もっと一緒にいたい、弾んだ話がしたい、行かないで。

思うのは簡単で溢れ返ってうんまたねの言葉さえ出せずにいる。いつも通り軽く別れの挨拶を交わして見送って1日を終えてまた明日が来てまた送って貰…えるのかな。
こんな可愛くない態度を取り続けたら愛想尽かして送って貰うどころか会ってすらくれないのでは?あの男の言葉が脳内に響くと同時に考えてしまう。いつかそうなったら…怖くて怖くて堪らない。
愛想良くってなんだろうか。ニコニコ笑ってなんでもなくてもふと好きだよって言って想いを伝えればいいんだろうか。少なくとも普段言い合ってる言葉で無いのは確か。誰だって罵られたり暴言吐かれたりぶっきらぼうな言い方されるのは嫌であろう。これってあれではないか、よく聞く女が男に好きって中々言ってくれないだとか言う不満のアレじゃないか。果たして男側も思うかは謎であるが。
せめて送ってくれた事、心配してくれた事にはお礼言ったら…。


「あ…あのさ」
「?」
「今日寒いしさ…、その…上がってかない…?」
「は…」
「べ、別に忙しいとかこれからも仕事だとか言うなら無理にとは言わないけどっ?」


だから言い方。同じ台詞でももっと何か…柔らかい感じの…。でも…だけど、これが精一杯。今の私に帰ろうとする彼を引き止めるのは。
もう少し一緒にいればひょっとしたらお礼の言葉が出せるかもしれない。


「…上がらせて貰う」
「どっどうぞ…!」


誘ったのは自分なくせにいざ同意されたらキョドってしまい変に声が上擦ってしまった。は、初めてでは無い…いやこんな時間には無かったけどもそれにしたってなんでこんなに緊張するのか。

適当に寛いでと言いマントを預かり壁にかける。寒い中待っててくれた上に送ってくれたからココアでも淹れようとお湯を沸かす。
勝手慣れたもんでリオンは適当にテーブルの前に腰掛けて適度に身体の力を抜いていた。お坊ちゃま相手に椅子じゃなくて床に直座りなのは大変申し訳無いけども。私なんてすぐ傍にあるベッドを椅子兼用にしてるってのに。
温かいココアを差し出して私はリオンの横に腰掛けずすぐ側のベッドに腰掛ける。何も敷いてない床は冷たいし今日スカートだから…てのもあり。
あったかいココアを流し込むとほっと一瞬安らぐ。けどすぐにまた悶々としたものに支配される。さてどう切り上げようか、どう言葉を掛けようか…。ていうか家に上がってまで改めて言う事なのかな…。いやでもそうでもしないといつまでも…。この繰り返しばかり考えてしまう。抜け出せないループにハマってしまった。


「おいルナ、大丈夫か」
「へ、何の事」
「とぼけるな」
「だから何」


何が言いたいのかわからずに苛立ってつい声を荒らげてしまう。そんな私の対応に若干顔を歪ませたリオンを見てまた襲うもの。心臓をぎゅーっと鷲掴まれるあの感覚、そして後悔。


「また何か抱え込んでるだろ」
「はぁ?またって何、またって。大体何の事を言ってんだか…」
「いい加減にしろ。何年一緒にいると思ってるんだ。お前がそんな顔する時、大抵ろくでもない事考えて取り返しつかない事になりかけたのが何回かあっただろ」
「いつの話してるの!?そんなのとっくの昔…子供の頃じゃん!いい加減にして欲しいのはこっちよ!」


どうして私はこんな可愛くない事ばっかり…と思う暇もなく身体が凍り付いてしまった。
天邪鬼に出た私の罵声に対し酷く冷たい、と言うか冷めき切った目を向けたから。その目はあの男と同じ、愛想尽きたと言い切った時と全く同じ目をしていたのだ。
その目に怯んでる間にスクッと無言で立ち上がるリオンに恐怖に似たものを感じ震える事も何も出来ずに揺れる視線で見据えていた。


「…そんなに頼りないんだな、僕は」
「え…、リオ…」


呼び掛けた声を無視してマントをかけたところまでつかつか歩くとかけてあったマントを荒めに取り自身の背中に着けた。その様子をただ呆然と眺めるしか出来ないけど走馬灯のように後悔と自責の念が頭を駆け巡る。

違う、こんな結果にしたかったんじゃない。ただ想いを伝えたかった、ありがとうって、そして好きだよって。なのになんで私は可愛げ無い事ばっかり…なんで相手を逆上させる言葉しか吐けないの。なぜどうしてなんで、なんで…。


「………」
「………」


玄関に向かって歩こうとしたリオンのマントを掴む。彼は鬱陶しがる事も気にかける事も無く黙って立ち止まった。掴んだ張本人は思わず出た行為だけでなんて声を掛けたらいいのかわからず黙り込んでしまう。
怒らせたのに今更何?どう弁解するの?相手はもう私に呆れているのに…何て声掛けるの?どうしたいの?私…。
…どうして相手の好意を踏み躙れるの…。ただ心配してくれただけ…馬鹿にしてるとかでは無いのにどうして憎たらしい口しか利けないの…。どうして本当の気持ちを押し込めて違う言葉が出るの…。
ぐるぐるぐるぐる回る思考とこの状況が情けなくて悔しくて辛くて掴んでる指先が震えて涙が溢れてくる。泣いたって仕方無いのに。


「…違う」


ぽつり、と言葉が零れた。


「こんな筈じゃ…なかった…。こんな事になんて…。ただ…言いたい事、あるのに言えない…そんな自分に苛立って勝手に落ち込んで…。このままじゃあの人達みたいにリオンも…」
「…何の事だ。あの人達とは…何があったんだ」
「っ…カフェで男の人達が女は愛嬌だとか可愛くない女には愛想尽かしたとか話してて…。私、も可愛くない、リオンにいつも憎まれ口叩いて嫌な事ばかり言って、気付いてから怖く、なって、素直になろうと思ったのになれなくて結局いつも通りでどうしようって思ってる内に…っ」
「…チッ」


苛立ったような舌打ちが聞こえ身体が震えた。
今度こそもうダメだと思った折に荒々しく顎…いや頬を掴まれ強制的に持ち上げられる。視界に飛び込んだ彼の顔は見るからに不機嫌で目に溜まった涙を反対の手でこれまた荒々しく拭い取って口を開いた。


「お前が素直じゃない上に捻くれた性格だなんて前々から知っている」
「なっ…」
「今更だろ。さっきも言ったが何年一緒にいて、そして何年もお前の事を見ていたんだ。これしきの事で愛想尽かすならとっくに尽かしている。そんなくだらん男と僕を一緒にするな」


言われっ放しは癪に障るからいつも言い返すのに頬掴まれて口はまともに動かせないし、てかこれ絶対変な顔になってる…!


「だが」


ぺっ、と振り払うように荒くも解放された。痛む頬を擦るのもお構い無しに続ける。


「折角だからその言いたい事とやらを聞いてやろうか」


何この超上から目線!これじゃ言いたい事も…いやこのまま引き下がるのもなんか悔しい!
まるでほらどうした、言わないのか的な態度のリオンにカチンと来て心の中で言ってやる!と躍起になってる自分がいた。


「……っ」


口が開いては閉じてを繰り返す。喉のところまで出かかって飲み込んでしまう。
羞恥と恐怖で支配されて中々言えない。躍起になった勢いがなくなってしまって下向いてぎゅう、と手汗が滲んだ手を握り締める。


「……すき……」


遂に言ってしまった、子供の頃でさえ言った事無い言葉を。
目線は未だ合わせられなくて、俯き届くか届かないかわからない声量での愛の告白…と呼べるか謎だけど言ってやった。もしかしたら本当に聞こえてなくてまだあの態度のままなのか、早る鼓動のままチラリと様子を伺おうとしたその時、


「へ」


また強く顎を掴まれて引っ張られたかと思えば口に触れる感触が。柔らかなそれを認識するより先にとんでも無い事が起こる。


「んんっ!?」


ぬめっとしたものが半開きの口に侵入して舌に触れる。眼前には整った顔、唇に触れているのは相手の唇、て事は中に入ってきたこれは…。


「んー…!」


絡まれたり上唇を舐めたり舌を吸われたり角度変えてより深いところに…色々な事をされてその感触がなんとも言えなくてビリビリ脳髄から足先まで痺れて何も考えられなくなって成されるがままの状態で…。


「んん…、ぷは…っ」


最後に卑猥な音立てながら離れ、混ざり合った唾液が糸引いてそれが恥ずかしくて思わず顔を背けてしまった。
何これ何これ…!普通のキスじゃない、こんなの初めてとか戸惑ってるうちに身体を押されベッドに埋もれてしまった。


「え…何…?」


倒れた私の真上に覆い被さってるリオン。どういう事なのか、何が起こってるのかさっぱりで何、ていう言葉しか出てこない。そんな私が可笑しいのか薄ら笑みを浮かべながらリオンはさっき着たマントの留め具を外し、適当にベッドの脇に脱ぎ捨てた。


「思ったよりくるな…」
「え、え…?」
「いや…。それよりお前、簡単に男を家に上げて何もされないと思ったか?」
「ちょ、ちょっと待って…それどういう…、まさか…」
「ほう、一応知識はあるか。なら話は早いな」
「!?まっ、待って待って!そんなつもり無…!」
「残念だな。お前に無くてもこっちはすっかりその気だ。もういいだろ、どれだけ手を出さずに我慢したと思ってるんだ」


知るかそんな事!と言おうと口を開けた時首に顔を埋めたかと思いきやそのまま吸われて開いた口から自分でも聞いた事無いような声が飛び出た。口を手で塞いでもあっさりその手を外されて顔の横に固定されてしまう。


「折角お前の気持ちも聞けた事だし…今度は僕が答えてやる。くだらん男なんかと一緒にされるぐらい信用無いみたいだからな。そう思う隙も無いくらいに愛してやる」
「い、いや待って…。は、初めてはこんなとこじゃなくて…。…あの、もう不安になんて思わないから…っ」
「残念だが、…もう限界だ」
「そんなぁ…」






勝手に不安に思った代償はかなり大きくて…コイツの言う愛を身を持って知る事となった。
…なんだかいいように転がされたような気がするのは気の所為であって欲しいと切に願った…。






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