リオン




最近無性に苛々している。






「リオン様。例の報告書お持ちしました」


扉をノックした後に聞こえた女の声。そう、苛立つ原因はこの声の主にある。
思わず溜め息を吐き短く返事して入室を促す。


「失礼します」


入ってきたのは思ってた通りの女。名乗らずともわかりきっている。
顔を見るなり何かされた訳でもないのに余計苛立ってしまう。


「各隊の調査結果を纏めてありますのでお目通しお願いします。それとお手紙をお預かりしてます。お忙しいでしょうが可能な限りお返事書いてあげて下さい」
「…おい」
「なんでしょう」
「その喋り方やめろ。耳障りだ」


至って普通に上司に対する喋り方そのものでぎこちなさや違和感なんて全く無い。歳の割にはしっかりしていると上から絶賛されるぐらいだ。
しかし、僕にはコイツのこの丁寧な喋り方が癇に障り、言葉通り耳障りでしかない。これ以上ないくらい苛立っているのが更に高まる。


「……。どうせ下手な敬語だよ」


僕の苦言に眉一つ動かさず一転して吐き捨てるように呟いた。先までの堅苦しい雰囲気も崩れ、幾分か苛立ちが解消されていくのを自覚する。


「慇懃無礼って知ってるか」
「知ってるけど当て嵌ると?」
「あぁ」
「そんなつもり毛頭無いのになぁ…」


崩れた喋り方に刺々した気持ちが少しずつ解れていく。
やはりこっちの方がいい。変に上司だからと気を使われるよりか昔から馴染みのある喋り方の方が断然良い…。
…苛立っているのはそれだけが原因ではないのだが。


「アンタが目を通した後、将軍の方々にもお目を通してもらうのだから早くしてね」
「わかってる」
「そ、れ、と!手紙は今日こそちゃんと返事を書いてよ!こっちの子なんてこれで6回目だよ」


こっちの子は3回目、こっちとこっちは初めて、この人は久し振りとか色とりどりの封書を持ち上げては熱弁するルナの話をあまり深く聞かない。精々、よく手紙と人物をそれだけ覚えれるなと関心を抱くくらいでしか興味が無かった。どうせ封を切る事なく燃やされるものなのだから。


「いちいち面倒なものを受け取ってくるな」
「面倒ぅ?っはぁー…。一体全体この冷血男の何が良くて世の中の女性は惹かれてるのやら…」


わざとらしく溜め息吐くルナに腸が煮えくり返る程不快な気分に陥る。
昔はここまでこんな不快な思いはして来なかった。寧ろどちらかと言うとマリアンに対するのと似通った想いを抱いていたと言うのに割りと最近から徐々に集っていって…。
しかし、何もコイツの事が憎いだとか嫌いになった訳ではない。それだけははっきりとわかる。話が弾めば昔みたいな心地良さを感じる事だってある。
…ふとした時なのだ、本人に八つ当たりしたくなるくらい醜い感情になるのは。


「顔もわからない奴にどう返事を書けばいいんだ」
「実際に会ってみましょう、とか」
「そんな時間は無い」


時間があったところで会う気なんてさらさら無いけどな。
大体、こちらの都合を考えないで一方的に想いをぶつけてくる奴に興味を持つどころか悪い印象しか抱かないのだから会うだなんてありえない。


「興味無いのかもしれないけど少しくらい…」


伏し目がちに呟くように吐露するルナをぼんやりと眺める。
日に日になんというのだろうか、けど確実に変化しているように思えるのだ。僕の記憶の中にいる彼女と目の前の彼女は同じ筈なのに違う、そう思う時が日を重ねるごとに強くなっていく。
記憶の中の彼女…少女は落ち着きという言葉には無縁のお転婆で危なっかしく、負けず嫌いで何かにつけては突っかかってくる癖してすぐに泣く。煩くて品が無くて無駄に元気で体力が有り余って空回りする厄介な、なのに目が離せない笑顔を振り撒いて不思議と惹かれる少女。その笑顔さえ見れたら後はどうでもいいと思えるような…。


「知っていけば好きになれるかもよ?」
「馬鹿馬鹿しい。外面しか見れてない奴等なんか好きになれる訳もないだろ」
「なんでそんな頑ななの…。まぁ…確かに恋したっていい事なんて無いけどね」


自分の価値観を押し付けるコイツのしつこさは前からで、それにいつも通り嫌気差して本音混じりにあしらっていれば気になる台詞に引っ掛かってしまった。
恋愛なんて無頓着だと思っていたのにそれはまるで、


「…好きな奴でもいるのか」
「え゙!?」


核心を突いてしまったのか、どこから出てきたんだという変な声を上げたかと思えばみるみるうちに顔を赤く染めていくルナ。


「ななななによ藪から棒に…」


…なんだ、その顔。
どうやら図星を突いてしまったらしく、それを隠し切れずにどもるルナ。誤魔化せないのも嘘をつけないのも相変わらずらしい。
…前に話したマリアンとの会話を思い出してしまった。最近ルナが可愛くなった、恋でもしているんじゃないか、少し楽しそうにそう話す彼女相手にその時僕はルナの変化に気付いてなかったしアイツが恋なんて柄かと全く同意する事が出来なかった。
ルナの変化に気付いたのはそれから少ししてから。マリアンの言葉がつい気になって目で追うようになって、言われてみれば確かにと、気付けたのは伸ばしかけの髪ぐらいで他に何処が変わったのかはっきりと言えないが柔らかくなったというか…可愛いかどうかは正直わからなかった、その時は。
しかしそれからというもの、段々マリアンの言葉が理解出来たのかそう見えるようになり、これは単に成長したからでないのかと考えようとしてるのに後に言ったマリアンの言葉が引っ掛かって否定したい自分がいる事に気付いてから訳がわからなくて苛まれている。
それが今ではどうだ。何気無く零した僕の言葉に過敏に反応して慌てふためくコイツを前に益々苛立つ。どうにかなりそうだ。

気に食わない。




「リオン…?」


手紙をおもむろに纏めて手に取り一通一通眺めるが封を切る事無く暖炉の側に寄る。
突然起こした僕の行動がルナの目には不可解に映るらしく不思議そうに声をかけられるがそれを無視して何の躊躇も無く全ての手紙を燃え盛る炎の中へと放り投げた。


「―――っ」


炎は手紙を飲み込むと一層激しく燃え、しかしそれは一瞬にして元の大きさへと戻っていく。
投げ入れた瞬間、息を呑む音が聞こえ、それがルナのものであると即座にわかった。まぁ、この部屋に僕とコイツしかいない訳だしな。


「アン…タまさか…今までの全部…」
「あぁ、全部こうして燃やした。故に返事なんて書けないんだ」
「…っ」


まるで糸が切れたかのように酷く驚いた表情のまま固まるルナ。何を今更そんなに驚く。僕がこういう性格だと言うの充分知ってるだろう。冷血男とか言って罵ってたじゃないか。
すると我に返ったのか早足でこちらに近付いてくるルナ。そして、




パァン…ッ!




小気味いい音が部屋に木霊する。平手で殴られたのはすぐにわかった、否、構えた時から見えていて殴られるのはわかっていたと言った方が正しいか。避けようと思えば避けれた。しかし甘んじて受けようと思った。別にそういう性癖がある訳ではなく、なんとなく。
殴られた左頬が痛み始める。表情一つ変えずに見据えていればやや興奮しているのか呼吸が乱れ殴った手が震えていた。無理も無い、誰かを傷付けるなんて絶対にしない奴だから。


「…そこまでとは…思わなかった」


声まで震えてる。怒り、悲しみ、それらが混ざったような声が。


「…何故お前が泣くんだ」
「!っ、泣いてない!」
「ならその目に溜まってるのはなんだ」


僕の指摘に目元を拭うルナだがそれによってタガが外れてしまったのかボロボロ涙を零す。僕はそれを驚きも焦りもせずただぼんやりと他人事のように眺める。
ただ、何故コイツが泣くのか、どうしてもわからなくてそれが焦れったかった。
お前には関係ないだろう?


「どうして…どうしてそんな事するの…?」
「どうして、か。どうしてなんだろうな、あぁいう類のものには無性に苛立つんだ」
「だからって…!」
「燃やす事はないだろう、 か?」


先回りして言った台詞に押し黙るルナ。目を強く擦ってきつくこちらを睨み付けている。
…鬱陶しい。何故僕はこうなると知っていたのにやってしまったんだろう。曲がった事が大嫌いでいつだって真っ直ぐなコイツに見せたら絶対泣くってわかってたのに。泣く理由こそは先にも思った通りわからないが。
胸の辺りがじくじく痛む。傷付いたのはコイツなのに何故僕が痛むのだろう…。何故コイツの泣き顔を見るとこんなにも胸が痛いんだろう…。




「…苛々する」


違う。


「お前を見てると無性に腹立つ」


違う。…いや違わない。


「自分の価値観を僕に押し付けるな、鬱陶しい」


事実だ。…違う。


「お前なんか」


やめてくれ。


「―――」










あれからルナと会ってない。気付けばもう二ヶ月経とうとしている。
毎日書類といらん手紙を送り届けてた幼馴染と会わなくなって清々していたのに今はどうしようもない焦燥感にかられている。手紙こそはなくなったが誰かしら書類を届けてくれる度に鳴るノックの音にどこか期待している自分がいた。前はあんなに鬱陶しく思っていたのに。
あの時殴られた頬の痛みはすっかり引いてるのにふとした拍子に痛み出すのは何故なのか。痛む度にあの時の事を嫌でも思い出して胸が痛くなる。
放った言葉は全部事実だ。なのに言った事を後悔してしまうと思う時がある。最後に傷付く事言って泣かしてしまったから罪悪感でも抱いているのだろうか…。最後に放った言葉に目を見開いて涙を流した彼女の姿が脳に焼き付いて忘れられない…。




「―――てよ…!」


書類に中々手を付けれなくて気晴らしついでに巡礼していれば悲痛な女の声が聞こえ足を止める。
やれやれ、またどこぞの馬鹿がしつこいナンパでもしているのか。正直こう言った類は無視したいところだが聞こえてしまったからには兵士である立場上放っておいては後に問題になった時に面倒な事になる。思わず溜め息が零れる。
しかし、良く聞こえなかったがどこか聞き馴染みのある声に嫌な音で心臓が鳴った。


「…つこ…!…っ…、…離して!」


近付くに連れて段々声がはっきりしてくる。否定したかったのにその思いはあっさりと打ち砕かれた。


「仕事中だって言ってるでしょ!」
「そんな固い事言わずによ騎士サマ〜」
「っるさい!アンタらも後ろ押さないでよ!ていうか触るな!気色悪い!」
「あー、傷付いたぁ。一般市民を守るべき存在の騎士サマがそんな事言う?」
「一般市民だからって何してもいい訳ないでしょーが!こちとら騎士である以前に一人の人間だから!」
「それなら一人の女として俺達の相手になってよ」
「これも立派な騎士サマの勤めでしょー?」
「何バカな事言って…!誰が猿の粗チン相手の慰み者になるか!」


…アイツ、大分口が悪いな。
人気の無い路地裏で三人の男に囲まれてナンパ?されてるのはまさにさっきまで考えてた人物で。
前にも横にも後ろにも退けずにいるらしいがそれに対して怯んでる様子はなく口で応戦してしまっている。一般女性ならさっさと仲裁に入らなければならないところだろうが、あまりの口の悪さ(というか下品さ)に出ようにも出れない。
しかし…そんな事よりアイツに触れてる男を見てムカムカするのは何故だ?


「あー?お前調子に乗るのも大概にしろよ」
「何、図星?」


図星かはさて置きルナの言葉が逆鱗に触れたらしく男達の雰囲気が変わる。それにアイツは気付いてるのか気付いてないのかあろう事か更に畳み掛けようとしている。


「図体のでかさの割に女一人に対して男三人で囲むとか卑怯だと思わないの?それとも何?アンタらはこうでもしないと女に相手にしてもらえない童貞揃い?あー、猿みたいな顔…いや、猿に失礼か。猿未満の粗チン共相手にする女性なんている訳ないし、肝っ玉小さいから三人がかりでないと女口説く事も出来ないのね」
「この…アマァ!」


流石にヤバいな。
…そう思うより前に身体が動いた。


「…っ!」


激昂した男の振りかざした拳がルナに襲いかかり寸でのところで片手で受け止める。ルナの言う通り図体の割には肝も小さければかなり非力。だが、こんな拳でも顔に当たれば怪我は免れない。
突然の登場に男共は勿論、ルナまで間抜け面して驚いてる様子。


「あだだだだ!!」


受け止めてる汚い拳がルナに襲いかかったのかと思えば無意識のうちに握り締めてしまったらしく耳障りな悲鳴が辺りに響く。
そんな男の事など気にも止めず振り返り残りの男二人を睨む。


「おい。…いつまでそいつに触ってるんだ」


…?何を言ってるんだろうか僕は。普通にこの状況について諌めようと思っていたのだが…。そういえば未だ叫び続けてる奴のこれにしたって意識してやってる訳ではなくて勝手に…。
自分では自覚してないが余程の剣幕なのか二人とルナまで間抜け面から怯えた表情に変わる。男共はどうでもいいがルナがそんな顔して僕を見ているのに何故だかショックを受けてしまう。いや本当に何故だ?





考え事している間に男共は逃げたらしく、気付けばこの場にルナと二人きりになっていた。気まずさからか妙に緊張している。らしくもなく。


「あの…なんでここに?」


恐る恐ると言った様子でルナが尋ねてくる。


「声が…聞こえたから」
「そ、そう。…あの、そしていつから…?」
「…お前が仕事中とか言っていた辺りから」
「…て事は…罵声とか全部聞いて…?」


その問いに黙って頷く。それに対し酷く落胆する様子が伺えた。大分口が悪かったからな…。流石に知り合いに聞かれたのはコイツにとって想定外の事であったのだろう。


「お前仮にも兵士なんだからあんな雑魚に対して口ではなく力ずくで抜け出せば良かっただろ。あんな事言っては逆効果だ」
「いやだもー…思い出させないで…。兵士だからこそまだ危害加わってないあの状況で手出したら不利になっちゃうでしょ。口で挑発して殴らせたらそのうち萎えてくれるかなと思いまして…」


どういう思考回路してるんだコイツは。あの流れは萎えるどころかあのまま殴って気絶したところで連れ去ろうとするだろ。そうなれば取り返しのつかない事が起こったかもしれないのに…。
…そうならなくて良かった…。
……ん?


「お前には危機管理能力が無いのか」
「んなっ、失礼な!あるわよちゃんと!」
「あればあんな挑発しない筈だ」
「だからってそのままただ怯えてても、それこそどうにもならないっ…じゃな…」


威勢良かったのに急に声が小さくなるルナ。不思議に思って眺めていると自身の肩を守るように抱き僅かに震え始めた。
その様子を見てはっとなる。ルナが触れているのはさっきまで男に押さえられていた部分。男に対する罵声の印象が強烈過ぎてつい気遣う事なく普通に接してしまったがさっき言ってたそのままただ怯えて、という台詞にも気付かされた。


「と…兎も角殴られずに済んだ…し、何もさ、されなか…たから……。…あ、ありがと…」


ガチガチに身体を震わせても尚礼を言われたが何も入ってこない。
行き場の無い怒りが僕の中で渦巻いてる。コイツに対してではなく自分に対して。
いくらお転婆だ破天荒だ兵士だと言っても女は女。身動き取れない状況で自身とかなり体格差のある男達に囲まれ、ただ怯えるだけでは相手の思う壷だと、そうならない為に口を悪くしてなんとか対処しようとして。なのに早く助け出さなかった自分が腹立たしい。


「ちょ…、と…?」


また知らずうちに身体が動いた。…が、一瞬躊躇った。男に対して怖がってるコイツに同性である僕が触れていいのか、一瞬。
しかしそれを上回る言いようのない想いによって振り切り震えてる身体を腕の中に収める。
突然の事で戸惑いの声が聞こえたが誤魔化すように腕の力を少し強める。
この前も今日も自分の意志と反する行動に自分自身もわからずに戸惑う、のにやめられない。


「………」


観念したのかなんなのか最初こそ身動ぎしていたが今は大人しい。
同年代の男子と比べて成長が遅いのがコンプレックスだが、それよりもルナは小さく細くて簡単に動きを封じる事が出来る。
…そうだ。女、なんだ。


「……怖…かっ……た…」


肩を抱いてた手が僕の服を掴む。力強い筈なのに酷く弱い。
押さえてるからくぐもった声でしか聞こえなかったが確かに聞こえた、怖かった、と。その証拠に掴んでる手、肩が震えている。
なんて声かけたらいいのかわからずにまた少し腕に力を込める。苦しむ様子も拒絶も無い事に安堵の息を吐いた。


「(…あぁ、そうか)」


カチリ、と不明だった何かがパズルのように嵌る。
不可解な自分の行動や苛つき、それらが関わる一連の不明だった物の原因となった正体。


「(好き…だからか)」


自覚すると不可解だったものが次々と解するようになる。他人行儀のように敬語で話される事、平気で女から手紙を預かる事、その手紙に苛立つ理由、男に触れられて憤怒した理由、何もされなくて安心した理由、…そして、


「(今更…。もうコイツには)」


好きな奴がいるのに。
それを知った時が一番苛立って自分自身を制御出来なくてあんな事を…。


「ありがと、リオン。もう落ち着いたから…」


嫌だ。


「リオン…?あ、あの、もう…」


嫌だ…。


「だ…大丈夫だって。だからもう離して…?」


離したくない。
…何を考えてるんだ、僕は。
無理矢理力で押さえ付けて言葉を聞き入れない。これだとあの男達と変わらないではないか。


「…あの……」


戸惑う声は変わらない…が、気のせいか離してくれと僅かに抵抗していた力が消えたような…。それどころか寄りかかってるような気さえする。


「き…、期待…しちゃうよ…?」


それがどういう意味なのか全くわからないほど鈍感でも馬鹿でも無い。
しかし確かめたくて、あんなに離したくないと思っていたのに細い肩を掴んで少し離れてみると視界に飛び込んだのは真っ赤な顔して視線を泳がせているルナの姿。…その様子に心当たりがあった。
それは、二ヶ月前に問い掛けたあの時。


「…ち、違うならはっきり言って…」


そう訴える声は震えてて今にも泣きそうな表情。…そういう趣味を持ち合わせてる筈無いと思っていたがどうも違うようで、結構…いやかなりきた。とは言え、今はそれを愉しむ余裕など無い。


「違わない」


もう一度引き寄せて腕に収める。一瞬で驚いたようだが何も抵抗されない。
あんなに刺々しかったり落胆していたと言うのに今は穏やかなものだ。我ながら単純だ。


「だ、だって前嫌いだって…」
「…あぁ、そんな事言ったか」
「言ったよ!だから…諦めようとしたのに」
「それは悪かったな」


諦めようとしたのは僕だって同じなんだがな。いや、諦め切れないか。子供みたいに力強くで独占しようとしたあたり。

長らくこうしたいと思ってもそうはいかず、名残惜しいがルナを解放する。
照れたようにはにかむ彼女は(自覚したからか余計)可愛く見えて射止めるには充分で。
そんな僕を他所に大通りに出ようと歩き出した拍子にひらりとルナの懐から何か落ちたのが見えた。あれは…手紙か?またアイツ知りもしない女からのを預かったのか…。


「おいルナ、落としたぞ」


落ちた手紙の元に歩み寄り渋々拾い上げる。宛先は案の定自分で、どうせ自分の手に渡るならこのまま…ん?


「え、何?…あ」


差出人の名前こそ無いが見覚えのある字に興味を引かれ封を切ろうとした、その時


「わー!待って!」


慌てた様子で制止しようとするルナを見て確信した。すると余計に興味が沸き、僕の手にある手紙を奪い取ろうとしたその手を避け奪い取られないようにする。


「お前が書いたのか?」
「!!ちっ違う!そんなもの知らない!」
「お前が落としたのだから全く知らない筈は無いんだが…。なら確認しても問題あるまい?」
「!?わ、わかった!言う、言うから!それっ、預かったの!返して!」
「返しても何も…宛先は僕のようだが?」
「〜〜〜っ!いいから返して!」


僕の指摘に対して真っ先に思い付く言葉を言うからか矛盾している事に笑いを堪え切れない。
余程都合が悪いのか何としてでも奪い返したいらしく、それをあしらって届かないように上に掲げればギリギリ届かないルナの手が空を切る。


「んぎぎ…!」


…無意識って恐ろしいな。
取り戻す事に必死になってるせいか自分がどういう体勢になってるのか気付いてない。
届かないと言うのに諦め切れずに隙間無くひっつかれ顔も鼻先がぶつかる程近い。
隙間無いくらいだから不可抗力に押し付けられる柔らかなものに対して意外とあるなんて思ってしまうのは男の性だろう、それは仕方無い。(本当、何処に危機管理能力があると言うんだ)


「ちょっ」


奪われないとは言え、ずっとこの体勢では読みたくても読めない。そこで上げていた腕を下ろすついでに再びルナを腕に閉じ込めて肘で押さえながらいよいよ封を破り始めた。


「なんで開けて…!燃やしなさいよ前みたいに!」
「それを見て泣いた奴が何を言ってるんだ。預かったんだろ?」
「そ、それは…!あ゙あ゙あ゙!!見ないで見ないでー!なんで今日に限って見ようとするのよー!」
「別に僕宛なんだし、勝手だろ」


暴れる身体を押さえながら中身を取り出す。ガサガサと音を立てる度に抵抗は薄れ、読んでると察した際には手で顔を覆い隠していた。


「…へぇ」
「っ…」
「昔から…か。いつからだ?」
「そ、れ…は…、てかなんで私に…」
「どう見てもお前の字だからな。まぁ、嘘もつけないお前のさっきからの行動でバレバレだからな」
「意地悪…っ」


好きな奴をからかうなんてガキ臭いと馬鹿にしていたが、これは確かにそうなってしまうな。耳まで真っ赤になって悪態吐くコイツをからかうのが愉しくて、今まで馬鹿にしてきただけに自分自身に嘲笑する。


「それに…」


僕の本名を知っている上でこの類の手紙をくれるような奴なんて…お前ぐらいだろ?ルナ。







拝啓、エミリオ様。

この手紙は貴方に読まれる事も無く燃やされる事でしょう。だからありのままの想いを書きます。回りくどいのも苦手なので直球に言います。

私は貴方の事がずっと昔から大好きです。
ずっと、ずっと…大好きです。






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